with Morning glory(1)

文字数 3,165文字

◇近くて遠い先輩◇

 聖都シブヤ。三柱教の総本山たるこの都市は宗教上の聖地であると同時に流行の発信地としても知られている。
 始まりは絶えず訪れる巡礼者達を目当てに商人が集まって来たこと。その後、定住者も増え続け、たった一つの都にどんどん建物を積み重ねて高層建築だらけの大都会に変えてしまった。国そのものがトキオという交易によって成長した大国の領内に位置し、知識の集積場たる大図書館も設立されたため、ここは世界中の品々と情報が集い、それらの掛け合わせで新たな流行を生み出す場ともなった。
 そんなシブヤには現在、様々な専門学校も存在する。未来のアパレル業界を支える人材を育むホルムショルディアモード学院もその一つ。
 この学校は二年制となっており、たった二年で素人をプロに育て上げるため生徒は全員が寮で共同生活を行う。この寮も競争意識を植え付けてより成長を促すべく出身地ごとに東西で分かれており、生まれも育ちも東北のアサガオは当然東寮へて振り分けられた。

 入学、そして入寮から一年半──彼女は今、壁にぶつかっている。

「だああああああああああああああああああああああああああっ!?
 机にかじりついていたアサガオが突如頭を抱えて奇声を上げると、もう一つの机の前でファッション誌を読んでいたサクラは「またか」という顔でそれを閉じる。
「静かにしてくださいよ先輩」
「あ、悪い。戻ってたんだ」
「とっくの昔に」
 ここ最近はいつもこう。同居人が部屋にいてもなかなかそれに気が付かない。それだけ追い込まれているのだとわかっているためサクラもきつく言わないが、来年は自分もこうなるのかもと思うと不安にはなる。
「やっぱり厳しいんですか、アザミ先生って」
「いや、そうでもない」
 ちょうど息抜きをしたかったのだろう。こちらの質問に答えて振り返る先輩。なんとも顔色が悪い。最近ずっと寝不足だと言っていた、そのせいだろう。
 サクラは首を傾げる。
「全然OKをくれないのに?」
「アタシが不甲斐ないからに決まってんだろ。むしろ、こんだけボツ続きでも見放されてないんだから良い先生だよ」
「ふうん」
 そういうものだろうか。自分ならすぐ合格にしてくれる優しい先生の方がいいけれど。
 サクラは興味本位から立ち上がってアサガオのデザイン画の数々を覗き込んだ。見た目の派手さに反して真面目な人なのだが、彼女の描くデザインは外見の印象以上に刺激的で面白い。アサガオも別段隠そうとはしない。見たければ見ろという堂々とした態度。そういうところは尊敬している。
「私はいいと思うんですけどね、先輩の作品。どれも新しいですよ」
 この業界、新しいは誉め言葉である。なのにアサガオは不機嫌なまま。これっぽっちも嬉しくなさそう。
「そりゃまあ、誰とも被らないようにしてるからな」
「へえ」
 やはり真面目だなと思った。だからこその斬新さというのは面白い。
 たしかに盗作や模倣の疑いをかけられるのは創作者として恥ずべき話である。とはいえ、他と全く共通点の無い作品など困難極まりない。何故なら衣類というものはどれも人間が身に着けるためのものだからだ。であればけっして外せない要素がいくつかあり、オリジナリティとは普遍的なベースにどうアレンジを加えるかの話でしかない。
(このチュニックなんか、もう少し“普通”に寄せるだけで評価は跳ね上がりそうだけどな……)
 ついつい後輩らしからぬ上から目線で評価を行ってしまう。でも実際にそう。アサガオのデザインはたしかに斬新。他の人間では思いつかない発想が多い。でもそこにこだわりすぎて実用性をないがしろにしている。一回着て周囲を驚かせたら終わり。そんな趣味的な服が多い。これでは金持ちしか手を出さない。
 もちろん、そういう商売もあるし彼女がそこを目指している可能性も考えられる。だが、以前聞いた話とは食い違う。なによりらしくない。
「先輩ってたしか、卒業後は実家に戻って服を作りたいって言ってましたよね?」
「ああ、そのつもり」
 アサガオは椅子の背もたれに体重を預け、のびをして凝り固まった筋肉を解しつつ肯定する。
「うちの村にゃアタシ以外にも一人、服を作るのが得意な子がいてね、その子と約束してんのさ、どっちがより良い服を作れるか勝負しようって」
「へえ」
 正直言って低い志だと思う。そしてもったいない。頑として教えてくれないのでどこの出身なのかは知らないが、せっかくこんな有名校を卒業できても、すぐ田舎へ引っ込んでしまっては意味が無いのでは? 自分ならシブヤに残って働く。ホルムショルディアの卒業生なら働き口は引く手数多。
「お友達もここに?」
「いや、あの子は村に残ってるよ。誰かに教わる必要なんか無いからさ」
 なるほど、それだけ天才的なセンスの持ち主ということか。強力なライバルがいるならアサガオ当人にとっては舞台がどこだろうと張り合いがあるのかもしれない。
(ま、先輩の人生は先輩のものよ)
 他人のことに無闇に口出しする趣味は無い。本人がそれでいいならもったいなかろうがなんだろうが、単なる後輩に過ぎない自分がとやかく言うことなどないだろう。
 ただ、このままでは卒業すら危うい。ホルムショルディアモード学院では二年生になると同時に卒業課題を言い渡される。残りの一年間で担当教師が納得するデザイン画を十枚提出しなければならないのだ。本校の売りは“即戦力の創出”なので基準に満たない学生はけっして卒業させない。二年生のうちに合格できなければ留年。三年目でなお達成できなかったら落第となり退学を言い渡される。
 課題は毎年変わらない。だからほとんどの学生は実際には入学した直後からこれに取り組み始める。アサガオもそうしたという。彼女は去年一年間で描き貯めた中から自信作を二十枚ほど提出した。うちの四枚が通った。全部却下される生徒もいればいきなり十枚を達成して卒業資格を得る学生もいる。彼女のそれは平均点。
 さらに半年、二枚が追加で通った。残りは四枚。このままだと期限に間に合うかどうか微妙なライン。心配した担任に何度か呼び出されていると聞く。別段珍しいことではない。そういう生徒は毎年大勢いる。特にファッションデザイナーへの入口は狭き門。
 他人ではあっても、半年一緒に過ごした人。この先輩が落第したら胸が痛む程度には情がある。サクラは結局お節介を焼いた。
「あの、さしでがましいかもしれませんが、私で良ければ相談に乗ります。同室のよしみですし、私のアドバイスなんかが役に立つかはわかりませんが」
「ん~、ありがとね」
 乗り気でないのか、アサガオはまた机の方を向いてしまった。どうにもこの先輩との間には壁を感じる。
(気さくな人だと思うんだけどな……)
 いい人なのは間違いない。気風が良く、頼りがいもあり、時に厳しいけど親身になって接してくれる先輩だと一年の間では評判である。二学年どちらにも彼女を慕う生徒は多い。それだけ人気者。
 なのに、本人はどこかで他の生徒と自分との間に一線引いている感じがある。ごく少数だが、そこが気に食わないという者もいなくはない。
 サクラはその両方だった。尊敬できる先輩だとは思うけれど、どことなくよそよそしく感じて腹立たしい。同じ部屋で生活する仲間だと言うのに。
 とはいえやはり、こちらも深く立ち入るつもりは無い。向こうが引いた以上、こちらもさらに押すのはやめておこう。良好な人間関係には適度な距離感こそ重要だと思う。

「ま、何か話したいことがあったら言ってください」
「そのうちにね」

 あ、これはずっと何も無いパターンだな。サクラは嘆息しながら自分の席へ戻り、またファッション誌を開いた。彼女も来年の課題のため勉強中なのである。よそよそしい先輩にばかり構ってられない。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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