Return of Happiness(42)

文字数 4,792文字

 ゴッデスリンゴ社は水道整備事業でビーナスベリー工房と協力したのを契機に、今度は大陸全土を繋ぐ情報通信網の構築を再び共同事業として推進中。
 イマリの城で通信室に勤務していたホトトギスは父がキョウト魔道士隊の元隊員。現役当時にヒメツルをスカウトに行ったメンバーの一人で、彼女を怒らせこてんぱんにされた挙句、それを周囲に笑われたことで引退。父の勇姿に憧れていた彼女は、以後ヒメツルを恨み続けていた。
 が、それを知ったスズランが謝罪に行ったところ、当の父は感動にむせび泣きサインを求めた上、握手までしてもらって失神。被害者がこの有様なのに自分だけ恨み続けるのは馬鹿らしくなったと嘆きながら和解してくれた。
 今、彼女はタキア王国の通信網整備事業に携わっている。そのため時々村に来て仏頂面でカウレを食べて行く。まだスズランに対し素直にはなれないようで刺々しい態度。でもスズランにとってはもう友人。
 同じ仕事にエルフのガザニアとドワーフのカーディナリスも携わっている。ツゲさんと飲み友達になった彼等はココノ村へも足繁く通っていて、彼等が来た日は鍛冶屋が賑やかになる。食堂だとスズランがいて緊張するため宅飲みの方が良いのだそうだ。
 月面旅行仲間のモルガナも来年には中央大陸へ戻って来る。なんと竜族で初めて大学に入ることが決まった。しかもノイチゴの後輩になるらしい。

 そのノイチゴは一足先にトキオで勉強中。すっかり魔法に夢中で、いつかはスズランを越えると息巻いている。ユウガオとは遠距離恋愛中。どうにか一歩を踏み出せた。
 ところが、これにがっかりしたのはハナズ王。しばらくは落ち込んでいたものの今度はアサガオに目を付けてしまい、頻繁に村までやって来て縁談を持ちかけている。とにかく仲人をしたくて仕方ないらしい。ノイチゴに娘が生まれた場合、今度こそ良縁を紹介するなどと言っている。この根性ならきっと長生きするだろう。
 ヒルガオは相変わらずの生楽の魔女。でも最近ホウキギ子爵から内密に相談を持ちかけられた。タキアの魔道士隊が人材不足に陥っているので彼女をスカウトしたいのだと言う。なんといってもスズランの弟子なので実力は保証されている。それに魔素吸収変換装置の使用歴が長い。将来的に生まれながらの魔力持ちが希少になり変換装置を装着した後天的魔道士が主力になると予測されている昨今、彼女の能力と経験は重用に値する。そういう理由。
 本人に話してみたら、どうしよっかな~と悩んでいた。宮仕えするより今の気楽な生活の方が性に合っていて乗り気でない様子。
 そこでスズランは王を訪ね、アドバイスした。もう一名、顔と性格の良い男性魔道士を捜して雇用してくださいと。あの子なら必ず食いつく。
 昨日、王から使いが来た。条件に合うイケメン魔道士をホトトギス経由でキョウトから引き抜くことに成功したらしい。
 後は彼女に教えるだけ。

 フリージアも最近、しきりに恋がしたいとぼやいている。年齢的にはすでに適齢期だしウンディーネの本能も疼くのだろう。
 ユリオプスは応援しているが、父となったゼラニウムは複雑。
「せめて、オレが四十になるまで待ってもらえませんかね……この歳でじいちゃんなんて呼ばれるのは流石に……いや、まあ世間にゃそういう人もいますがね、たまに」
 彼が四十路を迎える前に祖父になるか否かは、フリージアの頑張り次第。本人はえらく張り切っている。
「おししょー! フリージア、絶対おししょーみたいに素敵な恋をしてみせるわ!」
 彼女は最近、魔法の修行という名目で弟子になったことは忘れがち。ただ、妹の面倒をしっかり見る良いお姉さんには育った。

「流石ね」
「あっぶねー、なんとか面目は保てた」
 アサガオ達との売上勝負、去年はこちらの負けで終わった。やはり専門家の元で学んだプロの集団は強い。
 しかし結果は僅差だった。今年こそは勝ってみせる。そして、来年はまた挑戦を受ける側に返り咲く。
 なんにせよ彼女達とは今後も楽しく戦えるだろう。とりあえず約束通り彼女達を豪華な旅行にも連れて行く予定。行き先は聖母魔族の世界か日本にするつもり。
 スズランが正体を隠して立ち上げたブランドの製品はゴッデスリンゴ社が村外での販売を担当しており中央大陸全土で購入可能。ビーナスベリー工房を味方につけたアサガオ達のブランドも同様にどこに行っても売っている。
 見かけたら是非検討してみて欲しい。試着だけでも構わない。

 雨龍と狐狸林も少しずつ異世界間貿易の販路を広げ、完全に商売を軌道に乗せた。雨音は雨楽との交際を親類縁者に話し、紆余曲折あったものの理解を得ることに成功。認めてもらえたきっかけは雨楽の温厚な人柄と彼の描いた絵だったそうな。
 四人とも今も時々遊びに来る。そのたびにこちらの時の流れの速さに驚くのだが、要の最適化が進んでいるのでそろそろ彼等の世界とは常時同期が可能になるはず。雨楽と雨音の年齢差もこれ以上開くとまずいことになるので、早目にどうにかしたい。
 いっそ結婚してどちらかの世界で一緒に暮らしてくれたら、話は早いのだけれど。

 雫はあの後、父の震壱と話し合いの場を設け、そこで彼を思いっ切りぶん殴ったそうだ。そして久しぶりに本音で語り合った。おかげで色々な誤解が解けたという。
 彼は時雨と同じだったのだ。弟達に退魔師という危険な生業に関わって欲しくなかった。それで強引に当主の座を勝ち取り、恨みを買った。誤解されたままの方が鏡矢の宿命から遠ざけられる。そう思ってもいた。
「だが、お前の言う通りだ。私はもっと、あいつらと分かり合うべきだった……」
 後悔を語る父はとても小さく見えた。かつては捨てられることを恐れ、立ち向かうことさえできなかった大きな壁。けれど本当は自分と変わらない存在だった。ようやくそれを知ることができて良かった。そう言った彼女の顔は清々しかった。
 その後、ずっと隠して来た息子のことを伝えると、またしても見たことの無い顔で驚愕されたそうな。
「いつ産んだ!?
「五年前だ。南米の遺跡調査の時だよ」
「待て、あの頃お前、妊娠なんてしていなかっただろう!?
「それが懐妊からわずか三日のスピード出産でな」
「父親は誰なんだ!! 人間なのか!?
「うむ、説明するからとりあえず座り直そう。なに、そんなに長い話じゃない。息子自慢の場合なら長くなるが、発端から出産までなら文字通りあっという間だ。その後は本人を連れて来るので直接会って確かめてくれ。面白い奴だぞ、私の愛息子は」

 ──そして時雨も、元々険悪でこそ無かったが、健全だとも言えなかった育ての母との関係を修復した。過去を許し、これからも親子でいようと話し合った。二人で育ての父の墓参りもしたそうだ。
「お父さん……私、雨道君に会いました」
「えっ?」
「彼は今も私達を見守ってくれています。いつかはまた会えるはずです。その時までに私、やるべきことをやっておこうと思います。どうか勇気をください」
 実の両親ともよく会っている。最近少し明るくなったと言われた。それは彼女がついに勇気を振り絞り、未来への一歩を踏み出したから。
 スズランもそうしようと思った。本当にそうなるかはまだわからない。けれどもし実父が謝りに来たなら、勇気を出して直接ここまで謝罪に来られたのなら、たとえその真意がどこにあろうと彼を許す。そう決めた。

 さあ、名残を惜しむのはここまで。
 そろそろまた歩き出そう。

「モモハル、明日ちょっと出かけない? 二人だけで」
「えっ、アヤメはどうするの?」
「アヤメは、もう少し大きくなってからかな。今回はお母さん達に預けましょ。ちょっと雫さん達の世界の様子見。それと顔合わせ」
「顔合わせ?」
「時雨さん、例の二人に雨道さんの死の経緯を打ち明けたらしいの。そしたら一年間毎週自分達に会いに来ることって条件を出されたって。それができたら、許すかどうか決めるそうよ」
「その時点で許してくれるってわけじゃないんだ?」
「それは今後、あの人をよく見極めてから結論を出したいんでしょ。親戚とは言えずっと会ってなかった相手だもの。娘さんの方なんか時雨さんや雫さんの存在すら知らなかったみたいだし。慎重で賢い子。それでいて勇気がある。話を聞いたら私も一度くらい言葉を交わしておきたくなったわ。その方がやる気も出る」
「なるほど、いいよ、行こう。すぐ済むよね?」
「うん、ちょっと見て来るだけ。あっ、けど私達、向こうでも有名人だったわ。変装とか必要かしら。いや、顔は似てなかったっけ。偽名だけでいいかな」
「あの本、いったい誰が書いたんだろうね?」
「ゲルニカじゃないって言うものね」

 悪の魔女シリーズ。雫達の世界では何故か、スズランとその同位体の冒険を物語にした絵本が刊行されている。著者はアキタニールとなっていたものの、本人に確認したところゲルニカの仕業ではないそうだ。
 それがなんと大人気の作品になっており、アニメ化まで果たしている。

「ヒナゲシでもないみたいだったし、他に二人いる≪時空≫の力に覚醒した同位体のうちどちらかかもしれないわ」
「向こうの世界に何をしに行ったんだろ?」
「さあね、私達みたいに観光に行って、そのまま気に入って住み着いたのかも」
 明日向こうへ行ったら、ついでに捜してみてもいいかもしれない。別に咎めるつもりも連れ帰るつもりもない。なにせ自分達は最悪の魔女。自分の道は自分で決める。

 娘を高く抱き上げ、笑いかけるスズラン。

「アヤメ、ママは世界一自由な魔女なのよ。だから貴女も好きなように生きなさい。どんなに突拍子の無い選択をしたってママとパパは必ず応援する」
「あんよ、あんよ」
「おっ、とりあえずは歩きたいみたいだ」
「よーし、練習しましょ。ママはこっちの手を掴むからね」
「パパはこっち。上手に歩けるかな?」
 地面に下ろしたアヤメを両側から支えてやると、よちよち歩き出した。もちろん拙くはあるものの一歩ずつ、確実に。
「んっ、んしょ、んしょ」
「わあっ、上手だわ! モモハル、やっぱりこの子は天才よ」
「スズの子だもんね。ああ、本当に可愛いなあ。小さい頃のスズそっくりだ」
「そういえば貴方、歩き始めたばかりの私にしがみついてトイレに行くのを邪魔した挙句、おもらしさせたわね」
「え、そんなことあった?」
「あったのよ、とぼけちゃって」
「そんな小さい頃のこと覚えてないよ」
「出会った時のことは覚えてるのに? 都合の良い記憶力だこと」
「だってあれは大切な思い出だし。本当に綺麗だなって思ったんだよ」
「まあ、アヤメ、パパはおませさんみたい。あの頃は赤ちゃんだったのにね」
「もう、からかわないでよ」
「ふふ、ごめん」
「めっ、めっ」
「え? あっ、別にケンカしてるわけじゃないんだよ」
「そう、ママとパパは仲良し。赤ちゃんの頃からずっとそう。今は間にアヤメもいるから、三人でずーっと仲良し」
「これからも一緒に歩いて行こうね」
「ん」
 頷くアヤメ。言葉を理解し始めている。顔を上げて互いを見つめ、喜び合う二人。
 店の扉が開き、母が呼んだ。昼食を食べに来た父の姿も奥に見える。今日は義父の賄い、母のそれに対抗して考えた特製ムオリス。義母はプリムラとサクラを相手に世間話に花を咲かせている。モモハルの祖父母達も山菜取りから戻って来た。自分達と曾孫を見つけて手を振る。一番忙しい時間帯は終わり。あとは家族と語らいつつ、のんびり営業しよう。
 スズランとモモハルは娘と手を繋いだまま、愛おしき日常へ戻って行く。
 これからも苦難は降りかかるだろう。でも、どうということはない。

「あなた達がいれば、今日も明日も最高に幸せ」

 今も星々は輝いている。彼女の瞳の中で、その数を増やし続けて。
 彼女の見つめる世界は、いつだって他の何より美しい。
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登場人物紹介

 ヒメツル。薄桃色の髪で海を思わせる青い瞳。人々から「最悪の魔女」と呼ばれる十七歳の少女。世界最強の魔力を有し、その回復力も尋常でなく実質的に無限。才能には恵まれているが、師を持たず独学で魔法を使っており初歩的な失敗をすることも多い。十二歳前後から頭角を現し始めた。それ以前にどこで何をしていたかは謎。大陸南部の出身だという噂はある。

 ただでさえ美貌に恵まれているのに、それに魅了の魔法まで加えて馬鹿な金持ちを騙し、資産を巻き上げて贅沢な暮らしをしている。魔法使いの森の中に鎮座する喋って動いて家事万能の巨大なカエデの木「モミジ」が住み家。

 自由を愛し、宗教が嫌い。聖都シブヤで三柱教の総本山メイジ大聖堂に放火。全焼させて教皇以下の信徒達を激怒させ、討伐に向かった聖騎士団も悪知恵で撃退。以後は超高額の懸賞金をかけられ賞金首となるも、忽然と姿を消す。

 スズラン。生まれつきの白髪で青い瞳。最初は老人のような自分の髪を嫌っていたが、何故か反射光が虹色になると気が付いてからはお気に入り。

 ココノ村の雑貨屋の一人娘。ただし両親との血の繋がりは無い。赤ん坊の時、隣の宿屋の長男が生まれた夜、何者かによって彼の隣に置き去りにされた。その後、子供ができず悩んでいた隣家の夫婦に引き取られる。

 周囲には隠しているが強大な魔力の持ち主で魔法も使える。大人顔負けの知識まで数多く有しており、幼少期から神童と呼ばれる。

 両親の代わりに接客をしたり、服や小物を作って店に並べたりも。今や「しっかり者のスズランちゃん」の名は近隣の村々にまで知れ渡った。

 成長するにつれ賞金首の「最悪の魔女」そっくりになりつつある。村民達は薄々実母の正体を悟りつつ、彼女の幸せを願い、気付かないふりをしている。外部の人間と会う時は周囲の認識を阻害してくれるメガネをかける。友達の魔女から貰った。

 幼馴染のモモハルは自分の天敵だと思っている。だが、その割にはかいがいしく世話をする。周囲は二人が結ばれることを期待中。彼の妹のノイチゴは実の妹のように可愛い。

 モモハル。スズランがココノ村に置き去りにされる直前、宿屋の二階で生まれた少年。宿を経営する若夫婦の跡取り息子。後に妹も生まれる。プラチナブロンドで空色の瞳。母親似の顔立ちで中性的な美形。でも性格は完全に父親似。一途で尻に敷かれるタイプ。

 スズランとは姉弟同然の間柄だが当人は〇歳から異性としての彼女が好き。ある意味とてつもなくマセている。両親も妹も村の皆も大好きだけれど、一番好きなのは絶対的にスズラン。

 実はとんでもない能力を秘めており、育ち方次第では世界を滅ぼしてしまいかねない。その力のせいでスズランからは天敵と認識されている。天真爛漫だが人を驚かすのも好きないたずらっ子。

 スズランの心配をよそに、子供に大人気の絵本「ゆうしゃサボテンシリーズ」を読んでヒーローへの憧れを抱いてしまう。

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