六章・友との再会(1)
文字数 4,187文字
「あれは!?」
ユリの背筋を悪寒が駆け上がる。ミナの影の全身から銀の光が溢れ出し、見る間に膨れ上がっていく。
「まずい!」
「またあれをやる気!?」
大地を砕いた魔素の大量放出。自分以外では防げない、そう思ったスズランが意を決し攻撃を仕掛けようと構えた、その時──超高速で飛来した物体がミナの影の頭部に衝突し輝きを放つ。
『ぐうっ!?』
「な、なんだ!?」
その
直後、水球ごと周辺の魔素が消え去る。高密度魔素結晶体は異世界に繋がる門としての役割も果たす。だからその“門”を開き、向こう側へ排出したのだ。門として利用された結晶もすぐさま飛翔体に内蔵されていた宝石弾を爆発させ破壊する。
(あれは、たしか──)
以前あのような兵器の構想を聞いたことがあった。思い出しつつ魔力探査で周辺を探るスズラン。すると南に新たな一団が出現していた。彼女がその存在に気付くと同時、聞き慣れた声が戦場に響き渡る。
「なんとか間に合ったね!」
「スズラン! 来た!!」
「アカンサス様! シクラメン様!!」
世界が魔素の霧に沈んで以来ずっと連絡の付かなかった彼等もやはり生き延びてくれていた。援軍を連れてやって来た。
「どうやってここへ!?」
「地下遺跡だ! 復旧させながら通って来たよ!!」
説明を受け納得するスズラン達。この世界ではかつて魔王ナデシコの脅威に対抗すべく五大陸全てに広大な地下施設が建造された。ココノ村の近くにも一部が現存している。
アカンサス達は再び必要になるかもしれないと主張し、遺跡の機能と各大陸を繋ぐ連絡通路の復旧作業を行っていたのだ、二年前から。
「ワシらもおるぞ!!」
「私達も加勢します、ウィンゲイト様!!」
二人が連れて来たのは東と南の大陸に住むドワーフ、そしてウンディーネ。さらに上空からワイバーンもどき達が次々落ちて来たかと思うと風の魔法を操り長身痩躯の若者達が戦場に降り立つ。
「エルフも参りました!!」
「って、クチナシ殿、ここにいたんですか!? 心配しましたよ!!」
「遺跡の中で一人だけはぐれたと思ったら!!」
“ごめん”
破壊神カイの影と打ち合いながら唇だけを動かし謝るクチナシ。それを見て嘆息した後エルフの戦士達は戦場へ散らばり、得意とする魔法や弓矢で先に戦っていた人々の援護を始める。
「エルフに負けてられるかああああああああああああああああっ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
自慢の鍛冶で鍛え上げた武器を手に正面から突っ込んで行くドワーフ達。その勇猛さとヒゲもじゃの顔を見たウメさんがビックリしながら叫ぶ。
「ツゲさんがいっぱい来よった!!」
「ガッハッハッ!! たしかに似とる! ワシにドワーフの血が流れとるっちゅう話も案外本当かもしれんな!!」
『雑魚が、いくら集まって来たところで……!!』
再び魔素を放出しようとするミナ。ところがその体をどこからか流れて来た膨大な量の水が包み込んだ。水の中には半人半魚のウンディーネ達が泳いでいる。
「我々がいる限り、それはさせない!!」
ウンディーネは全員女性。彼女達の魔法で操られた水がミナの影を包み込み大量放出を阻む。
『く、クソッ!! 邪魔よっ!!』
魔素でなく高圧の魔力を噴射するミナの影。悲鳴を上げて弾き飛ばされるウンディーネの一団。そうやって水を散らしたところで改めて魔素を放出しようとするも、またしても飛び来た飛翔体が水球と“門”を発生させ阻止。門による転移現象は同時に彼女の巨体の一部まで削り取って消えた。
『うっとうしい!!』
「僕の三百年の研究成果が“鬱陶しい”で済んでしまうのか、流石にショックだね」
「でも、効いてはいる」
「ああ、本当ならユニ・オーリに叩き込んでやるつもりだったんだが、この状況じゃ仕方ないな。再生などさせるな! ありったけ発射しろ!!」
「はい、師匠!!」
アカンサスの号令で彼の弟子達が一斉にそれを空に放つ。発射台を駆け上がった飛翔体はナスベリのゴーグルからアイディアを貰って組み込んだ視線誘導装置により、知神ケナセネリカの加護を持つシクラメンの眼に導かれた。
「弱点、見っけ」
彼女の両目にはミナの影が展開した障壁、その術式が見えている。相手の認識に合わせ絶えず変化を続ける“透過対象”を見極め、飛翔体にかけた幻術を操り偽装を施す。
「それは“音”」
『アッ!? うあっ!! な、なんでよ!?』
無数の飛翔体が再びミナの影を直撃する。確実に防いだと思ったのに障壁を素通りしてきた。
(幻術の類? 小賢しい真似を!)
わかってしまえば対処はできる。着弾の瞬間にのみあらゆる攻撃を遮断する設定に切り替えるだけ。続く第三波は防ぎ切るミナの影。だがシクラメンに意識を割いた途端、今度は人間達の攻撃が彼女を襲った。
『うぐっ!?』
「よし、効いてるぞ!」
「削れえっ!」
破壊の力を宿した者達が前に出て指や手首など末端部分を攻撃してきた。今の自分は上半身だけをこの世界に侵入させ腕で身体を支えている状態。腕を破壊されれば無様に地に這い蹲ることになる。それが狙いか。
『調子に乗るな!』
魔力弾を放って取りついて来た者達をまとめて吹き飛ばす。
ところが、その途端にまた飛翔体が障壁を抜けて直撃した。
『ああもうっ!』
腹立たしい。苛立たしい。歩兵に気を取られれば
それに再生が遅い。ミナの影には不可解だったがアカンサスとシクラメンに言わせれば当然の話。この飛翔体にもクチナシの攻撃同様、強い“確信”が乗っている。彼の自らの研究に対する誇りと彼女の彼に対する信頼が深い領域まで一撃一撃を到達させる。
「怯んだ、今だ!!」
「進め! 押し込め!!」
あらかた小型の怪物を片付けたルドベキアとユリが勝機を見出し、七色の光に彩られた軍勢を率いて前へ出た。彼の眼光がミナの影から自由を奪う。生命の力により強化されたキバナは猛然と加速し主の刃の威力を増した。すれ違いざまユリが繰り出した一刀は巨体を支える右腕を深く切り裂く。
ついにバランスが崩れ、顔が地面についた。屈辱に悶えつつミナの影は叫ぶ。
『来い、お前達!!』
『むうっ!?』
『まずい、そっちへ行くぞ!!』
四方の神々に足止めされていた記憶災害の巨獣のうち一体がストナタリオを突き飛ばし走り出した。地響きを立てつつ人類のいる方へ迫り、彼等をまとめて蹴散らそうと突撃を仕掛けて来る。
ところが、その巨体を南の空から砲弾の如く飛来した別の巨体が圧し潰す。
それは怒れる巨人・
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
全身から凄まじい怒気を迸らせ次々に巨獣共を殴り、踏みつけ、投げ飛ばす。凄まじい光景に人々は一瞬、戦いを忘れた。
だが、すぐに気が付く。
「テムガミルズ様がいらしたということは、アイビー様も!」
「四方の神と神子が全員揃い、ウィンゲイト様も復活なされた! 今こそ勝利の時!」
法杖でミナの影を指すムスカリ。その杖から放たれた青光が人々の中の恐怖を吹き払い、勇気を奮い立たせる。
この世界に残された全ての戦力がミナの影に向かって攻撃を集中させた。
「倒せえっ!!」
「こいつを倒せば勝ちだ!! オレ達は世界の外で見たんだ!!」
「そうよ、こいつが“崩壊の呪い”の本体なの!!」
「行けえっ!!」
魔素使い達の言葉にさらに後押しされ、反撃を受け蹴散らされても怯まず前へ出続ける人類。ネットワーク経由で有色者の力を借りた彼等の猛攻の前に、さしもの創造神の影も防戦一方となる。
『チクショウ! 紛い物のくせに! 本物じゃないくせにっ!!』
もちろん彼女も抵抗する。だが魔道士達の障壁と≪均衡≫の力に縛られ自由に身動きが取れない。しかもそこへアカンサス達の攻撃まで飛んで来る。
だが、全てが彼女にとって不利に運んでいるわけでもなかった。空から大きな翼を持つ赤い肌の娘が落下して来る。サルビアだ。瀕死の状態で横たわったその姿を見てミナの影は援軍を呼ぶ。
『
『!』
生命神・大森 龍道の影が呼びかけに応じ舞い降りた。同時に空中でサルビアと戦っていた飛行型の記憶災害も次々に襲来する。
「ぎゃああっ!?」
「ひぎっ!!」
突如降下して来た怪物共に蹂躙され命を散らす兵士や魔道士。龍道の影も手当たり次第に目の前の敵を引き裂きつつ光の柱へ近付いて行く。
「させるか!」
ユリとキバナがスズランに迫ろうとする彼の存在に気付き、乱戦の中を巧みに駆け抜け斬りかかった。
ところが生命の力によって強化された彼女達の攻撃を、やはり同じ光で身を包んだ龍道の影はあっさり掴み取り、投げ飛ばす。
「なっ!?」
キバナの上から放り出されるユリ。すると敵は彼女に対しては目もくれず、愛馬の方に指を突き刺した。その指先から流し込まれた“何か”が瞬く間にキバナを異形の怪物へと変貌させてしまう。
「キバナッ!?」
ユリの悲痛な叫びも二度と耳に届くことは無かった。たてがみを無数の蛇に変え、周囲に毒液を撒き散らしながら味方の間をでたらめに走り回る愛馬だったもの。毒に触れた者達はその部分から見る間に血肉が腐り崩壊していく。
「おのれ!」
均衡の力でキバナの動きを止め、剣を一閃するルドベキア。せめてもの情けで一刀で首を刎ねると、さらに龍道の影の動きも止めて斬りかかる。
ところが剣が触れると思った瞬間、逆に彼の体の方がその空間に縫い留められた。
「うっ──」
目を見開いた彼の首に龍道の影の指が刺さる。先程の光景を思い出し、死より恐ろしい運命を覚悟するルドベキア。
しかし、その指先から再び生物を怪物に変貌させる力が流し込まれる直前、スズランが光の柱の中から魔力糸を伸ばし、龍道の影を巻き取って空中へ放り上げた。
「クチナシさん!」
「!」
スズランの声に応え、カイの攻撃を凌ぎながら一瞬だけ彼女の方を見るクチナシ。一瞬で意図を読み取り、剣を一閃する。得意の遠隔斬撃が首を切断して、ようやく龍道の影は霧散した。