14. 無気力な対戦者

文字数 3,061文字

 「落とし前をつけさせてもらう。」と言われ、それに受けてたつという意味の返事をしたリューイは、ただ進行係に言われるままに動いて、競技の意図(いと)がいまいち呑み込めないままに、その力自慢大会の舞台に立っていた。

 力自慢大会。それは、出された板や煉瓦(れんが)を叩き割り、岩をくくりつけたバーベルを持ち上げてみせる競技。弓術(きゅうじゅつ)や剣術より地味に見えても、それは祭りの最後を飾るトリでもある。だいぶ日が落ちて暗くなりかけている会場内には、いくつもの照明用のランプと、演出のためのかがり火がすでにセットされていた。

 出場者を挟むように置いてあるかがり火の炎が、間に佇んでいるリューイの浮かない顔を照らし出していた。

 実は困ったことに、出場する前から、次第に(むな)しくなってきたのである。そして今は、全く乗り気がしなくなっていた。改めて考えてみれば、相手がつまらない男だから・・・。

 そんなリューイのすぐ隣には、その彼に勝負を申し込んだつまらない男が立っていたが、その男ブルグの面上には、面白くて仕方が無いといった不適な笑みが浮かんでいた。その視線は、元気が無くうな垂れているようにも見える、対戦者の金髪青年に向けられている。

 だが、そんなリューイの心境とは裏腹に、集まった観衆はみな彼に期待していた。ただその期待は、覇者(はしゃ)を打ち負かすかもしれないというものではなく、あの恐れ知らずな美青年がどこまで太刀打(たちう)ちできるかというものだった。

 その見物人のほとんどは、地元の村人だ。ほかの地域から競技に参加するためだけにやってきた者 ―― ことに剣術の競技目的で集まった戦士たち ―― の多くが、今夜の寝床を求めてすでに旅立っていたり、宿泊施設が多くある町の方へと去って行ったからである。

 リューイは目立っていた。それは、場違いとも言えた。参加者のどの男も2m近いかそれ以上の大男で、どっしりとした大柄な ―― 太っている ―― 者ばかりが集まっている中、身長180センチに満たないリューイは、均整のとれた体つきで、ほかの出場者と比べて何よりも幅が無い。屈強(くっきょう)の戦士であったブルグも、その頃の体形から大きな崩れはないものの、2m以上ある大男だった。だが、ほかの出場者から見れば細身であるリューイのその身体には、実は贅肉(ぜいにく)というものが(ほとん)どない。

 高身長の男が三人と、それにシャナイアも並みの男性ほど背丈があるので、一行は後ろの観衆に気が引けるとは思いながらも、最前列にいた。カイルだけが見当たらない・・・。ミーアは、もろい硝子細工(ガラスざいく)でも抱えるようにギルに抱っこされて、深い眠りに落ちていた。この少女は誰の腕の中でも背中でも、所構わずよく眠った。いくら本人は大人びているつもりでも、所詮はまだ四歳の幼子。ミーアはいつでも遠慮なく誰かに甘えて、昼寝の時間を堪能(たんのう)した。

「カイルはどうした。」
 ミーアをそっと持ち直しながら、ギルがふと気付いてきいた。

「ああ、あいつはすぐそこで診療所開いてるよ。」レッドが答えた。「さっきの剣術の試合で、負傷した奴らの治療を手伝ってたから、あいつが霊能力を持ってる医者であるのが知られてさ。子供の具合が良くないから()てくれって女性がやってきて、そのあと、ここぞとばかりに人が押しかけてきたんだ。あいつ、金取らないうえに腕はいいわ、触診ってヤツだけで簡単に診断できるわで、どんどん人が増えるんだよ。たぶんここの村の人、体調に気になるところがあるくせに、医者にかかるのしぶってたんだぜ。」

「へえ。いいヤツだな・・・。」
「ああ。あいつ普段はちょっと抜けてるけど、本物の名医だ。」
 初めカイルのことが胡散臭(うさんくさ)くてならなかったレッドは、あとの部分をより強調してそう教えた。

「ねえ、これ最後は300キロ超えのバーベルですって。ま、そこまでやったことって、ないらしいけど・・・。」
 そばの人から聞いたらしく、シャナイアの口調は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりだ。
「できるわけないじゃないの、ねえ。」

「どうかな。」と、そんな彼女に、エミリオは意味深な微笑を向けた。今朝の事故を思い出し、負傷した足を見下ろして。

 出番の出場者以外は、ほかの者の実力もじゅうぶんに知ることができる、少し後ろで待機していた。失格になると即退場なので、次第にその数は減っていく。

 ブルグが一歩動いてリューイに近づき、「どうやら逃げ出さなかったようだな。」と、頭の上から(ささや)きかけた。
 リューイはため息をつくと、「あんたと約束したから。」と、そっけなく答えた。
 ブルグは鼻で笑った。そしてニヤニヤしながら元の位置に戻った。

 手始めに、ぶ厚い板が準備された。それは、両端だけを支える架台(かだい)の上に横たわっていた。また、会場の片隅には、ほかにこの競技に使われる岩や煉瓦(れんが)が並んでいる。そこには準備係の男も六人。どの男も、出場すればいいのにと言ってあげたくもなる、腕っ節の強そうな顔つきと体格をしている。なんせ、のちに使われる岩石は、いちばん小さいものでもおよそ百キロの重量があるという。

 そして煉瓦(れんが)は、一般的には粘土(ねんど)を成形して焼き固めたり、日干しして作られる建築材料。それを競技用のサイズで特別に作られたものだ。それなりに腕や(こぶし)を鍛えて訓練していることが前提だが、実は、板も煉瓦もコツで割ることができる。ただ、成功した瞬間は見栄えがいい。何も知らない者、特に子供たちにとっては感動の瞬間となり、興奮を誘い、会場が盛り上がる。最初はそのための余興プログラムで、関係者や常連の出場者のあいだでは、本番は重量挙げからと認識されていた。

 それを当然知っているブルグは、初参戦であるはずのリューイの反応を楽しみにしていた。特に煉瓦は、未経験者にとっては、少しは(おび)えるほどの迫力はある。そう思っていた。

 (すみ)やかに一人ずつ位置につき、分厚い板数枚を、全員が難なく叩き割った。最初はいつも、やはり全員が瞬く間に出番を終わらせてしまう。この時点で脱落した者などかつていない。

 しかし、ブルグにとっては少し意外だった。リューもまた、これをずいぶん簡単に終わらせたことが。武術をやっている・・・というのは、どうやら趣味の範囲ではなく、本格的にらしい。構えと腕の繰り出し方が、見事にさまになっていたからだ。攻撃の仕方、対象を体で破壊する ―― 打ち負かす ―― 技を体得している、そういう動きだった。それに、ヤツの表情・・・。

 リューイはその時、異様に涼しげな顔をしていた。無理をしているようには見えないどころか、全く問題にしていないといったふうだった。

 実際、リューイの表情は一向に沈んだままである。

 それでブルグは、そんなリューイの横顔をまじまじと眺めているうち、すっかり平常心を取り戻した。

 ブルグはまたリューイに近寄り、「少しはできるようだな。」と声をかけた。

 リューイは相変わらずやる気のない様子で、ただ面倒臭(めんどうくさ)そうな顔の(そむ)け方をした。(むな)しさは(つの)る一方だった。

 ブルグはふんと鼻を鳴らすと、「どこまでやれるか見ものだ。」と言いながら離れた。



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