1. 祭りの日
文字数 3,775文字
その村は、町の繁華街のような賑わいをみせていた。イオという村である。確かに森のそばにある緑豊かな土地で、高層住宅は見受けられず、一軒家ばかりというのどかな景観だが、民家から離れた広々とした場所は、どういうわけか多種多様の人々でごった返していた。喧噪 に包まれているそこは、立ち並ぶ露店によって囲いがされてある大きな会場となっていた。
今日は、この村にとって由緒ある祭りの日だったのだ。
一行は、第一会場と書かれてある華やかに飾られたゲートを通る時、この大祭の入場料を払わされてしまった。また、露店を出せば桁違いの出店料が必要になるという。だが、ひと儲 けできる見込みはじゅうぶんにあるとの話だった。聞けば、別の第二会場で催される競技の賞金になるのだとか。それで各地から様々なタイプの人間が集まってきていたのかと納得した。
一行は興味本位で料金を払い、露店が立ち並ぶお祭り騒ぎのこの村の中を、買い物がてら見て回ることにした。消耗した旅の必需品も手に入るかもしれない。
妙に足元を気にしながら歩くエミリオの歩調が、やや不自然だった。その右足首は包帯でしっかりと固定されてある。
実は、峡谷 を抜ける矢先のこと。一行は不運にも落石に出くわしてきたのである。しかし、実際にその的になっていたのは、先を歩いていたカイルとミーアだった。そして、あとの四人が気付いて一斉にスタートダッシュした結果、レッドがミーアを、そしてエミリオがカイルを助けることになった。
一方、リューイは、はなからその二人を避難させることを考えてはいなかった。彼の頭には、ミーアでもカイルでもなく、勢いを増して向かってくる落石を受け止めることしかなかったのである。
それを見たギルは仰天 して、リューイに馬鹿なことを止めさせようとした。だが、そんな暇は無かった。全てが一瞬の出来事だった。レッドがミーアを抱えて逃れ、エミリオがカイルに飛びつき、そして・・・あわやというところで、リューイがその落石を食い止めたのだ。そして勢いに押されたリューイは、すくい上げるようにして、その巨石の軌道を変えた。後ろにはエミリオとカイルがいたから。
ところが、ギルが気付いた時、カイルを庇ったエミリオは、右足首をつかんで辛そうに顔をしかめていた。リューイのおかげで大岩の下敷きは免れたものの、それが転がり落ちてくるあいだに跳ね飛ばした小石の大きいものが、足首にまともに命中したということだった。
「足の方は大丈夫か。」
レッドが心配してきいた。
「ああ。カイルのおかげでずいぶん楽になった。」
エミリオは、曖昧 にも思える微笑で答えた。
ここへ来るまでの途中で休憩をとった時、具合を診直 しているカイルのそばでレッドが見た患部の変色は、本当に骨に異常はないのかと、眉根を寄せるほどだったのである。今はさらに腫 れているだろう。
「あんまり無理すると悪化する一方だから、エミリオはどこかで休んで・・・」
そう言いながら振り返るなり、カイルはいきなり視線をきょろきょろさせた。
「あれ?ギルは?」
言われて、レッドも背後を見た。すると、あとからついて来ていると思い込んでいたその姿がない。
「変だな、さっきまでは居たんだが。」
大勢の行き交う人々の気配に取り巻かれていて、まったく気づかなかった。迷子になったとは思えないから、恐らく、自分から離れたのだろう。理由は、周りにある興味をひかれる様々なもの。出店だ。
高身長のエミリオやレッドはそれに気づいて、人々の頭の上から目探りした。そんなギルに半分呆れながら。
一方ギルはというと、そのとおり、一人勝手に出店の方へ向かっていた。彼は不意に、自分が得意とする長弓を売っている店を発見したのである。つまり武器屋のテントを目にとめてしまい、つい子供がそうなるように引き寄せられていた。
ところが、その店にたどり着く一歩手前で、ギルはクルリッと踵 を返した。客の対応を終えて振り向いたその店主の顔を、知っていたからだ。
「そこのお兄さん、弓には興味ないかい。」
背後で男の声がした。もう間違いない・・・聞き覚えのある声だ。だが無視することができずに、ギルは仕方なく振り向いた。
すると男は、その顔を目の当たりにするや否や、一瞬言葉を失い呆然とした。ギルにとっては案の定という反応である。
「驚いたね、あんたアルバドルの皇子様にそっくりだよ。」
男はギルの顔だけでなく全身を眺め回して、ため息をつきながら言った。
「歳の頃といい、背丈といい、体格までうり二つだよ。信じられない。」
「よく知っているのか。俺は見たこともないが。」
ギルはそう言いながらも、あまり目を合わさないようにしている自分に気付いた。
「いやあ、これは自慢ですがね、実は私その国の者でして、お城に何度か弓を献上にあがったことがあるんですよ。今や大陸屈指 の強国に成長して、改築された城館 はもう見事の一言・・・。」
「そいつは凄 いな。」
ギルは肩をすくう思いで、あくまで庶民を気取った。
「まあ結局は、皇帝陛下や、大将たちのお眼鏡 にかなえば、褒美 をたっぷりといただけるわけですがね。私はこう見えても、実際にこれらの弓を作っている職人ですから、腕には自信があるんです。それで毎度、特に選りすぐったやつを持参するんですが、王子はさすがに名手だけあって、いい目をされておられる。中でも最高傑作のものを必ずお選びになるんですよ。あんたさん、その眼の色までそっくりだよ。」
男がそう言って瞳を覗きこんできたので、ギルは慌てて手元にあったものを指さした。
この眼 ――稀有 な青紫 の瞳 ―― はまずい・・・。
「これは・・・。」
するとギルは、そこで咄嗟 に指を向けたその武器が、見たこともない珍しい形であることに気付いた。
「これは・・・どうやって使うんだ?」
それは弓にしてはずいぶん小型で、縦ではなく横にして構えるという機械仕掛 けの最新兵器。
「ああ、機械弓 (いわゆるクロスボウ)ですね。それはこう矢をひっかけて、ここの安全装置を外し、それからこのレバーを引くだけで飛ぶようになってるんです。安全装置は子供の悪戯 防止ですが、構える前にうっかりということもありますので、連続して使う以外はできるだけセットしてくださいね。」
男は専用の矢をその弓に仕掛けてみせ、事細かく説明すると、一度外した安全装置を元に戻した。
「扱いが怖いな・・・けど、上手いことできてるんだな。」
「そいつは優れもんですよ。東はだいぶ落ち着いてきたので導入がやや遅れましたが、エドリース ―― 激戦の地 ―― ではもうかなりの需要があるとか。この辺りでも、ハンターたちの間では人気ですよ。」
「それで、この弓も見せたのかい? その・・・アルバドルの皇帝や将軍たちに。」
ギルは気になって、ついそんな質問をしていた。
「ええ。試作品ができたと同時に。」
「それで反応は?」
「好評でしたよ。すでに契約も成立して、今、工房は大量生産の真っ最中です。大忙しですよ。」
「そうか・・・。」
ギルは、母国が常に強くあって欲しい気持ちと、平和への祈りとが絡 みあい、複雑な面持ちで瞳をかげらせた。
「国を守る準備だけは・・・怠 るわけにはいかないからな。」
「そういえば・・・その時、皇子様いなかったなあ・・・。そういう時には必ず同席するお方だと思ってたけど。」
じっと見つめてくる男のその視線にギクリとして、ギルは、「あ、ほら今にも買ってくれそうなお客がきてるよ。俺はもう少し考えさせてくれ。」と、別人らしく言った。
「どうぞ、ごゆっくり。」
男は愛想よく返事をすると、その客の対応に回った。
「いらっしゃい。お客さん、かなり使えそうですねえ。競技に出るんですかい?」
ギルは、矢が仕掛けられたままになっている、先ほどの弓を手に取った。実際にそうしてみるとたちまち興味が湧いてきて、ギルはいろんな方向にそれを構えては、少年のように微笑 んでいた。
だがその表情は、構えた先にふと人だかりを見つけるなり、真顔に戻った。一本で佇 むトチノキの下・・・そこに、何やら小さな人だかりができている。
弓を手にしたまま、ギルは好奇心で近付いて行った。
すると、そうする間にも見て取れたことが二つ。集まっているのは男ばかりであることと、その理由である。一目瞭然 だった。男たちが取り囲んでいるのは一人の踊り子で、亜麻色 の長い髪がよく似合う美女なのである。目の醒 めるような美女だ。
ギルは思わず立ち止まり、目をぱちくりさせた。心の中で、何かが弾 けたような気がした。
ギルには、旅に出るにあたって、その理由のほかに一つ期待していたことがあった。それは、理想の女性とめぐり合うこと。そして面食いになれば、彼女の容貌 は文句なしにタイプだ。だがそれ以上に、気の強そうなところがひときわ魅力的に映った。分かり易 いやきもちを焼いてくれそうな感じがいいと思った。なにしろ彼が求めている理想の恋人とは、自分のいいなりにならず、時には喧嘩ができる、素直に愛情を見せてくれる、そんな可愛い女性 なのである。
なぜ気が強そうだ・・・と思ったかは、その彼女が実際に今、目の前でぎゃあぎゃあと怒り散らしているからだ。
その様子のおかしさに気付くと、ギルは小走りに駆けだした。
今日は、この村にとって由緒ある祭りの日だったのだ。
一行は、第一会場と書かれてある華やかに飾られたゲートを通る時、この大祭の入場料を払わされてしまった。また、露店を出せば桁違いの出店料が必要になるという。だが、ひと
一行は興味本位で料金を払い、露店が立ち並ぶお祭り騒ぎのこの村の中を、買い物がてら見て回ることにした。消耗した旅の必需品も手に入るかもしれない。
妙に足元を気にしながら歩くエミリオの歩調が、やや不自然だった。その右足首は包帯でしっかりと固定されてある。
実は、
一方、リューイは、はなからその二人を避難させることを考えてはいなかった。彼の頭には、ミーアでもカイルでもなく、勢いを増して向かってくる落石を受け止めることしかなかったのである。
それを見たギルは
ところが、ギルが気付いた時、カイルを庇ったエミリオは、右足首をつかんで辛そうに顔をしかめていた。リューイのおかげで大岩の下敷きは免れたものの、それが転がり落ちてくるあいだに跳ね飛ばした小石の大きいものが、足首にまともに命中したということだった。
「足の方は大丈夫か。」
レッドが心配してきいた。
「ああ。カイルのおかげでずいぶん楽になった。」
エミリオは、
ここへ来るまでの途中で休憩をとった時、具合を
「あんまり無理すると悪化する一方だから、エミリオはどこかで休んで・・・」
そう言いながら振り返るなり、カイルはいきなり視線をきょろきょろさせた。
「あれ?ギルは?」
言われて、レッドも背後を見た。すると、あとからついて来ていると思い込んでいたその姿がない。
「変だな、さっきまでは居たんだが。」
大勢の行き交う人々の気配に取り巻かれていて、まったく気づかなかった。迷子になったとは思えないから、恐らく、自分から離れたのだろう。理由は、周りにある興味をひかれる様々なもの。出店だ。
高身長のエミリオやレッドはそれに気づいて、人々の頭の上から目探りした。そんなギルに半分呆れながら。
一方ギルはというと、そのとおり、一人勝手に出店の方へ向かっていた。彼は不意に、自分が得意とする長弓を売っている店を発見したのである。つまり武器屋のテントを目にとめてしまい、つい子供がそうなるように引き寄せられていた。
ところが、その店にたどり着く一歩手前で、ギルはクルリッと
「そこのお兄さん、弓には興味ないかい。」
背後で男の声がした。もう間違いない・・・聞き覚えのある声だ。だが無視することができずに、ギルは仕方なく振り向いた。
すると男は、その顔を目の当たりにするや否や、一瞬言葉を失い呆然とした。ギルにとっては案の定という反応である。
「驚いたね、あんたアルバドルの皇子様にそっくりだよ。」
男はギルの顔だけでなく全身を眺め回して、ため息をつきながら言った。
「歳の頃といい、背丈といい、体格までうり二つだよ。信じられない。」
「よく知っているのか。俺は見たこともないが。」
ギルはそう言いながらも、あまり目を合わさないようにしている自分に気付いた。
「いやあ、これは自慢ですがね、実は私その国の者でして、お城に何度か弓を献上にあがったことがあるんですよ。今や大陸
「そいつは
ギルは肩をすくう思いで、あくまで庶民を気取った。
「まあ結局は、皇帝陛下や、大将たちのお
男がそう言って瞳を覗きこんできたので、ギルは慌てて手元にあったものを指さした。
この眼 ――
「これは・・・。」
するとギルは、そこで
「これは・・・どうやって使うんだ?」
それは弓にしてはずいぶん小型で、縦ではなく横にして構えるという機械
「ああ、
男は専用の矢をその弓に仕掛けてみせ、事細かく説明すると、一度外した安全装置を元に戻した。
「扱いが怖いな・・・けど、上手いことできてるんだな。」
「そいつは優れもんですよ。東はだいぶ落ち着いてきたので導入がやや遅れましたが、エドリース ―― 激戦の地 ―― ではもうかなりの需要があるとか。この辺りでも、ハンターたちの間では人気ですよ。」
「それで、この弓も見せたのかい? その・・・アルバドルの皇帝や将軍たちに。」
ギルは気になって、ついそんな質問をしていた。
「ええ。試作品ができたと同時に。」
「それで反応は?」
「好評でしたよ。すでに契約も成立して、今、工房は大量生産の真っ最中です。大忙しですよ。」
「そうか・・・。」
ギルは、母国が常に強くあって欲しい気持ちと、平和への祈りとが
「国を守る準備だけは・・・
「そういえば・・・その時、皇子様いなかったなあ・・・。そういう時には必ず同席するお方だと思ってたけど。」
じっと見つめてくる男のその視線にギクリとして、ギルは、「あ、ほら今にも買ってくれそうなお客がきてるよ。俺はもう少し考えさせてくれ。」と、別人らしく言った。
「どうぞ、ごゆっくり。」
男は愛想よく返事をすると、その客の対応に回った。
「いらっしゃい。お客さん、かなり使えそうですねえ。競技に出るんですかい?」
ギルは、矢が仕掛けられたままになっている、先ほどの弓を手に取った。実際にそうしてみるとたちまち興味が湧いてきて、ギルはいろんな方向にそれを構えては、少年のように
だがその表情は、構えた先にふと人だかりを見つけるなり、真顔に戻った。一本で
弓を手にしたまま、ギルは好奇心で近付いて行った。
すると、そうする間にも見て取れたことが二つ。集まっているのは男ばかりであることと、その理由である。一目
ギルは思わず立ち止まり、目をぱちくりさせた。心の中で、何かが
ギルには、旅に出るにあたって、その理由のほかに一つ期待していたことがあった。それは、理想の女性とめぐり合うこと。そして面食いになれば、彼女の
なぜ気が強そうだ・・・と思ったかは、その彼女が実際に今、目の前でぎゃあぎゃあと怒り散らしているからだ。
その様子のおかしさに気付くと、ギルは小走りに駆けだした。
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