3. ミーアの偽名

文字数 2,438文字

 客は三人で、まず現れたのは(ひたい)に赤い布をした精悍(せいかん)な若者と、その彼に抱えられている幼い少女。あとに続いて金髪碧眼(きんぱつへきがん)の青年である。

「へい、いらっしゃ・・・」
 そちらを見るなり、ニックは小さな丸い目を大きくした。
「レッド⁉レッドじゃないか!」

 ニックは、気が()くのを(おさ)えて調理を中断すると、たちまちカウンターを回りこんで厨房(ちゅうぼう)から出ていき、レッドとその連れがそばに来てくれるのを待ち構えた。

 そして、リューイを促してカウンター前までやってきたレッドは、ミーアを下ろしてニックと向かい合う。

「久しぶり。相変わらずだな、この店は。けど、おやじはまた太ったんじゃないか。」
「お前はまた・・・一段と(たくま)しくなったな。」

 本来なら喜んでその言葉をかけてやりたいところだが、ニックはその時、悲しげな顔をせずにはいられなかった。
 そしてそれに、レッドも苦笑で(こた)えた。

「お前も相変わらずか。」
「ああ。あれからまた・・・戦場を駆けずり回ってた。」
「だろうな・・・。」
 そのあとで、ニックは不思議そうな目をミーアに向ける。
「けど・・・そのお嬢ちゃんは?」
「妹だ。」
「妹⁉ だけど、お前の両親は・・・。」

 ニックは、今度は怪訝(けげん)そうな顔をした。なぜなら、レッドが子供の頃に戦争で親と生き別れたという話を聞いていたからである。その時、実は妹がいたのだとしても、その少女とはどう見ても年が合わない。

 一方、レッドも迂闊(うかつ)・・・とハッとした。そして、なかなか(するど)いな・・・とニックをまじまじと見つめた。そんな話をパッと思い出して瞬時に気付かれるとは、意外だった。

「いや、だからその・・・こいつはライデルの子供なんだ。最近、偶然そのことを知って、それで孤児院(こじいん)(あず)けられていたこいつに会いに行ってみて、それで・・・ちょっと仲良くなろうかと一時連れ出してきたんだ。ほら、ライデルは俺の育ての親も同然だからさ。」
 レッドは、これほど(あせ)ったことはかつてないというほどの動揺ぶりで、苦し(まぎ)れなことを言った。

「確かに全然似てないけどなあ・・・。」
 ニックは、それでもまだ胡散臭(うさんくさ)そうな顔をしている。

 なぜなら、レッドの言うライデルという男は、なんと盗賊 一味(いちみ)(かしら)だから。

「まあ、とにかくよく来てくれたな。けど、ならやっぱり戻ってきたわけじゃあないのか・・・。」
 ニックは、深々とため息をついてみせた。
「ああ・・・すぐに出て行くつもりだ。それまでまた世話になってもいいかな。」
「大歓迎に決まってるだろう。俺としては、いつまでも居てもらいたいくらいさ。まあ好きに(くつろ)いでくれ。それで、その子とお連れさんは何ていうんだい。」
 ニックは腰を屈めてミーアに微笑みかけた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「ミー・・・」
「ミナだ。」

 ミーアが愛想よく名乗ろうとしたその時、レッドが透かさずそう(さえぎ)った。当然、ミーアは何か言いたそうなふくれっ面でレッドを(にら)みつける。だいたい、さっきからとんでもなくハチャメチャな紹介をされているのである。

「へえ、ミナちゃんか。顔に似合う可愛い名前だな。」

 ミーアは賢明(けんめい)にもニコッと微笑(ほほえ)んで応え、黙って耐えていた。

「それから、こいつはリューイだ。ここへ来るまでにたまたま出会ったんだが、馬が合いそうだからしばらく一緒に旅をすることになった。」
 そう紹介したあと、(つぶや)くように付け加える。
「・・・ちょっと変わり者だがな。」と。

「よろしく。」
 リューイは右手を差し出して、ニックと握手を交した。
「こちらこそ。ところで、お前さんたち何にする?いいのが入ってるんだがね。」
「いや、ビールでいい。一度おやじの(すす)めるのを飲んで寝込んだ覚えがある。」
「そうだったな、悪い悪い。リューイは強い方かい。」
「森の奴らになら、だいたい勝てるよ。」
「は?」
「だけど、じいさんには・・・」
「いや、違う、ちょっと待て!」
 レッドは(あわ)ててリューイを制した。こいつは勘違(かんちが)いをしている。
「同じものを頼む。ビール二つだ。」

「あ、ああ。えっと、じゃあミナちゃんは?」
「私もそれ。」
 ニックは軽い笑い声を上げた。
「ミナちゃんやるねえ。本当に飲んでみるかい。」
「こら、ふざけるな。おやじ、ミルクをやってくれ。」
「ミルク?そりゃあないぜ。」
「そうよ、ミルクなんて赤ちゃんの飲み物じゃない!」
「ならいいだろ。」

 レッドのこの一言で完全に機嫌(きげん)を悪くしたミーアは、思い切り渋面(じゅうめん)を作ってお子様らしく怒りを(あらわ)に。

 そんなミーアを内心では可愛いと思うレッドは、ミーアには馬鹿にされているとしか思えない笑みを零して、「なんて不細工(ぶさいく)な顔してんだ。やっぱり・・・ミルクだな。」

 ミーアはハッと息を飲み込むと、勢いよくリューイを振り返った。
「リューイも何とか言ってよ!」
「俺は好きだけどなあ・・・ミルク。」
「もう!」
「嫌ならオレンジジュースにしろ。」

 そう言ってミーアの脇をかかえ上げたレッドは、そのまま高いカウンター席に座らせてから、リューイを連れて、荷物を置きに階段を上がって行った。

「あんな性格だからモテないのよ・・・。」
 出されたジュースをすすりながら、ミーアはボソッと悪態(あくたい)をついた。

「モテない?あいつがか?とんでもない。」

 頭の上からそんな声が聞こえて、ただただ一点を(にら)みつけていたミーアは、驚いて顔を上げる。

 その目と目が合うと、店主は話し始めた。



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