24. 額の痣

文字数 2,275文字

 こいつは、本当に卑怯(ひきょう)だ・・・。レッドはますます腹が立った。弁解の余地が無くても、戦場で仕方なくても、恐怖で抵抗できなくなった者を殺すのは躊躇(ためら)われた。だから、そうなる前に息の根を止めてきた。(なさ)けが邪魔をする前に・・・。

「変わってない・・・。」
 低い声でレッドはつぶやいた。それから、はっきりと聞こえる声で言った。
「お前は、何も変わっていない。だから覚えておけ。次に見かけたその時は、必ず殺してやる。もうそんな顔はさせない。次は、周りに人気のないどこか別の場所で、こうなる前に・・・さっさと殺す。」

 レッドは足をどけ、ベクターの上から離れた。

 無言で(うなず)いてみせるだけがやっとだったベクターは、震える足を無理に動かし、ほうほうの(てい)で馬の方へ向かった。

 子分もあとに続く・・・ところが。

「待て・・・。」
 と、背中から呼び止められた。

 一味はびくっと肩を飛び上がらせて、一旦停止。

「そこで伸びてるヤツも、忘れるな。」
 体の向きも変えずに、レッドはそう言った。あくまで重々しい口調で、視線を落としたまま。

 おずおずと振り向いた男たちにとって、その姿は、無理に怒りを(おさ)えているように見えた。ここで何か余計なことをすれば、一触即発しそうな・・・そんな感じだ。

 伸びている奴というのは、リューイに頭を殴られて気絶した男のことである。

 親分の命令を聞いて、二人の子分がすぐさま動いた。

 やがて一味は、レッドの恐ろしさから逃げ出すようにして、一目散(いちもくさん)に去って行った。

「やったぞ!」
「わああっ!」
 歓声が上がった。

 しかし、こうして一件落着しても、そこに佇んでいるレッドの顔は、一向に暗く沈んで厳しいままだ。

 カイルは少女に、「さあ、パパとママのところへお帰り。」と言ってほほ笑み、観衆の中から駆け出してきた両親に目を向けた。

 少女はうなずいて、「ありがとう。」と言い、離れていった。

 そして、レッドの横を少女が通り過ぎた。
 レッドは、責任を感じながらその少女を目で追った。

 涙を流しながら、ひしと抱き合う親子。それを見つめていたレッドに両親が頭を下げたが、レッドはまた()し目になり、ただ重いため息をついた。
 レッドは、負傷したカイルの方へ足を向けた。

 そのカイルのもとには、リューイと、(かたわ)らにはジュリアスもいた。カイルは傷口を手で押さえながら、リューイに医療バッグを取ってきて欲しいと頼んでいるようだった。

 レッドがカイルのそばに来たのは、リューイがうなずいて離れようとした、ちょうどその時だった。

 リューイは、一旦その場に立ち止まった。レッドの悄然(しょうぜん)とした様子が気になったからである。

「すまない・・・こんなことになっちまって。」
 レッドは苦渋の面持ちで、血が流れる足を(かば)うように座っているカイルに言った。

 カイルは首を振ってみせ、(ほが)らかにほほ笑んだ。 
「悪いのは、僕だよ。」

 幸い死人こそ出なかったものの、ひどい事態を引き起こしてしまった・・・。アイアスは盗賊の間では脅威(きょうい)の存在。その紋章を見ただけで、尻尾を巻いて逃げ出す一味も少なくはない。それでも、またやり合うことになっていたとしても、リューイとジュリアスの強さをも知れば、すぐに(かな)わないと悟って出て行ったはずだ。アイアスであることを真っ先に分からせていれば・・・こんなことにはならずに済んだ。
 そう考え始めてしまったら、そう思われてならなくなり、いよいよ後悔の念が押し寄せた。こんな時でさえ抵抗を感じた俺は、(おろ)かだ・・・。

 レッドは頭の後ろに両手を回して、布の結び目を(ほど)いた。そうしながらカイルのそばに片膝を付いて、黙って傷口にそれを押し当てた。

 その行動に、ジュリアスは驚いたような目を向けた。

「いいよ、包帯を取ってきてもらおうと思ってたところだから。それ、汚れちゃうよ。」
 カイルは、うつむいて無言のまま止血をしてくれるレッドの顔を(のぞ)き込んだ。

 そして気付いた・・・その(ひたい)(あざ)があることに。

 カイルは、レッドがその布を外しているのを、何度か見たことはあった。が、顔を洗ったり、その布を洗濯するあいだの、(つか)の間のことだった。そんな人の日常的な行動を気にすることもなかったカイルは、レッドがさりげなくあれこれと工夫して、隠しているとも知らずにいた。不思議だったといえば、洗濯したあとは、よく乾かしもせずにまた額に結び付けてしまうことと、それは丁寧に洗っている時の、いわくありげな切ない眼差しくらいだった。

 今になってそのことに気付いたカイルは、まさかと思った。額に痣といえば、たいていの人が連想するものがある。

 カイルは、うつむいているのと、ふりかかる前髪のためによく確認できないレッドの額に、そろそろと手を伸ばしていった。

 そうされても、レッドはあえて身じろぎもしなかった。そして前髪をすくい上げられると、少し頭を起こして、傷口からカイルの顔に目を向けた。

 カイルは・・・息を呑んだ。

 間違いない、それは鮮明に(きざ)み込まれたタトゥー。額に力強い(わし)紋章(もんしょう)

「ア、アイアス⁉」

 レッドの思った通りに、カイルは大声でそれを言った。




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