26. 神託

文字数 2,343文字

 エミリオは、今朝ギルと合唱したあの場所で、同じ岩の上に腰掛けていた。そしてそこから、重なり合う木々の間の、深い闇をじっと見つめていた。木々のざわめきやフクロウの声が聞こえているはずではあったが、今の彼にとっては静寂すぎる夜だった。

〝我ノ血ヲ受ケ継イダ者ヨ・・・〟
〝・・・ソナタヲ導ク〟

「そなたを導く・・・。」
 エミリオは口から(こぼ)すように(つぶや)いた。

 以前・・・まだ宮殿で生活していた頃、就寝中に、意味深なその声を聞いたのである。目が覚めて体を起こしたエミリオは、妙な感覚に見舞われた。声だけだったが、夢の一種だと思った。どうも納得できない・・・。

 というのは、初めてのことでは無かったから。ヘルクトロイの大戦 (※)で、初めてその声を聞いた。それも、ギルベルト皇子、つまり、ギルと対戦している最中(さなか)に。よく思い出して考えてみれば、奇妙なことだが話がつながる。

 その時、聞こえた言葉はこうだった。

〝殺シ合ッテハナラヌ・・・〟
〝我ラノ血ヲ受ケ継イダ者タチヨ・・・〟

 だが結局、それきり謎のままで、エミリオはずっと胸にわだかまりを残したままでいた。それが今日、カイルの話を聞いたとたんに、思い当たってハッとした。そして、あれは神の声だったのだろうか・・・と半信半疑に考えた。

 エミリオは(ひざ)の上に組んだ両手に視線を落として、眉をひそめた。

 恩人の死に(むく)いることのできる何か・・・その答えを見つけることが、今、自分が生きる理由の全てだ。それを考える時に、同時に思い出す恩師の言葉がある。

 強くなって生きてこそ、守ること救うこと、そして・・・世を正すことができる。

 エミリオは、漠然とそれをヒントにしていた。しかし、不意に得られたその機会は、あまりにも・・・。

 エミリオは、何度も重いため息をついた。

 犠牲をはらって生かされただけの、価値ある何か・・・。その機会を与えられたことにはなる・・・が、それはあまりにも次元の違う話であり、無謀(むぼう)

 あの言葉は、本当に神託(しんたく)? 本当に、この大陸を代わりに守れと? この・・・私に。

 だがそう戸惑いながらも、エミリオは腰を()えて考えてみた。

 この大陸の生物が絶滅の危機に(ひん)した過去は、事実として歴史上にある。ならば、予言は決して非現実的な事ではなく、起こりうる未来。

 できることなら、私は・・・この世の果てを見たくはない。

「この場所が気に入ったか。」

 そんなエミリオに、背後から不意に声をかけてきたのはギルだった。頭を()け反らせ、野宿のせいで()った首をほぐしながら歩いてくる。相棒の不安をよそに、そんなずいぶんと気楽そうな感じで。

 そうしてエミリオの前に回りこむと、ギルは向かい合ってそこの草地に腰を下ろした。
「まあ、そう深く考えるな。」 

 口元(くちもと)に軽く笑みを浮かべて、エミリオはそれに応えた。

「しかし、出し抜けにあんなことを言われてもな。あの坊やはずいぶんと世を(はかな)んでいるようだが、俺にはどうも信じられん。」
「ギル・・・私には確かに、霊能力というものが、あるにはあるんだ。」
「へえ・・・大陸を救えるだけの?」

 何ら驚きもせずに、ギルはそう返した。霊能力を持っていること自体は、そう珍しいことでもない。

「茶化さずに聞いてくれ・・・本で読んだことがある。生物はその生体を取り巻く光彩を持ち、それをオーラというのだと。」
「オーラ・・・そういえば、さっき、あの坊やがそんなことを言ってたな。」
「だが、目に見えるものではないとされていたし、そう思っていた。」
「あの坊やには見えているようだがな。」
「違うんだ・・・見えるんだ。」

 そう答えたエミリオは、ひどく強張(こわば)った硬い表情をしていた。信じられないが疑いきれない、思い当たる節はあるが複雑で整理がつかない・・・そんな心境が、そのまま表れた顔である。

 そしてギルは、エミリオが違う話を始めたわけではなく、それが、自分のその能力を説明するための前振りであったことを理解した。

「見えるんだ・・・皆のが。」
 かすかに震える声で、エミリオは話を続けた。
「皆のが? あの坊やは、お前のだけが見えると・・・。」
「私には、あの子には見えないものも・・・見えるんだ。それも、本で説明されていたそれではなく、あの子が言った通りのものが。」

 ギルは、カイルの言葉をいくつか思い出していた。

 霊能力のかなり高い人にしか見えない。大神精術師であるおじいさんには見えている。

 そして、次に思い出した言葉が浮かんだ時には、思わずぞっとした。

 彼にはそれだけのことができる力が備わっている・・・方法を知らないだけ・・・。

「いつからだ?」
「二年ほど前からだ。気にはなったが、自分以外のほかを見るには問題ないから目の病気というわけではないと思い、すると、ふとオーラのことが頭をよぎった。しかし、さすがに誰にも言えなかった。そして、ごくうっすらとしたものだから、そのうち慣れて気にもならなくなった。だが・・」
「ちょっと待て・・・皆って・・・?」

 エミリオは、ギルが言わんとしていることを悟って(うなず)いた。
「君と出会った日、ヘルクトロイの戦い (※)の時だ。君の体にも同じものが見えた。あの時は驚いている余裕も無かったが、君と再会した時に、やはりそうだと確信できた。君の体にも、うっすらと青白い光が見えると。そして・・・今も。」

 エミリオは、ギルの目から少し視線をずらした。ゆっくりと動いたその目は、ギルの輪郭(りんかく)のあたりを見つめている。

「それが、あの子たちにも全員に見えるっていうのか。」
「そうだ。」
「じゃあ・・・さっき話をしていた間、お前は、そのことをわざと黙っていたわけか?。」

 エミリオはうなずいた。





(※)『アルタクティスzero』 ― 「外伝4 運命のヘルクトロイ」

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