16. 祭り競技3(重量挙げ2)

文字数 2,251文字

 さらに重い岩が運ばれてき、やはり二つ用意された。だがそれを準備するのに、少し時間がかかった。数字だけを聞くとピンとこなくても、そんな様子を見れば急に実感が湧いてくる。序盤からもうそうとう重かったのだと。

 実際、出る者出る者、そのバーベルを持ち上げる時には、顔を真っ赤にしながら頬をぴくぴくと痙攣(けいれん)させていた。こめかみに血管が浮き上がっている者もいる。
 
 ここで、ようやくかとうとうか、三度とも失敗に終わった第一の脱落者が出た。しかしそれは、リューイではなかった。観衆には、これは心外だ。

 前の負担もあってか、続いて、ここで一挙に四人が脱落。

 その中にリューイはいない。

 最後であるリューイの出番は、四人目の脱落者のあとだった。

 リューイは堂々たる態度で進み出ると、腰を下ろし、バーベルを両手でつかんだ。

 誰が残っていて落ちたかなど、リューイにはどうでもよいことだった。ブルグと争っているという意識も初めから無かった。リューイは、感慨(かんがい)に耽っているそのまま立ち上がって、握り締めたバーベルを肩の高さまで引き上げ、頭上へ突き出した。彼は、ワン、ツー、スリーのテンポでそれをやってのけた。

 会場が静まり返った・・・そして・・・。

 いきなり湧き起こる拍手と大喝采(だいかっさい)の嵐。
「やるじゃないか!」
「その調子だ!」

 ヘビー階級のバーべルをものの見事に持ち上げてみせたリューイは、面食らったような顔をした。腕を上げたままの姿勢で首をめぐらし、そして気付いた。人々の表情がどうであるかに。

 観衆はみな大きく目を開いて、抑えきれない感動を満面にたたえている。それは、圧倒されるほどの(まぶ)しい笑顔だった。

 ギルが出場した弓の競技にしても、レッドの剣の試合にしても、彼らにとってそれを観賞することは娯楽であると共に、一種の冒険でもあった。技に優れた者や強い者を見て、血湧き肉躍る思いや、手に汗握る感じを楽しんだり、時には憧憬(どうけい)の念を抱いたり、羨望(せんぼう)の眼差しで見たり、自分の姿を重ね合わせてみたりする。

 そして今、リューイの心に、彼らのその胸の高鳴りが伝わってきたのだった。人に感動を与える喜びを知った瞬間だった。

 リューイは、そのまま子供のようににんまりと笑った。

 それを見たほかの出場者たちは、唖然(あぜん)と口を開けた。片方だけでもう百キロを超えているはず。それを彼は危なげなく持ち上げてみせただけでなく、笑ったのだ。無邪気な少年の笑顔で。同じものに挑んでいたとは思えず、誰もが、まるで手品でも見ているか、(だま)されてでもいるのではと疑いたくもなった。

 それを持ち上げるまでには制限時間が定められているが、たった数秒でまたも容易(たやす)くやってのけ、さっさと戻ってきたリューイに、さすがにブルグも、どうからかってやろうかなど考えられなくなっていた。

 そして、重量がさらに加わった次の挑戦で、ここまで勝ち進んだ者は三人に絞られた。その中にリューイも残った。

 ブルグにとって、もはや気になるのはリューイただ一人。あとの一人も初出場でありながら屈強(くっきょう)さを見せつけていたが、それよりも今は、リューイを意識せずにはいられず、それ以上を考えられる余裕がなかった。

 そのリューイは、ここへきて真顔に一変していた。それは、いつまでも馬鹿みたいに笑ってないで、真剣に訓練しようと気付いたからだったが、やっと怖気(おじけ)づいてくれたようにも見えるその硬い表情が、すぐ横で冷や汗をかきながら両腕を組んだブルグを、いくらかほっとさせた。

 最初のブルグは、楽々とはいかなかったものの、制限時間を余裕で残し成功。二人目の男は、気合を入れるための掛け声を上げては、何度も持ち上げようとしたが、残念ながらビクともせず退場となった。

 出番がきて、リューイは平然と歩きだした。腰の痛みを噛み殺しながら、しぶしぶ去っていくその男とすれ違った。リューイは立ち止まり、男の後ろ姿を気の毒そうに見届けたあとで、位置についた。

 ブルグは胸中でつぶやいた。
「たいした小僧だ・・・だが、それもここまで ―― ⁉」

 いきなりのことで、思わずあんぐりと大口を開けたブルグは、たちまち(あご)が外れそうになった。リューイは、バーベルを握りしめた直後に、さっさと済ませてしまったのだから。最初にやってみせた時のように、あっさりと。 

 リューイが戻ると、顎をつかんで口をはぐはぐと動かし、骨の具合を調節しようと必死になっているブルグがいた。

 互いの目が合う。

 リューイはこの時、また一つやりおおせた爽やかな笑顔でいた。それを見たブルグは、勘違いをして腹を立てると同時に、とうとう恐れ始めた。

 一方、辺りは奇妙にシンとしている。驚愕(きょうがく)のあまり、誰もが言葉を失った様子。これは予想外どころではない・・・。 

(すご)いわ、彼・・・。」
「何者なんだ・・・。」

 やがて口々に騒ぎ出す。

「ちょっと凄いじゃない!」
 シャナイアも興奮気味に声を上擦(うわず)らせていた。

 その隣のエミリオは、ずっと眉一つ動かさずに落ち着き払った表情のままでいるが、微笑むか、穏やかなポーカーフェイスのどちらかが(ほとん)どという彼は、驚いている時はだいたい無表情に近くなる。


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