22. 旅は道連れ

文字数 3,273文字

 ギルは、この川辺で着替えた時に脱いだタオルを腕に巻くと、慣れたように片手で指笛(ゆびぶえ)を吹いた。それはよく通る甲高(かんだか)い音で、空を裂くように響き渡った。

 すると(たか)が反応した。華麗に向きを変えて翼を水平にしたかと思うと、勢いよく空から駆け下りてくる。

 その迫力にレッドは思わずミーアを引き寄せ、リューイも避けようとしたが、その鷹は、彼らの輪の前で急に速度を(ゆる)めた。体勢を整え、ギルがタオルで保護した腕を止まり木代わりに、そこへ舞い降りたのである。 

 若くて、立派な鷹だった。その中でも大型で、ワシとも呼ばれる猛禽類(もうきんるい)である。鋭い鉤爪(かぎづめ)を持ち、握力も強い。生まれて間もない赤ん坊ならば、空を舞い上がらせることもできそうなほど見事な体格で、力強さが(みなぎ)っていた。だから、本当なら、鷹をとまらせる部位に、革製の籠手(こて)腕貫(うでぬき)、肩当てなどの防具を着ける。今はそれが無いので、ギルはタオルで代用したが、鷹の方は、いつもとあまりに違う感じに落ち着かない様子。ただ、それをほとんど態度に出さないほど(かしこ)く、よく(しつ)けられていて、しかもギルに(なつ)いているばかりでなく、彼を(うやま)っていた。 
 その頭を軽く()でてやりながら、防具を買わなきゃな・・・と、ギルは思った。

 そしてその鷹は、確かに首輪をしている。鳥の首輪など珍しい。何かの拍子にスルリと抜け落ちてしまいそうだが、少し柔らかい素材でできていて、それにはホワイトオパールのような乳白色の宝石が上手く取り付けられてあった。特注品だろう。

 エミリオは、その鷹を一目見るなり、ギルと再会したオリーブの木の下で聞いた、あの奇妙な話を思い出していた。夜遊びの手助けをしてくれる

がいるという、信じられないあの無断外出の話を。

「ギル、それが賢い相棒の・・・。」

 エミリオにうなずいてみせたギルは、その一方、何か言いたそうに人の顔を遠慮なく見つめてくる少年が気になってならなかった。
 鷹がギルの腕に舞い降りたその時、その瞬間に、首輪の宝石が神秘的な変化を見せたのを、カイルはしっかりと確認していた。
 その勝ち誇ったような笑顔を見ただけで、ギルにはもうじゅうぶんだ。

「これがそうだって言いたいんだろ?」
「うん!」
「言っておくが、こいつの名前はフィクサーであって、月の女神(スピラシャウア)じゃないぞ。こいつも雄だ。」

 そんな冗談を言ってみせたギルだったが、カイルに何を言われる前にもう、自身も同じ途方もない問題に巻き込まれたのだと悟っていて、そのあとはため息をついただけ。

 そしてカイルは、エミリオとギルだけでなく、レッドとリューイにも改めてこう言った。
「よかったら・・・じゃなくて、無理にでもこれから一緒に旅してもらわないと困るんだけど・・・とりあえず、まずはおじいさんのところまで。」
「その話しぶりから、ほかにもまだ仲間がいるようだな。何人いるんだい、その・・・アルタクティスとやらは。」
 ギルがきいた。
「十人。」
「それで、俺たちのほかにもいるのか? その・・・君に、だしぬけにそんなことを言われた者は。」
「一人だけ。ああでも、彼女は、僕たちが会いに行く前からもう自分のことを分かってたから・・・すごく驚かれたけどね。」

 レッドは、それ以上を聞きたくないと思った・・・が、そんな彼をよそに、カイルはそのあと、ついに決定的なひと言を口に乗せたのである。

「彼女は修道女なんだ。ヴェネッサの町のミナルシア神殿の。」と。
「イヴ・・・フォレスト?」
 レッドは、いよいよ参りながら確認した。
「なんだ、知り合い?」
「まあ・・・そんなところだ。」
「そういえば、レッドは前にもヴェネッサにいたんだっけ。」

 もはやレッドは、カイルのそれには答える気力もなく、浮かない表情で黙り込んでいた。

 一方のカイルは、今や使命感に燃える引き締まった表情で立ち上がると、「歴史は繰り返されているんだ。それなら、必ずやり遂げなければいけない。この大陸を守れるのは、僕たちだけなんだ。」と、熱弁をふるった。

 その少年の話の大部分が次元の違うことのような気がして、エミリオはあまり、そしてギルはまるっきり深刻になどなれはしなかったが、少年は決してふざけているわけではなく、その熱意には感動すら覚えるほど。大陸の一大事についても、根拠が薄弱な誰かの妄想や狂言でもないことも、いちおう理解できた。

 ここに、しばらく沈黙が落ちた。

「よし、まとめよう。」とギル。「つまり結論としては、君は俺たちに、とにかく一緒に来てもらおうかと、そう言いたいわけだな。」
「そんなところ・・・です。僕のこの話だけじゃあ、今は信じてもらえないだろうけど・・・いや?」

 ほかの一人一人にも向けられるカイルの眼差しが、なんだか断りにくい(あわ)れを(もよお)すものになる。

 するとギルは、「ああいや、信じられないだけ・・・。」と答えて、エミリオと目を見合った。そして、エミリオが何か言いたそうな顔をしたことに気付いたが、あえて無視するとこう言った。
「まあ・・・いいか。どうせ、あても目的もない気楽な旅だったからな。悪いが、今の俺には、その使命感とか自覚とかはまるで無いんだが、それでもよければ。」
「ギル・・・。」
「旅は道連れだ。」
 ギルはぴしゃりと言った。

 エミリオが何を心配しているかは分かっている。だがギルは、だからこそ二人でいるよりもいいと思った。考え方を変えれば、彼らの存在はカムフラージュになる。何より、自分にもエミリオにも、仲間がもっと必要だと、そう思ったのだ。

 満面の笑みで歓声を上げたカイルは、その笑顔を、そのままレッドとリューイに向けた。
「二人も、あてのない旅だって、確か言ってたよね。」
「ああいや、それは・・・。」
 レッドは、バツの悪そうな顔で口籠(くちごも)った。

「どうするんだ、レッド。俺はお前に合わせるよ。けど、よく分からねえけど、仲間を探すって楽しそうじゃないか? 俺はわくわくするけどな。」
「うん、楽しそう! ねえレッド、皆で一緒に旅しようよ、ねえねえっ。」

 人の気も知らないで、リューイとミーアがそう暢気(のんき)でいるのを横目に、レッドは頭を抱えた。

 レッドにとってのあてのない旅は、本当のところは、一時的なものでしかない。恩を返さなければという思いから、つい安請(やすう)け合いしてしまったレッドは、その期間を、カイルのお供をする間にあてていただけに過ぎなかった。レッドは、カイルをヴェネッサへ送り届けたあとは、もう町へは入らず、また別の行路でトルクメイ公国へ向かい、ミーアを返すと勝手に予定を立てていたのだ。

 それが、このような思いもよらない展開を迎えることになろうとは・・・。

 レッドは弱り果てた。なにしろ、問題はミーアのことばかりではない。テリーへの誓いもある。彼の分まで戦うと誓ったレッドは、いつまでも気楽な旅をのうのうと続けるわけにもいかなかった。

 さらに困ったことには、この話の流れからいくと、避けていたイヴとの再会を余儀なくされるに違いない。ひどく気まずいことになる。少なくとも、自分は・・・だが。彼女がまだ本当に待ってくれているとしたら・・・喜ぶだろうか。そうなれば、また裏切ったような形で傷つけてしまう。

 だが、すでにこの話を承知したギルとエミリオ、それに、リューイのどう返事をするのかと(うかが)っている眼差し、ミーアの期待いっぱいのキラキラした笑顔、そして、それ以上にカイルのすがるような瞳には(かな)わず・・・。

 結局・・・一つ派手なため息をついてから、レッドはこう答えた。
「・・・分かった。一緒に旅をしながら考えるよ。」






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