6. 気になる兄妹
文字数 2,410文字
レッドとスエヴィは、店の奥の、ちょうどカウンターとは正反対の場所にいた。騒がしい客席からも少し距離があり、ここなら気を散らされることなく、じっくりと話ができそうだ。
「レッド、お前のおかげで城は大騒ぎだぞ。いったいどういうつもりだ。」
眉 をひそめた呆 れ顔で、スエヴィは言った。
「最初で最後の旅をさせてやりたいと思ってな。」
「そんなきっかけじゃあなかったろ?」
レッドは、スエヴィの目から視線を逸 らして黙った。
スエヴィは派手なため息をついてみせる。
「やっぱりお嬢様のわがままか。お前ほどの男にもそんな弱点があるとはな。そんな調子じゃあ、小公女様に振り回されっぱなしになるぞ。俺が連れて帰ろうか。お前はもう立派な犯罪者だからな。俺が上手く言っておいてやるからさ。」
「スエヴィ・・・もう少しだけ待ってくれ。あいつに世間の表と、それ以上に裏を教えてやりたいんだ。必要なことだと思わないか。あいつは公爵の一人娘なんだ。あの輝かしいトルクメイ公国を今のままにしていくために、あいつの思いやりを育てたい。」
レッドは、カウンター席へ目をやった。
スエヴィも同じように首を向けた。
「レッド・・・。だが、いつまで。」
「東の安全な国々を適当に回って、すぐに連れて帰るよ。その中でどれだけのことを教えてやれるか分からないが、あの平和そのものの、浮かれたトルクメイよりは学べることもあるだろう。」
「褒 めてんのか、けなしてんのか。俺の故郷だぞ、トルクメイは。」
「褒めてるに決まってるだろ。俺たちアイアスが求める理想郷だ。俺たちは、大陸全土がそうなることを願って戦い続けるさだめなんだからな。」
「まあ・・・閣下は理解のある温厚な人だが。お前のことを認めているし。だが、許されるうちに返してやれよ。あまり閣下の信用を損 なうようなことはするな。」
「分かってる。お前はすぐに帰るのか。」
「知り合いに呼ばれて、ちょいと来ただけだからな。一週間以内には。」
「そうか。皆によろしく言っといてくれ、何も言わずに出てきたからな。それから、心配かけて悪かったって。姫も元気だと。」
「ああ。なあ、レッド。」
その呼びかけに応えて、レッドはスエヴィの目を見た。
「戻ってきたら、また皆で楽しくやろうぜ。それからまた一緒に旅をしよう。なっ、お前のさだめに付き合うからさ。俺の腕は知ってるだろ。」
レッドはすぐには何も言わず、アーチの窓からひときわ輝いている一等星を眺めた。この時、頭中に浮かんだテリーへの誓いを見つめていた。
「そうだな・・・。」
レッドは、窓越しの星空を見上げたまま答えた。
「帰って来たら、俺たちにちゃんと声かけろよ。信じて待ってるからな。」
スエヴィは、自分でもくどいと思われるほどに念を押して言った。レッドのその姿が、また勝手にどこかへ消えてしまいそうな雰囲気を漂 わせているからである。
そんなスエヴィに、レッドは曖昧 な微笑 で応えた。
カウンター席にいるミーアを、その時、レッドとスエヴィのほかにも、もう一人眺めている男がいた。戦場に立ったことはないと言った見事な大剣の使い手で、アルバドル帝国の皇太子は見たこともないはずの、青紫の目の端整 な男――ギル。
「どうかしたかい。」
エミリオは怪訝 そうに声をかけた。
「あの子・・・。」
「え・・・。」
「何となく似てるんだよな・・・トルクメイ公国の公爵令嬢に。」
ギルは、カウンター席に目を向けているそのままで答えた。
「公爵令嬢に?」
エミリオに向き直って、ギルは頷 いた。
「ああ。お目にかかったのは、俺が確か二十歳 の時だった。父上とかの公爵とは縁があるから、俺も何度か訪 れたことがある。その時、令嬢はまだ赤ん坊だったが、目元に特徴があったうえ、さらってしまいたいほど可愛い子だったから覚えている。」
ギルは本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべ、エミリオもふっと笑い声を漏らした。
「それで、今頃はちょうどあの子のような顔になってるんじゃないかと、ふと思ったんでな。しかもきっと、それはお上品でおしとやかなお嬢様に成長していることだろう。それにしても、あんな妹がいたなんて意外だな。見たところ年齢の差もありすぎだし、全く似ていないから異母妹 かもな。」
「どういうことだい。」
ギルは説明した。
「あの男とは一度会っているんだ ※ 。廊下ですれ違っただけだが。どういうわけか、その時は父親ほど年の差はあるだろう、いかにもベテランらしいアイアスの男と一緒だった。そのアイアスを宰相 の用心棒に雇 い、彼はおまけでついてきたわけだが・・・。」
「おまけ?」
「ああ。アイアス一人いればじゅうぶんだからな。だがあの男はそこで、歩兵軍大佐を負かしてみせたらしい。その時聞いた年齢からすると、今は二十歳か二十一ってところだろうが、当時十代で佐官クラス以上の腕だぜ。アイアスの方は、戦闘能力だけなら大将よりも遥かに上だろうな。」
「それは凄い。」
本心から驚いて、エミリオも感嘆 した。
「ちなみに、彼の本名はレドリー。レドリー・カーフェイのはずだ。レッドはあだ名だろうな。こんな形でまた会えるとは。思わず焦 っちまった。それにしても、自分で自分のことを英雄なんて言うのは抵抗があるな。いったい、どんなふうに噂 になっているんだ?」
そうして話にきりがつくと、二人の間にやや沈黙が続いた。そのあいだ、ギルは手首を利 かせて、飲みかけのグラスをゆっくりと回していた。
ギルは、ビールのあとに追加注文したそれを一口飲み下 して、椅子の背凭 れに寄りかかった。その時、苦い表情を浮かべたが、それは強い酒のせいだけではなかった。
ギルは口元 を緩 めて呟いた。
「傑作 か・・・。」
そして向かいにいる、かつて本気で殺し合いをした相手を見た。
エミリオも、肩をすくう思いで苦笑してみせた。
※ 『アルタクティス ZERO』外伝4~ 運命のヘルクトロイ ~ ―「凄腕の連れ」参照
「レッド、お前のおかげで城は大騒ぎだぞ。いったいどういうつもりだ。」
「最初で最後の旅をさせてやりたいと思ってな。」
「そんなきっかけじゃあなかったろ?」
レッドは、スエヴィの目から視線を
スエヴィは派手なため息をついてみせる。
「やっぱりお嬢様のわがままか。お前ほどの男にもそんな弱点があるとはな。そんな調子じゃあ、小公女様に振り回されっぱなしになるぞ。俺が連れて帰ろうか。お前はもう立派な犯罪者だからな。俺が上手く言っておいてやるからさ。」
「スエヴィ・・・もう少しだけ待ってくれ。あいつに世間の表と、それ以上に裏を教えてやりたいんだ。必要なことだと思わないか。あいつは公爵の一人娘なんだ。あの輝かしいトルクメイ公国を今のままにしていくために、あいつの思いやりを育てたい。」
レッドは、カウンター席へ目をやった。
スエヴィも同じように首を向けた。
「レッド・・・。だが、いつまで。」
「東の安全な国々を適当に回って、すぐに連れて帰るよ。その中でどれだけのことを教えてやれるか分からないが、あの平和そのものの、浮かれたトルクメイよりは学べることもあるだろう。」
「
「褒めてるに決まってるだろ。俺たちアイアスが求める理想郷だ。俺たちは、大陸全土がそうなることを願って戦い続けるさだめなんだからな。」
「まあ・・・閣下は理解のある温厚な人だが。お前のことを認めているし。だが、許されるうちに返してやれよ。あまり閣下の信用を
「分かってる。お前はすぐに帰るのか。」
「知り合いに呼ばれて、ちょいと来ただけだからな。一週間以内には。」
「そうか。皆によろしく言っといてくれ、何も言わずに出てきたからな。それから、心配かけて悪かったって。姫も元気だと。」
「ああ。なあ、レッド。」
その呼びかけに応えて、レッドはスエヴィの目を見た。
「戻ってきたら、また皆で楽しくやろうぜ。それからまた一緒に旅をしよう。なっ、お前のさだめに付き合うからさ。俺の腕は知ってるだろ。」
レッドはすぐには何も言わず、アーチの窓からひときわ輝いている一等星を眺めた。この時、頭中に浮かんだテリーへの誓いを見つめていた。
「そうだな・・・。」
レッドは、窓越しの星空を見上げたまま答えた。
「帰って来たら、俺たちにちゃんと声かけろよ。信じて待ってるからな。」
スエヴィは、自分でもくどいと思われるほどに念を押して言った。レッドのその姿が、また勝手にどこかへ消えてしまいそうな雰囲気を
そんなスエヴィに、レッドは
カウンター席にいるミーアを、その時、レッドとスエヴィのほかにも、もう一人眺めている男がいた。戦場に立ったことはないと言った見事な大剣の使い手で、アルバドル帝国の皇太子は見たこともないはずの、青紫の目の
「どうかしたかい。」
エミリオは
「あの子・・・。」
「え・・・。」
「何となく似てるんだよな・・・トルクメイ公国の公爵令嬢に。」
ギルは、カウンター席に目を向けているそのままで答えた。
「公爵令嬢に?」
エミリオに向き直って、ギルは
「ああ。お目にかかったのは、俺が確か
ギルは本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべ、エミリオもふっと笑い声を漏らした。
「それで、今頃はちょうどあの子のような顔になってるんじゃないかと、ふと思ったんでな。しかもきっと、それはお上品でおしとやかなお嬢様に成長していることだろう。それにしても、あんな妹がいたなんて意外だな。見たところ年齢の差もありすぎだし、全く似ていないから
「どういうことだい。」
ギルは説明した。
「あの男とは一度会っているんだ ※ 。廊下ですれ違っただけだが。どういうわけか、その時は父親ほど年の差はあるだろう、いかにもベテランらしいアイアスの男と一緒だった。そのアイアスを
「おまけ?」
「ああ。アイアス一人いればじゅうぶんだからな。だがあの男はそこで、歩兵軍大佐を負かしてみせたらしい。その時聞いた年齢からすると、今は二十歳か二十一ってところだろうが、当時十代で佐官クラス以上の腕だぜ。アイアスの方は、戦闘能力だけなら大将よりも遥かに上だろうな。」
「それは凄い。」
本心から驚いて、エミリオも
「ちなみに、彼の本名はレドリー。レドリー・カーフェイのはずだ。レッドはあだ名だろうな。こんな形でまた会えるとは。思わず
そうして話にきりがつくと、二人の間にやや沈黙が続いた。そのあいだ、ギルは手首を
ギルは、ビールのあとに追加注文したそれを一口飲み
ギルは
「
そして向かいにいる、かつて本気で殺し合いをした相手を見た。
エミリオも、肩をすくう思いで苦笑してみせた。
※ 『アルタクティス ZERO』外伝4~ 運命のヘルクトロイ ~ ―「凄腕の連れ」参照
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)