21. 神々の中心 オルセイディウス

文字数 2,239文字

「へ・・・?」
 唐突(とうとつ)で意味が分からず、レッドはきき返した。
「だから、あの・・・あなたたち旅人だよね。もしまだ続けるなら、僕も連れて行ってもらえないかな。実は、すぐにでもこの町を出る予定だったんだ。でも、一人じゃやっぱり心細いし、つまらないから。」

 旅仲間か、なるほど。そう合点するも、レッドは呆気(あっけ)に取られた。ずいぶん浅はかなように聞こえたからだ。

「いや・・・でも、行き先どうでもいいのか?」
「うん、目的地なんてないんだ。僕の目的は神々の中心、オルセイディウスに出会うことだから。」
「神々の・・・。」
 これにはレッドも絶句し、眉根(まゆね)を寄せた。

〝神々の中心人物・・・。〟

 それについて打ち明けた彼女の姿がよみがえる。その時の彼女は、この目の前にいる少年とは違い、明らかに戸惑っていた。

 関係・・・あるのか?

 どうであれ、彼女が待っているその人と同じような得体(えたい)の知れない男 ―― だとレッドは思い込んでいる ―― を探す羽目になろうとは。なんて皮肉な・・・。
 レッドは、複雑 極まりない面持ちで視線を下へ向けた。

「近くにいるはずなんだ。」

 いよいよカイルは、レッドには漠然(ばくぜん)としたことを、ずいぶん確信めいた様子で言ってのけた。

 もう考えるだけ疲れると判断したレッドは、〝なんとも不思議な少年〟そう思うことで済ませ、「確かに一人じゃあな・・・。」と(つぶや)き、そして、「一人で旅するつもりだったのか ⁉ その・・・」と、調子外れな声を上げた。あとの言葉は失礼に当たると思い、口にできなかった。

 レッドは、カイルのどう見ても一人でやっていけるとは思えない

が気になったのである。しかも、彼はたちまちさらわれてしまいそうな美少年だ。盗賊がのさばる荒野などを、彼一人で行くには危険過ぎる。同じ綺麗な顔の男であっても、自身を守る(すべ)を立派に備えているらしいリューイに比べて、カイルは害虫や病原菌からくらいしか身を守れそうになかった。レッドは、カイルが精霊使いであることなどすっかり忘れていた。

 そんな胸中を(さと)ったカイルは、こう答えた。
「確かに、僕には襲われた時に、時間さえあれば一応相手を殺害することも可能だけど・・・。」と。
「時間さえあれば・・・?」
「精霊を呼び寄せる時間。」
「ああ・・・そうか。その手があるのか。」
「でも、いきなり刃物を向けてこられたら、すぐにはどうにもできないし、どうしたらいいのかもさっと判断できないから・・・正直、凄く不安だったんだ。だから僕には、同じ術使いに襲われる方がまだマシ。呪術なら、呪術で対抗できるから。」 

 レッドは、リューイと顔を見合った。
 リューイはあっさりした表情で、レッドに決断を委ね、それに同意すると応えていた。

「まあ・・・いいか。どうせ、俺たちもしばらくあての無い気楽な旅だからな。」

 ミーアの正体(しょうたい)(いつわ)っていることなどいろいろと問題もあったが、何よりも、そのミーアの体調管理をしてもらえるという利点は魅力的だ。それに、そんな話を聞いた以上、この少年を一人になどさせられない。

 そうしてレッドは了解し、カイルは満面の笑みで歓喜(かんき)した。

 実のところ、大陸最強の資格を持つ伝説の戦士と、超人的な武術の達人というトップクラスの用心棒を一度に得たとも知らず、この時のカイルにとって何よりも嬉しいのは、単に旅仲間ができたこと。いかにも手強(てごわ)そうな風貌(ふうぼう)のレッドにはそれなりに期待もしているが、リューイについては、ひと目で分かる体格の良さにも、その気品ある端整(たんせい)容貌(ようぼう)から、(たの)もしさはあまり感じられなかった。

「カイル、道は同じなんだ。そのカバン貸しな。」
 ジャックが言った。
「いいの?けっこう重いよ。」
「俺にはそうでもない。」
 ジャックは、カイルの医療バッグをひょいと肩に(かつ)ぎ上げた。

「レッド・・・。」

 別れ(ぎわ)に静かな声で呼びかけられたレッドは、どこか(あわ)れに見下ろしてくるジャックのその眼差しに、何を言われるかを予感しつつ見つめ返した。

「エヴァロンへは寄ってきたか。」
「ああ・・・。」
 ジャックは(かす)かに(ほお)を緩めた。
「あいつのことは・・・そうこだわるな。気持ちは分かるが、お前はただ自分を殺しすぎるところがある。お前には、確かにあいつの死に(むく)いる義務がある。だが・・・」
「ジャック。」
 レッドは、落ち着いた声で制した。
「もう大丈夫だ。」
「レッド・・・。」
克服(こくふく)した。今は事情があってこんな状態だが、俺はまた・・・。」

 レッドはそこで、ちらとミーアに目をやった。あとに続く言葉が、〝戦場へ戻る。〟だからだ。

 ジャックも理解して、レッドにそれを言わせずに確認した。
「やっていけるんだな。」と。
 そして、そのセリフにもまた〝アイアスとして。〟が、省略されていることをレッドも分かっていた。
「ああ。(ほこ)りを持って。」 
 真剣そのものの顔と確かな声で、レッドはそう宣言してみせた。

 ジャックは、いい顔になったな・・・と、納得して黙った。そして、その言葉が嘘ではないことを確信した。しばらく見ない間に、レッドは立派に任務を果たし続けて、自信を取り戻したようだ。

「そうか。だが・・・。」
 レッドの方へ少し屈んだジャックは、今度はその耳元で息混じりに囁きかける。
「彼女とのことまで、アイアスとして判断することはないだろ。彼女だって覚悟の上なんだ。少しは女の幸せってのも考えてやれよ。」
 そして、次の言葉は顔を上げてから付け加えた。
「まだ間に合う。」

 レッドは・・・ただ見つめ返すしかできなかった。



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