24. 一件落着。そして・・・

文字数 2,372文字

 リューイの右手が動いて、そばに転がっている小石をさりげなく(つか)み取っていた。そしてそのことに、ほかの三人も気付いた。

 気配はある所まで来ると、そこで息を潜めてじっとした。

 それを確信すると、レッドはやや声をあげて言った。
「じゃあ、今後の行き先を決めようか。カイル、地図を出してくれ。」
 カイルが機転がきかずにいると、ギルが調子を合わせた。
「俺たちのものを出そう。実は旅慣れていないもんで、少し値は張ったが、なかなかに詳しく書かれているものを購入してきた。」
「へえ、ちょっと見せてくれ。」
「ああ、いいとも。」

 気になるそこを目がけて、リューイは素早く振りかぶった。(なな)め後ろだ。

「ぎゃっ。」という、獣じみた短い悲鳴が上がった。

「命中。」と、レッド。

 すると、(やぶ)の陰から何かが急いで立ち去る物音が。

「あ、逃げた。」
 カイルが言った。

 その時にはもう、リューイの姿は無かった。空腹の野獣さながら、リューイは飛ぶように追いかけて行ったのである。
 そして、ものの数秒で戻ってきたその右手は、中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)のやや老いた男を一人、引っかけていた。ドラ猫のように捕まっているその男は、肩越しにおずおずとリューイを見上げている。

「この人!」と、カイルが今さら驚いたように言った。「マデラスランの王様に(つか)えてる人だよ!」

 同じく、ギルもその男を知っていた。

 立ち上がったレッドは、いよいよ(にら)みを()かせてその男と向かい合った。ミーアをひどい目に遭わせたその男には、たっぷりと恨みがある。
「お前か、いろいろと妙な奴らを仕向けてくれたのは。危うく死なせるとこだったろうが。」

 そんなレッドの様子を見たカイルは、ハッとした。そして頭の中に三つの言葉が一度に浮かんだ。

 レッド、大地の神、砂嵐・・・。

「もしかしてっ。」
 急にカイルが大声を出した。

 どうしたのかと、一同カイルに注目。

「レッド・・・もしかして、あの時、砂嵐が起こる前に、何か強く思ったことない? 神に祈るとか願うとか。」
「祈るとか、願うとか?」
「そう、何か感情がこうカッと(たかぶ)るような気持ちにならなかった?」
「ああ・・・文句なら言ったな。」
「文句?」
 レッドはミーアに目を向ける。
「こいつの命から先に奪うつもりかって。」
「それを神様に向かって言ったの? 心の中で。」
「思いっきりな。」

 恐れ多い発言ばかりのレッドに呆れながらも、この時カイルは、恐怖に駆られずにはいられなかった。

「レッドだよ・・・。あの砂嵐は、僕が起こしたものじゃない。その精霊石に潜んでいるのは、神々の使徒(しと)。一時的に目覚めたレッドの中の大地の神(グランディガ)の力が、きっとそれらを刺激して、僕の呪力に少し乗っかってきちゃったんだ。それで、強力な精霊がいっきに集まってきて、あの砂嵐を起こした・・・。」

 その場にいなかったギルとエミリオは知らない出来事だが、二人とも、これまでの話から推測(すいそく)はできた。

「ダメだ・・・僕じゃあ。とても使役しきれない・・・。」

 そんな独り言を漏らして、カイルはゆっくりと首を向けた。風の神(オルセイディウス)の血を受け継いだ者、神々の中心であるという、彼に。

 そのエミリオの耳に、震える(かす)かなその声は届いていた。エミリオは、少年の〝(おそ)れ〟る眼差しを、ただ黙って受け止めた。

 一方その間、ひと一人を引っ()げたままのリューイは、話が終わるのを待ちながらイライラしている。
「おいこら、こいつを忘れてやいないか⁉ どうする気もないなら、捨ててくるぞっ。」
「忘れてねえ。」
 レッドはその男をまた(にら)みつけ、剣を引き抜くと、刃先を男の(あご)の下に当ててドスを利かせた。
「さあ、ただじゃあ済まさねえぞ。ちょっと痛い目に遭ってもらおうか。」

 ミーアがあわてたようにレッドの上着をつかんだ。
 レッドがわきを見下ろすと、ミーアはひどく不安そうに首を横に振っている。
 レッドは「本気じゃないよ。」というように(ほお)(ゆる)めてみせ、少女の頭を()でた。

 男の方はもはや声も出せず、歯をガチガチいわせている。

手強(てごわ)い用心棒がもう二人増えたと報告しに帰れ。分かったな。」

 強くうなずいてみせた男は、ひどく情けのないその表情一つで命乞(いのちご)いをしていた。

 レッドが剣を引くと、今度はリューイも男の(のど)に左手を回して、「またやったら、首の骨へし折るぞ。」と(おど)しかけた。

 男は顔中に冷や汗を滲ませている。ただ、こんな状況でも、男には一つ気になることがあった。今そこにいる、アルバドル帝国の皇太子・・・ギルベルト皇子のことが。
 それで男は、リューイの恐ろしい目から()らしている視線を、ギルの顔にひたすら向けていた。

「ギ、ギルベルト皇 ―― ?」
「お前が欲しいのは、俺でなくこっちだろ。」
 ギルはわざと粗野な口調で、カイルを指差しながら別人のふりをしてみせた。

 リューイは、男の尻を思いきり蹴飛ばした。男はまた獣じみた悲鳴を上げて(しげ)みの中に転がり、あとはひいひい言いながら去って行った。

 その悲鳴は、あっと言う間に遠ざかっていった。

 レッドは胸の前に両腕を組んで、大きく息を吐き出した。
「一件落着かな・・・とりあえずは。」

 そこで、不意にギルが声をかけてきた。
「話を全く関係のないところへ戻して申し訳ないが・・・。」と。

 レッドが何かと思い首を向けた時、ギルの視線はミーアの顔に。

「その子は改名でもしたのか? 俺の記憶では確か・・・。」

 レッドの顔が、しまった・・・というふうになる。
 レッドはリューイと目を見合った。
 リューイは苦笑いを浮かべながら(うなず)きかけ、レッドも苦笑して、同じように頷き返した。(うそ)はもう止めよう。

 やがて、レッドは話し始めた。ミーアとの出会いから、その少女を失踪(しっそい)させるに至った訳を。そんな真実を淡々と説明した。

 すると、ギルが声をたてて笑いだした。
「あんたも大胆だな、小公女をかっさらってくるとは。」




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み