二人の英雄

文字数 2,503文字

 気付かれたか・・・と言わんばかりに、ギルは顔を(ゆが)めた。
「あんたと・・・息が合えばいいが。」

「そこに居る者、隠れているのなら姿を見せろ。」

 隊長らしき男の威厳(いげん)あふれる声がかけられた。馬の背にいるその男に、その位置からちょっとでも近づいて来られれば、すぐに見つかってしまうだろう。

 ギルは、「出るぞ。」と、エミリオに目配せした。
 エミリオも一つ(うなず)いて応じた。

 二人は背を向けたそのままでスッと立ち上がり、そして・・・もはや(いさぎよ)い気持ちでゆっくりと振り向いた。

 その容貌(ようぼう)()の当たりにするや否や、たちまちフルザの部隊の間に衝撃が走り、(さわ)ぎが起こった。声をかけてきたその男など、馬の背から降りた拍子(ひょうし)に足がもつれて、危うく転ぶところだ。

 その驚きように、やはり偵察済みか・・・とギルは胸中で(つぶや)きながらも、得意の人懐(ひとなつ)っこい笑顔と調子のいい声で、まずは言ってのけてみた。
「俺たちは何でもない。ただの旅人で、ただのあてのない気楽な道中、たまたまここで休憩していただけだ。たまたまここで出会ったこの風来坊と一緒にな。じゃあ、そういうことで。」と。

 すると、エミリオを(うなが)して背を向けようとした、その時。二人の間を、細いナイフが通り抜けていった。 
 だが、エミリオの背中に手をやろうとしていたギルが、その凶器にかかっていてもおかしくはなかった。彼は、それを()けたのだ。

「ただの旅人になんてことするんだ。」と、ギルは(あき)れて向き直る。
「その身ごなし・・・戦い慣れている証拠だ、アルバドル帝国ギルベルト皇子。それに隣の男は、エルファラムの皇子だろう。」

 普通なら有り得ないそんな話をさらりと口にするとは・・・。ギルは、肩を落とした。
「恐ろしく鋭いというか、素直というか、単純というか、先入観にとらわれないというか・・・笑い飛ばしてみせたところで無駄ってことか。」
 ギルは独り言のように呟きながら、やれやれと剣を引き抜く。

「やむを得ぬか・・・。」
 エミリオも静かに応じて、剣の(つか)に手をかけていた。

 何十人という兵士に、すでに二人は取り囲まれているのである。鋭い剣先を(ことごと)く向けられて。

 二人は自然に背中合わせになった。

 その姿に、数の上では圧倒的に有利であるにも関わらず、フルザの兵士たちはみな、たじろがずにはいられなかった。なぜなら、二人が身構えるその姿には一寸の(すき)もない。しかも、何か強靭(きょうじん)な一種のバリアで守られているようにさえ見えるのである。これが噂の・・・。その誰も彼もが身をもって確認した。噂に聞くこの王子たちの威厳(いげん)貫禄(かんろく)を。そして、間もなくその強さをも。なにしろ、武勇に優れたこの二人の英雄が力を合わせるとなると、それは想像を絶した。

「エミリオ、着替えはあるのか。」
 敵に(にら)みをきかせながら、ギルは背後にそう声かけた。
「一応は。」
「それなら問題なし。返り血を浴びることになるぞ。たっぷりとな。」

 兵士たちはいよいよぞっとなり、辟易(へきえき)した。

 情けない部下たちを奮い立たせようと、隊長が大袈裟に声を張り上げる。
「この二人を殺れば、いい景気付けになろう。一度にかかれ!」

 これを聞いたエミリオとギルは、心底驚いた。そして、同じ意味のことを同時に口にしていた。
「なんと愚かな。」
「恐ろしく馬鹿だな。」
 と。

 そのあと、あらゆる角度から思い切ったような一斉攻撃がかけられた。
 甲高い剣戟(けんげき)のあとに、けたたましい絶叫が続く。悲鳴を上げているのは、フルザの兵士ばかりだ。

 エミリオとギル、共に大剣の使い手だったが、その剣は幅、刃渡り、重量において大剣といえるものに仕上げられた特注品。つまり、最も出回っている片手剣よりも刃広(はびろ)で、重量も刃渡りもあるが、典型的な両手剣である大剣に比べて小振りで、腕力が優れていれば片手で扱うこともでき、鋭さもあるもの。
 しかし、その威力は上手く使えば大振りの大剣並みにあり、それを二人は十二分に使いこなして、ただの細身剣のごとく軽々と操ることができた。 

 二人は縦横無尽(じゅうおうむじん)に剣を振るい、相手に防御(ぼうぎょ)の構えをとる間も与えず、時には横殴(よこなぐ)りに剣を一閃(いっせん)させて、二体を同時に斬りつけた。

 息を呑む華麗で卓越(たくえつ)した剣捌(けんさば)きと、襲い来るもの一つと逃さず手にかけられる、抜群の見極め。共に、そら恐ろしいまでの戦闘能力をフルに発揮していた。しかも・・・見事に息が合っていた。ギルは正直、これだけの人数を相手にしておきながら、その動きやすさには自身でも驚いていた。

 そのギルは、立て続けに敵を斬り捨て、あれよという間に数を減らしていくその間も、冷静に突破口(とっぱこう)を探っていた。彼は、皆殺しにする気などなかった。

 そして、一人でも残り全てを相手にできると思える状況になった時、ますます恐れをなした兵士たちの攻撃が・・・不意にぱっと止んだのである。

「何をしている、(ひる)むな!」
 隊長が怒声(どせい)を上げたその時、ここぞとばかりにギルも叫んでいた。
「エミリオ、馬に乗れ!」
 そう言われて、エミリオは敵の空いている馬に素早く飛び乗った。そして別の馬の手綱をも(つか)むと、まだ敵と剣を交え合っているギルの方へ、二頭の馬を突進させた。
「下がられよ!」
 ギルがサッと身をかわしたそこで、黒鹿毛(くろかげ)の馬が前脚を上げて(いなな)いた。無論、それを操る騎手はエミリオだ。

 驚いて後ろへ倒れた者、それを支え損なった者など、フルザの兵士たちの間で将棋倒(しょうぎだお)しが起こった。その間にギルは、すでにもう一頭に(またが)っている。

 その混乱の中、示し合わせたように豪快に馬を回した二人は、続いて同時に馬腹を蹴りつけた。
「はっ!」
 その掛け声に従って、馬は勢いよく跳躍(ちょうやく)した。思わず道を空けた兵士たちのほかに、重傷を負って動けない者がいたからだ。それを飛び越えさせたのである。

 そうして二人は、鮮やかな馬術と連携プレイを披露して、その場から去った。

「追え、追えいっ・・・。」

 隊長がなおも威勢良く(わめ)き立てた・・・が、その声は(むな)しく風に掻き消された。
 完敗・・・完敗というしかない。
 これほどの強さと手際(てぎわ)のよさを見せ付けられては、自身でさえ追いかける気も起こらなかった。

 まるで、嵐が通り過ぎたあとのような静けさだけが残った。







ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み