⒋ 霊のしわざ
文字数 3,001文字
そうすると、レッドには、盗賊どもがカイルだけを欲しがったことがまた気になり始めた。
「どういうことだ・・・。」と、レッドは顔をしかめた。
その時。
「なっ・・・⁉」
短い悲鳴を上げたレッドの体が、どうしたのかと目を向けたリューイの見ている前で、いきなり引き摺られるようにして後ろへ倒れたのである。ただ倒れたのではない。そのまま大の字で砂地に寝転がったのだ。だが引き摺られるようにといっても、レッドのそばにはもはやリューイしかいなかった。少なくとも、この二人が見て分かる限りは・・・。
驚いたリューイは、そんな訳の分からないレッドを見つめ、レッドは困惑しきって自身の胸の上辺りを
そのうち、レッドの左手がゆっくりと動いて、腕のベルトに仕込んであるナイフを引き抜いた。それだけではない。その折りたたみ式ナイフは、サッと腕を動かすだけで伸ばすことができる。レッドもあっと思った一瞬、上下に腕が動いたその時、それはカチンという音をたてて、真っ直ぐに伸びたのである。さらに、その手は意に反して徐々に動いていき、切っ先を下に向けて止まった。
「おい冗談だろ!」
そう怒鳴ると、リューイはあわててレッドの手首をひっ
実際レッドは、自分のしていることに対して、できる限りの抵抗をしようと必死になっていた。どうあがいても体の自由が利かない・・・!
「誰かに・・・
レッドが
「誰かって・・・俺? おい、しっかりしろよっ。」
「俺はまともだ!」
レッドは苦しそうにわめいたあと、戸惑いも
「・・・くそ、なんだこれ。」
二人がそうこうしていると、カイルとミーアが戻って来るのが見えた。
「やだリューイ、レッドに何すんのよおっ!」と、すっかり
「押すな、刺さる! レッドが自殺しようとしてるんだって!」
「違うっ。」とレッドはがなり、そばに寄ってきたカイルを見た。
すると、狐につままれたような顔でもするかと思いきや、カイルはいやに冷静な声で言ったのである。
「霊の
「霊だ⁉」
レッドだけでなくリューイも一緒にきき返した。
「うん。両手両足と胴体、それにリューイの隣にもいるよ。」
カイルは、レッドの体よりも少し上辺りを見ている。
リューイは、思わず自分の右隣に目を向けた。
「腕がやけに重いのは・・・そのせいか?」
カイルはうなずいた。そして、
「あのう・・・その人を放してくれませんか。お願いします。」
それでもリューイは、大きなため息をついて眉をひそめたカイルに、「何だって?」と問うていた。
だがリューイには、自分のその質問が異様に思えた。彼にとっては見えないものは空気も同じ。いない相手のことに「何だって?」ときくのはおかしな感じがしてならなかった。
カイルは首を左右に振ってみせた。
「ダメだ。耳を貸そうともしないよ。誰かに操られてるみたいだ。」
「とにかく、どうにかできるのか?できないのか?」
レッドのそれは、まるで首を絞められているような声。胸が圧迫されて、呼吸がし
「簡単にいくか分からないけど・・・。」
そう答えると、カイルは右手を額の上辺りへ持っていく。
それから少年は目を閉じて何やら呪文を唱え始めたが、その声はレッドやリューイが聞き慣れているものとはうって変わり、驚くほど
そのまま二人がただ見ていると、今度はもう片腕もゆっくりと動き始めた。
両腕を
その間レッドはなおも自分に抵抗し、リューイもそれに力を貸してやっている。
カイルは次第に早口になっていく。深みのある声は空気を揺さぶるように響き渡っていて、それを聞き続けているうち、リューイも、何か今ここに超自然の力が働いているような・・・そんな感覚に見舞われた。だがしかし、
妙な緊張感が続く中、リューイは突然、「うわっ。」と叫びながらあわてて身を引いた。レッドの左手のナイフが、急にビュンと跳ね上がったからだ。危うく顔面を切り裂かれるところだった。
そしてレッドは、驚いたように自身のその手を見つめている。
カイルの声が、そこで止まった。
ゆっくりと
「もう大丈夫。さあ、自由になれるよ。」
今度はよそよそしく丁寧な言葉ではなく、ミーアに薬を飲ませた時のような親しみのこもった口調だ。相手はもともと生きた人間なのだから、その笑顔や口ぶりには、
しかし力は
「どうしたの?ほら、ついて行って。」
そんな霊たちにたいした説明もなく、カイルはただ穏やかに
それでも右足、次は左、そして最後は、そうとう苦しめられた胴体。どうも訳が分からない様子ながら、それらの霊は素直に従い、レッドの体から離れていった。
先導しているのは
カイルの視線は、徐々に上へとあがっていく。その面上に優しい笑みを浮かべたまま、そうして幾つもの魂がゆっくりと昇天するのを見送っていた。
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