3. 太陽神に成り代わる者

文字数 2,334文字

「ギル、ここにいたのか。」

 今度は、安堵(あんど)とも(あき)れともつかないため息混じりな声・・・エミリオだ。
 ギルは、聞き慣れたその声が右手から聞こえたとたん、武器屋の店主に気付いた時よりも苦い表情を浮かべた。

「すまん。」

 ギルが素直に謝りながら見てみると、やはり呆れ顔をそろえた仲間たちがそこにいた・・・と思ったのは(つか)の間で、レッドだけは、どうしたのか目を丸くしている。

 すると、ギルの隣で彼女が歓声を上げた。

「レッド、やだ久しぶり!」

 周りの者は驚いて、二人に注目した。
 いきなり足を(はず)ませた彼女が、ためらいもなくレッドに抱きついていったから。

「あっ⁉ ちがっ・・・!」
 彼女は首に両腕を回してきて、遠慮なくのしかかってくる。その体を、レッドはとっさに受け止めたままでいた。

「知り合い? 綺麗なお嬢さん。」
「まあね、ハンサムなお兄さん。」
「昔の恋人・・・とか?」
「いいえ、違うわ。」
 彼女は悪戯(いたずら)っぽく微笑んだ。
「面白いのよ、

。こんなふうにからかうと。」

 レッドは(うら)めしそうに彼女をにらんだ。

 そんな視線も気にならない様子で、彼女はレッドの胸をこ突きながら囁きかける。
「ちょっと、この人たち知り合い? あなた以外みんな美形じゃない。」
 これにはレッドも同感だ。
「俺だけ場違いなんだよ。」

 一方、エミリオは、そんな彼女を見た瞬間から、内心胸を突かれていた。ふだん表情が少ない彼が至って冷静なままでいるので、そのことには誰も気付かなかった。しかしエミリオは、そのせいでしばらく我を忘れていたほどだ。

 なんと彼女は、全身に(ほの)かな青白い光をまとっているのだから。

 霊能力があること、特別なオーラが見えることを、仲間たちにもう打ち開けていたエミリオは、カイルの頭の上からそっと言った。
「彼女だ・・・。」と。
「え・・・。」
「見える・・・。」

 その意味を、カイルは瞬時に理解した。

「せ、精霊石持ってるかな、見てくるっ。」
「驚かさないように。」
 エミリオは慌てて言った。

 だが、わざわざ近付かなくとも、目を()らすだけでそれはすぐに確認できた。袖の下で見え隠れしている金のブレスレット。そこに嵌め込まれている情熱的なワインレッドの宝石が、まるでここだよと教えてくれているかのように、力強い光を放っている。

 そこに、太陽神アルスランサーがいた。

 カイルは満面の笑顔でレッドを見た。
「ねえ、彼女を紹介してよ。」

「ああ、こいつはシャナイア。」

 綺麗な名前だ・・・。ギルの目に、彼女はますます魅力的に映った。
「顔に似合う美しい名前だね。」

 ついレッドが横やりを入れる。
「中身は合ってないけどな。」と。そして、彼女が着ている軽やかな衣装を眺めながら、ぶっきらぼうに続けた。「こんな可愛らしい格好をしているが、戦士だ。おっかない女だ。」

 なんせ、彼女は大男をノックアウトした。レトラビアの任務中に。※

「ちょっと、少しはまともに紹介できないの⁉」
 思わず声を(あら)げたシャナイアは、すぐさまおしとやかに振舞った。 
「シャナイア・セランです。踊り子で女戦士なの。でも、しばらく戦場には出ていないわ。

たちとレトラビアの仕事を組んでからずっと。」

 ギルはおかしくて仕方がなかった。この凄腕(すごうで)の一流剣士が、さっきから完全に子供扱いされているとは。

「ところでシャナイア、お前、故郷はテラローズって言ってなかったか。わざわざここまで踊りにきたのか。」
「ここに親戚が住んでるの。このお祭りに合わせて遊びにきただけよ。」
「また・・・戦場へ行く気はあるのか。」
「考えてるところなの。ちょっと・・・トラウマになっちゃって。」
 それをシャナイアは、伏し目で呟くように言った。

 なぜかを、レッドは知っていた。レトラビアの戦場で、彼女の後輩が戦死したのである。彼女を(かば)ったために。彼女は腕もよく精神的にも(たくま)しい女性だが、その時はひどく取り乱した姿を、レッドは見ていた。彼女は、戦士には向いていない・・・と、レッドは思ったものだった。※

「似合うな、それ。」

 シャナイアは顔を上げ、(なぐさ)めるような微笑みを浮かべているレッドを見た。

「戦闘服より。」

 もう戦うなよ、と言われた気がした。なんの魂胆もなく、こういうことを言ったりやったりするのだ、このレドリー・カーフェイという男は。シャナイアはため息をついた。自身は、彼にはっきりとした恋心を抱くまでには至らなかったが、後輩たちにはそういう意味でモテていたし、彼のそんな魅力にほかの隊員もすぐに気づいたようだった。※

 その時のことを思い出しながら、シャナイアは明るい笑顔を見せて言った。
「当然でしょ! 戦闘服の方が似合うなんて言ったら容赦しないわよ。ところで、スエヴィは?」
「あいつは故郷で休暇中。」
「そうだ、ジュリアスと、あのブルグも来てたわよ。ブルグったら(えら)そうに馬なんかに乗っちゃって、傍若(ぼうじゃく)無人にこの人込みの中を横断して行ったわ。なんでも貴族のお嬢様をものにしたんですって。どこの物好(ものず)きかしら。」
「ああ・・・あいつ。」

 そうして個人的な会話を交わし合った二人の脳裏に、レトラビア王国での任務の様相が浮かび上がった。その男がもたらした呆れ返る思い出と共に。※





 ※『アルタクティスzero』 ―― 「外伝3 レトラビアの傭兵」

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