29. 旅芸人として

文字数 2,571文字

 
「キース⁉」
 茂みの中から、カイルのすっとんきょうな声。

 野獣が頭を起こした。そして、ようやくリューイに焦点を合わせた。
 すると、たちまち変化が・・・。
 なんと怒りに吊り上がった双眸(そうぼう)はみるみる穏やかになり、威嚇(いかく)してとがった背中は、なだらかな曲線を描いて下りていくのである。

 リューイは、胸を撫で下ろして笑った。
「ようし、いい子だ。俺を捜しに出てきたんだろ? ウィリーやタムタムや、ラビは元気か?」

「信じられない。」
 周りの男たちは、一様にあんぐりと大口を開けている。

「ダメじゃないか、皆のそばを離れちゃあ。さあ、この森をたどって、真っ直ぐにじいさんの所へお帰り。」

 するとキースは、リューイが優しくそう(うなが)しても一向に言うことを聞こうとせず、足にまとわりついてきては、しきりに頬を摺り寄せ始めた。

「なんだ、どうした、様子が変だな。何があった?」

「リューイ・・・取り込み中すまないが・・・どういうことだい。」
 エミリオは、ポーカーフェイスの動揺している声で問うた。
「その黒ヒョウは・・・し、知り合いか。」と、ギル。

 そんな二人の(かたわ)らでは、レッドが、この男を常識で考えていては、この先とても付き合っていけない・・・と理解して覚悟を決めた。

 やがてシャナイアとカイルも、恐る恐る様子を(うかが)いながら茂みを掻き分けてきた。

 そうして仲間が目の前にそろうと、リューイはまるで飼い犬でも紹介するかのように、平然とこう言った。
「こいつはキース。俺の親友なんだ。なりはこんなだけど、おとなしくて気のいいヤツだよ。」

 仲間たちは一斉に(あと)ずさった。あんな恐ろしげな形相(ぎょうそう)を見たあとでは、おとなしい・・・というのは、あまりに説得力が無さ過ぎた。

「噛みつきゃしないって。」
「絶対? 絶対?」
 カイルなどは、ちゃっかりレッドを(たて)にしている。

 リューイは、キースの頭を()で回して朗らかに笑った。

「で、どうするんだ?そのお友達は。」
 ギルがいくらか(あき)れた声できいた。
「それが・・・様子がおかしいんだ。何かあったらしい。悪いけど、もしよかったら・・・俺の故郷にも寄ってもらえるかな。」
「故郷って?」と、シャナイア。
「アースリーヴェだってよ。」
 今となっては、それは真実なのだろうという気持ちで、レッドが教えた。
「密林じゃない!」
「不思議はないだろ。」
 レッドはそう答えて、エミリオとギルに目を向ける。
 二人ともに、納得したような顔で頷いた。

 ギルはそれから、レッドの背後で顔だけを(のぞ)かせている少年を見た。
「カイル、構わないか?」

 やや考え込んだものの、やがてカイルは、「これも運命かな・・・。」との返事。

 これを聞くと、ほかの者たちも同意するしかなかった。レッドは、エミリオとギルがこの先自然にリーダー格になっていくだろうと予想していたし、ふさわしいと直感してもいたが、この旅の行き先においての主導権を握っているのは、とりあえずカイルだ。

「悪いな。」
 ほっとした笑顔を浮かべたリューイだが、そのあと途切れ途切れにこう言葉を続けた。
「それで、その・・・こいつだけど・・・一緒に連れて行ってもいいか?」と。
「冗談でしょっ⁉」
 シャナイアが悲鳴を上げた。
「勘弁してくれ。」
 さすがに、レッドもうろたえた。
「リューイ、いくらなんでも目立ち過ぎるぞ。」
 ギルは、犬や猫じゃあないんだぞ? という面持ちである。
「それに、その・・・お友達の身も危険だ。」エミリオは真面目(まじめ)にそう言った。「今回のように、猛獣というだけで殺されかねない。」
「そのお友達自体、危険だよっ。」と、カイル。

 リューイは(しか)られた子供のようにしゅんとしてしまった・・・。

「ごめんな、キース。やっぱりお前は、俺たちの仲間にはなれないみたいだ。先に一人でお帰り。」

 そう言うと、リューイはしゃがんでキースの首に両腕を回した。何の抵抗もなく、野生の肉食獣に頬擦(ほおず)りをしたのである。そしてキースの方は、お返しにリューイの顔をペロペロと舐めていた。その姿を見る限りでは、なるほど、まるで犬や猫のようだ。

 仲間たちは参ったな・・・と、顔を見合わせる。そして、それぞれが黙って考え込み、やがて目だけで(うなず)き合った。

「本当に、おとなしいんだろうな。」
 レッドが少し厳しい声をかけた。

 リューイは驚いたように目を向けた。その言葉の意味は・・・たちまち顔いっぱいに笑顔が広がる。
「絶対、大丈夫。」
 真顔で、リューイは強くうなずいた。
「お前が保証するって意味だな。」
「ああそう、それ。俺が保証する。」

「旅芸人でも気取るか。」
 やれやれとため息をついて、ギルが言った。
「そうね、レッドが裸踊りしながら剣とか飲み込んでみせたら、それらしく見えるかもね。」
「剣とか⁉ お前、本気で言ってんのか!」
「あら、レッドを見込んで言ってんのよ。」
「リューイが回転の連続技でもしてみせれば?」と、カイル。

 こうして、すぐに信用し認めてくれたことを、リューイは心から嬉しいと感じた。
「お前も今日から仲間だ、キース。」

 キースがリューイに飛びかかった・・・! いや、飛びかかっていったように見えた。まだ座ったままだったリューイが、相手の体とその勢いに押されるままに、地面に背中をつけたからだ。

 レッドの手は、反射的に剣の(つか)を握っていた。少し引き抜いた白刃をそっと(さや)に収めて、苦笑を浮かべる。いけない・・・こいつも今日から仲間だった。声にせずそう呟いたレッドの目の前では、リューイが少年のように笑いながらキースとじゃれ合っている。

 一方、このあいだ呆然と見ているばかりの猟師たち。

 そんな彼らには、エミリオとギルが二人で説明をし、うまく納得させることができた。

 新しくできた特別な旅仲間を連れて、一行は来た道を戻り始めた。

 すると、途中で主人と出会った。彼はもう少しで腰を抜かすところだった。






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