10. 祭り競技2(剣技)

文字数 2,715文字

 ジュリアスは、敗北を悟った。周りからはどう見えているか知らないが、自分が今、蛇に睨まれた蛙のようになっていることも分かっていた。
 だが、かかってくる様子が一向にない・・・。ジュリアスは眉間(みけん)に皺を寄せて、レッドを見つめた。自分が感じたよりも先に気付いているはずだった。

 緊迫した空気に包まれる会場。
 両者がどう出るか、観衆は固唾(かたず)を呑んでこの戦いを見守っている。

 その張り詰めた緊張感の中、やがて、ジュリアスのこめかみを汗が玉となって転がり落ちた。

 リーダー・・・俺の方から仕掛けてくるのを待ってるのか。お前はそういうヤツだろうさ。ジュリアスは意を決し、ふっと口元を(ゆる)めた。分かったよ・・・やってやろうじゃないか!

 ジュリアスは、ついに地面を蹴った。 

 上段から、(うな)りを上げて剣が襲いかかる。それを、レッドは下から受け止めた。

 ガシッ! 

 ジュリアスはすぐに剣を引き、次の攻撃を仕掛ける。電光石火の早業だ。

 レッドも遅れをとらず、それどころか相手の動きを見極め始めた。ジュリアスが早業(はやわざ)を得意とし、それにおいて天才的な腕を持っていることを、レッドは知っていた。そして、ジュリアスもまた、レッドが本気で戦っている姿を見て、知っている。しかし、レッドは読めない男だった。その男は型にはまらず、ズバ抜けた反射神経と身体能力で、いち早く臨機応変に動くことができるからだ。

 両者は激しく打ち合っている。

 次々と繰り出される鮮やかな連続技に、観衆は目をみはった。気迫に呑まれた一瞬の沈黙のあと、会場内に興奮と感動の喝采(かっさい)が響き渡る。

 両者とも()れ惚れするような身のこなしだ。それに、腕と一体化したような絶妙な剣捌(けんさば)き。観衆には、この時点で、どちらがより優れた剣士であるかは、甲乙つけ難いように見受けられた。

 さらに数合(すうごう)打ち合った。レッドは受け止めるだけである。そのため、人々にはジュリアスの方が優勢のように見え始めた。しかし、レッドは少しも(ひる)んでなどいない。

 ジュリアスはまた上段から打ち下ろす。レッドの右肩を狙ってだ。
 ところが、そこにはもうレッドの姿はなかった。

 (かわ)された・・・⁉

 ジュリアスは素早く動いた。だが、いくら完璧な足捌(あしさば)きで体勢を立て直そうとしても、無駄なこと。ジュリアスの中で、もう一人の自分がそう言った。

 ジュリアスは飛び退()くようにして向き直った。

 そこへ、下段から力いっぱい斬り上げたレッドの剣が襲いかかる。
 狙いは、ジュリアスの剣を握っている手元・・・!

「速い!」
 いつもなら胸中で済ますギルも、思わず声にしてそう叫んでいた。

 勝負はあった。

 ジュリアスの手には何も無く、そして胸の前には、今にも刺し(つらぬ)かれるという形で、レッドの剣先が突きつけられている。

 身動きとれず、()け反るように地面を踏みしめたままのジュリアスは、ふうと息を吐き出すと、軽く両手をあげた。

「降参・・・。」

 レッドはニヤッと微笑み、剣を引いた。

 観衆はみな唖然(あぜん)として、ほとんどがポカンと口を開けていた。一撃(いちげき)で決着がつくとは・・・。

 だがしばらくすると、盛大な拍手と喝采があがった。二人の素晴らしい戦いぶりと勇姿に、強烈な印象を受けたことへの惜しみない歓声である。
 実際レッドは、少しも手を抜いてなどいなかった。勝負している間は真剣そのものだった。

 両者は初めの位置まで戻ると、姿勢を正して向かい合い、最後に礼儀として握手を交わした。

「気迫で殺そうとするなんて、ズルいぜ。」
 ジュリアスが屈託(くったく)ない声で言った。
「そう見えたか?」
 レッドは苦笑を返した。
 ジュリアスはふっと笑い、レッドに一歩にじり寄って、(ささや)くような小声で言った。
「さすがだよ・・・アイアス。」

 そんなジュリアスの気遣いが、レッドにはすぐに分かった。そばには、審判の男が立っているのである。
 レッドの精悍(せいかん)な顔から、気弱な笑みが(こぼ)れた。

 二人は肩を並べて、人々の拍手に送られながら退場門へ向かった。

 門の下では、これから出番という男と、その次の試合に出る男が待機している。間もなく出番のその男は、レッドとジュリアスが親しげに話しながら通り過ぎる時、ジュリアスの顔をじっと見つめていた。

「俺、負けた方のあの男知ってるぜ。」
 その男は、もう一人についそう声をかけていた。
「優勝候補のはずだ。」

「ああそうだろう。俺だって、飾りで剣を腰に帯びてるわけじゃない。」と、もう一人も応じた。「だが相手の勝った方・・・恐ろしい男だ。道楽気分で見物してる素人にはいい勝負のように見えたろうが、俺には、いやきっと俺たちにはだ。分かったよ。とっくに戦いを制していた。」

「あの若さで・・・すでに将官クラスの実力がありやがる。」

 男たちは、勝ち進めばいずれ対戦するその時のことを思って、勝てるか・・・? と考え始めた。無様な負け方をするのは御免だった。

 二回戦へ進むことのできる最後の勝負が行われた時には、昼を少し回っていた。弓の競技が午前に、剣の試合が昼をまたいで、そして夕方からももう一つ競技があったが、そのことを一行(いっこう)はまだ知らなかった。

「決まったな。」

 一回戦の最終戦を眺めながら、ギルがつぶやいた。目はしっかりとその戦いに向けられていたが、そのセリフは別のところにあった。勝ち残ったどの男を見ても、レッドに匹敵する見込みはなさそうだ。

 そしてカイルもまた、もしジュリアスがレッドとさえ最初に当たらなければ、きっと彼が上位に昇り詰めていくだろうに・・・と思いながら、試合を見ていた。

 だがリューイだけは、少し前から違うものを見ていた。リューイは首をそびやかして、周りに集まっている見物人の群れのずっと後ろに目を()らしていた。

 そこには別の人垣ができていた。
 それを目でたどってみると、その人垣(ひとがき)越しに馬がやってくるのが見えた。大柄(おおがら)な男が、その馬にまたがっている。

 リューイは好奇心から妙に気になり、ふらふらと離れだした。

「どこ行くんだ。」
 ギルが気付いて呼び止めた。

「いや、ちょっと・・・。」 

 振り向きもせずにそうつぶやいて、リューイはそのまま行ってしまった。


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