15. 祭り競技3(重量挙げ1)

文字数 2,625文字

 競技用に作られた長い煉瓦(れんが)が、三段積み上げられた。出場者はみな威勢のよい唸り声と共に腕を振り下ろし、中には成功すれば雄叫(おたけ)びを上げる者もいた。できる自信はあっても、それくらいの手応えはある。

 やがて最後にエントリーしたリューイの出番となり、リューイは無表情か、面白くもなさそうに見える顔で前に出た。

 その時、観衆の輪の中から可愛い声が。

「お兄ちゃん。」

 リューイは、そちらへ首を向けた。今いる場所からそれほど遠くもないところに、その声の主はいた。リューイが助けた少年である。

 少年は、頭上で手を大きく振りながら、期待を込めて言った。

「お兄ちゃん、頑張って!」

 忘れていた・・・! というようにリューイはハッとすると、慌てて手を挙げてその声援に応えた。そしてそのまま、握り拳を勢いよく叩き込んだのである。

 すぐ横にいた司会者は、ぎょっとして(はじ)き飛んだ。彼は、今まさに手渡そうとしていた手拭(てぬぐ)いを持っていた。その矢先のことだったのだ。

 三段あった煉瓦は、ものの見事に地面に崩れ落ちていた。一つと残らず全てが・・・。

 観衆はざわめいた。

 一方、リューイは、まだ腰を落とした姿勢でいた。振り下ろした腕もそのままに。だが、自分がしてのけたことが信じられないと驚いているわけではなかった。その面上には、うっすらと笑みが浮かんでいた。今、胸の奥底からむくむくと沁み出してきたのは、郷愁の念。

 俺・・・訓練してる。

 リューイは、この時、不意に(なつ)かしい感じを得たのである。煉瓦の手応えが、それを思い出させた。

 リューイが背筋を伸ばすと、隣で声も無く立ち尽くしていた司会者が、「あの・・・手、大丈夫ですか。」と、今さら手拭いを差し出して言った。

 リューイは頬に笑みを浮かべたままで、「ああ。」と答えて列に戻った。

 それからのリューイは、出番を待っている間じゅう視線をやや下方へ向けて、何かしら遠いものでも見つめているように微笑みを絶やさなかった。ほかの出場者から見れば、不気味以外の何でもない表情で、彼は佇んでいるのである。ブルグにとっても気味が悪いことといったらなかった。

 そうして、また全員がクリアした。

「リューイの様子が変わったな。」
 そう言ったギルは、最初から彼の様子をどうしたのかと怪訝(けげん)に思っていたのである。
「さっきまでは、つまらなさそうにしていたがな。」
 レッドも同様それに気付いていて、そんな訳の分からない相棒に半分呆れていた。

 係の男たちは、次に準備物の中では一番小さい岩石を一つずつ、太い鉄棒の両端にセットする作業に取り掛かっていた。その岩は頑丈な縄でしっかりと縛られており、それには簡単に取り外しができる鉄のフックが引っ掛けられている。

 その岩をぶら下げたバーベルを持ち上げるという種目に移行したのである。

 リューイはまたトレーニングを思いだして、ニヤリとした。岩を背負ってのうさぎ跳びは、師匠と格闘する前の準備運動だった。猛獣と言われるものを(かつ)いだり、投げ飛ばすのが普通の生活をしていたリューイにとって、持ち上げることほど楽なものはなかった。※

「あれくらい・・・朝飯前だろうな。」ギルが言った。
「今朝もやってたからな。」と、レッド。

 準備が整い、腕力や背筋力の強さが自慢の男たちは、意気揚々と踏み出して行った。

 そして・・・どの男も荒い息をつきながら戻ってきた。

 だが、リューイの出番が回ってくるまでに脱落者が出ることはなかった。ブルグもまた楽勝といった顔でリューイの隣に帰ってきた。

 やがて順番がきて、リューイも前の出場者と交代し、そこに立った。

 リューイはバーベルをしっかりと握り締め、足を踏みしめた・・・が、歯を食いしばる必要はなかった。彼は、耳の真横に両腕をすっと立てた。ほかの者たちが瞬発力に頼っているところもあるのに対して、リューイは普通に持ち上げ、よろめきもせずに静止した。

 どよめきが起こった。

 そのまま審判の合図が出るまで待って、リューイはバーベルをもとの位置へ静かに置くと、ブルグの隣へ戻った。

 ブルグは、リューイの顔色を窺った。
 不気味・・・。
 リューイは、なおも口元に笑みを浮かべているのだから。ここで音を上げるだろうと思っていたブルグの予想に反して、この男の表情ときたら、逆に楽しんでいる感じなのである。

 事実、リューイは楽しんでいた。胸に(なつ)かしい記憶がよみがえり、次第にその数々が次から次へと駆け巡った。師匠に稽古(けいこ)をつけてもらった、その思い出に(ふけ)りながらそんなことをしているので、リューイの顔は常ににやけていた。

 そのリューイは、不意に一つ気付いたこともあった。そのため、初めとは打って変わり、俄然(がぜん)やる気も出てきていた。それは、勝者には賞金が与えられるということ。そう言った司会者の言葉を思い出したのである。

 その言葉に馴染(なじ)みがなく、〝ショウキン〟とは・・・? と思っていたリューイだったが、少し足りないその頭で、ギルが受け取っていた袋がそうなのだろうと理解した。その袋の中身のものには見覚えがあった。

 何日もかけて師匠であるロブと町へ出た時、リューイは、あれこれとロブが手に入れてくるのを、ただ何となく眺めているだけだった。その際に、丁寧に世間のことを教えてやっているつもりのロブに対して、リューイの方では、ついでのように教えられたという意識でいた。だからリューイは、その常識をあまり熱心に傾聴(けいちょう)したことはない。街の(にぎ)やかさは肌に合わなくて、世間のことは遠すぎて、知っても知らなくてもいいように思えたからだ。

 だが密林を出て、様々な人と出会い、その生活がどうであるかを見たりしているうちに、リューイは金というものの価値を知った。それがあれば、食べる物や寝床には困らないことを知った。レッドも当然のようにそうしていた。

 狩りや野宿は当たり前だったリューイが〝ショウキン〟とやらに興味を持ったのは、今は一人ではないことを、それなりに分かっているからだ。




 ※ 『アルタクティスzero』― 「外伝1 天命の瞳の少年(第2部)」

 
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