2. 踊り子

文字数 2,136文字

「姉ちゃん綺麗だねえ。今から俺たちに付き合わない?」
 踊りを見飽きた一人が下品で不愉快な言葉を発した。
「何にしてもお断り。だって、目つきがいやらしいもの・・・ちょっとあんた! 汚い手で触んないでよ、どさくさに紛れて!」
 無精髭(ぶしょうひげ)の別の男が手をまさぐりだしたので、彼女はそれを手荒く振り払う。
「いいじゃんかよ、減るもんじゃあるまいし。」
「減るのよ、いろいろ! そういうつもりなら、よそへ行ってよ!」

 彼女はすっかりいきり立っていたが、その仕草一つ一つが男たちには妙に(あで)やかでたまらない。

「踊りはもうじゅうぶんだからよ、なあ姉ちゃん。」
 一向に(ひる)む様子もなく、男は()れ馴れしくまた彼女の手をとった。

 不躾(ぶしつけ)なその男たちは、みな腰に剣を帯びていた。そのため助けようとする者はおらず、それどころか彼らのせいで踊りが中断されてしまったため、ほかの客は一人、また一人とその場を離れだした。そして連れらしい数人が居座り、まだしつこく彼女に言い寄っている。露店からも距離があるそこには、彼女とその集団以外、誰もいなくなってしまった。

「ちょっと、止めてってば! もうっ、いい加減にしないと ―― 」

 彼女は、ハッと言葉を切った。男の方は怪訝(けげん)そうな顔をしている。何かが頭上を(かす)めた気がして・・・。

 二人はそろって、すぐ後ろにあるトチノ木を見た。
 すると男はとたんに目を大きくして、(はじ)かれたように一歩下がったのである。

 そこに認めたものは、頭上ギリギリのところに突き刺さっている一本の矢。頭上にというのは、彼女よりも数センチ背丈のある男の方のだ。

 そして次には、少年のような軽い声まで飛んできた。

「怪我しなかった? おじさん、ごめんね。」

 男は、大きく見開いた目をそちらへ向ける。

 そこには、(まれ)青紫(あおむらさき)の瞳の青年がいた。彼は降り注ぐ木漏れ日を浴びて、爽やかな笑顔で弓を握りしめて立っていた。



「て、て、てめえーっ、ざけんな! この若造(わかぞう)があっ!」
 青ざめていた顔をみるみる真っ赤にしながら、男は怒鳴り散らした。今にも剣を引き抜きかねない勢いだ。

 それに対して、澄ました顔を崩さないその青紫の瞳の青年・・・ギルは、手にしている機械弓をおぼつかない手つきでいじりながら、「安全何とかが外れてたみたい。」と、言った。

 こいつをぶち込んでおけよと言わんばかりに、男たちは唖然(あぜん)と口を開けて彼を見つめた。

 するとギルは、男たちが見ている前で今度はこう(つぶや)いたのである。
「えっと・・・どれだっけ? あれをしておかないと、また勝手に飛んでくじゃないか。」

 そのあいだ両手で持っている弓の角度は、真っ直ぐに男たちの方へ構えられている格好(かっこう)になっていた。ギルは半分楽しみながら素人(しろうと)っぽく振舞(ふるま)った。

「弓っ、弓っ!」
「こ、こっち向けるな!」
「止めろ、危ない!」
「あっれえ、どれだったかなあ・・・安全何とか。」

 男たちは慌てふためき、一斉に逃げ出して行った。

 その姿を見届けているギルの口から、ふっと笑い声が漏れた。
「・・・なんてな。」
 ギルはそれから、呆れた様子で隣にいる美女に人懐(ひとなつ)っこく微笑みかけ、弓を見せた。 

 それには、矢が仕掛(しか)けられていなかった。

「なんだ・・・演技。」
「そういうこと。」
「どこの腕白(わんぱく)小僧かと思っちゃったわ。」
 初対面の二人は声をたてて笑い合った。

 ギルはその時、つい彼女の笑顔に見惚(みと)れている自分に、すぐには気付かなかった。それに気付いたのは、彼女の方が先だ。

「なに?」
「笑顔もいいな・・・。」
 そんなセリフが、知らぬ間にギルの口をついた。
「怒った顔しか見てなかったから・・・。」
「は?」
「え、ああいや・・・大丈夫? 綺麗なお嬢さん。」
「ええ。ハンサムなお兄さん。」
「怒らないのか。」
「何を?」
「自分に当たってたらって思わなかった?」
「だって、当たってないもの。済んだことをあれこれ考えないたちなの。」
 あっけらかんとして、彼女はそう答えた。

 その彼女は、自分は一目惚(ひとめぼ)れするような軽い女ではないと信じていた。だが先ほど彼に見つめられた時、実は知らずと見つめ返していたのである。面食いになれば、彼の顔は一目で()れずにはいられないくらいタイプ。しかも、今少し触れてみただけでも凄く魅力的だと感じていた。

「お客さーん!」

 ギルはマズい・・・と苦い顔をして肩をすくめた。武器屋の主人だ。

「困りますよ、無断で持ち出してぶっ放しちゃあ。」と、その店主は息を切らせながら駆け寄ってきた。
「ああ悪い。俺はやっぱり、こうぐっと引くヤツの方がいいな。」
 ギルは、木の幹から矢を引き抜いて言った。それから弓とそろえて返すと、店主は執拗(しつよう)に勧めることもなく、それらの商品を抱えて残念そうに戻って行った。


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