12. 挑まれた勝負

文字数 1,918文字

「お前が来ていたとはな、レッド。」
「貴族のお嬢さんとくっついたそうだな。なのにこんな村の祭りに・・・。」
 レッドは口を閉じた。これでは嫌味(いやみ)に聞こえるな・・・。
「なんだよ。」
「いや、悪い。」
「ふん、まあいい。それより俺はそこの・・・おいっ!」と、ブルグはリューイに向かって怒鳴った。

 リューイは、飛び散った葡萄酒(ぶどうしゅ)で汚れた少年の着衣を、脱いだ胴着で丁寧に拭いてやっているところだったのである。ブルグに背中を向けて。

「大丈夫か? 怪我しなかったか?」

 リューイは、ブルグのことなど、もうどうでもいいというような態度で、少年に優しい言葉をかけていた。実際には、人として最低のことをしようとしたその癇癪(かんしゃく)持ちをまだ許せなどしなかったが、この呼びかけにはわざと反応しなかった。

「おいこらっ!」
 我慢ならず、ブルグは二度目のがなり声を上げる。

「なに。」
 リューイは、うっとおしそうに振り向いた。そして立ち上がって、やっとブルグに向き直った。

 ブルグは・・・思わず息を呑んだ。

 ゆったりとした胴着一枚を胸の前で掻き合わせ、帯で締めるだけというラフな服装が主であるリューイは、今は()の上半身がよく分かる裸でいる。大胸筋も腹筋も見事に(きた)え抜かれたその体格に、ブルグは言葉を失ったのだ。

「きさま・・・いい体してるな。何かやってるのか。」
「・・・武術。」
 一瞬、きかれた言葉の意味が分からなかったリューイは、少ししてからそう答えた。

 確かに、リューイの腰に剣はない。だが信じられないことだった。ブルグにとっても、武術なんてものは忘れ去られた格闘技であり、大陸のどこかに一箇所だけそういう訓練のできる場所があるとも言われているが、もはや幻も同然だった。

「武術だ?」ブルグは、どうせ趣味でかじった程度だろうと思いながら、鼻で笑った。そして、「競技に出ろよ。」と、リューイに言った。「落とし前をつけさせてもらう。」

「競技ってなに。」
 リューイにはまた、ブルグがそう言い出した意図(いと)も分からなければ、落とし前・・・の意味も分からないままに、単純にそうきいた。

「腕比べだ。エントリーしろ。」
「別にいいけど、それより謝れよ。」
 リューイはいい加減に答えて、ブルグを(にら)みつけた。
「なんだと。」
「自分のしたこと分かってんのか。」
 分かっていた。それでブルグはこう返した。
「その小僧の不注意が招いたことだ。」
「お前だって前見てなかったろ。そんなもん振り上げるなんてどうかしてるぞ、謝れ。」

 この険悪なムードに圧倒されて、周りにいる多くは何も言えずに黙って見ていた。金髪青年の言うことに共感してはいても。

 一方、大人気ないことをしてしまったことには、内心、確かにブルグも罪悪感に駆られていた。人々の手前、自分の至らなさを取り(つくろ)う必要もあった。
 だが素直になれず、ブルグはせめて静かな声で、「気をつけろよ。」と少年に言うと、また馬を歩かせ始めた。

 ところが、辛うじて紳士らしく去ろうとしていたブルグを、レッドがふと呼び止めた。
「なあ・・・余計なことかもしれないが、一つだけいいか。」と。

「なんだ。」
 ブルグはうるさそうに振り返る。

 レッドは、ブルグの(のど)を指差した。
「その首飾りは・・・ヘンだと思う。」

 どっと周囲から笑い声が上がった。

 この騒動(そうどう)に途中参加のため、決定的瞬間を見ていないレッドには、道具であるロープを首に巻いているブルグのセンスが理解できないだけだった。

「・・・あ、お前か?」と、すぐに気づいてレッドが言うと、「(はま)っちまったんだ、わざとじゃねえよ。」と、リューイは答えた。

 たちまちブルグの顔が火を噴いた。

 (あわ)てたブルグはすぐさまロープを外そうとしたが、(あせ)るあまり下手をして、逆に絞める羽目になってしまうという喜劇に。それがどれほど面白いかは、中でも大笑いしている黒髪少年(カイル)の抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)ぶりを見れば、自分で思うよりも思い知らされた。笑いを(こら)えようと必死になっている周囲の人々に対して、その少年はというと、はばかりなく存分に高らかに笑い声を上げ、涙まで流しているのである。ブルグには、その一人の姿を見ているのは、周りにいる全ての心の中を見ているようでならなかった。

 ブルグは仕方なく、そのままの姿で馬をかっ飛ばして去った。死ぬほど恥をかかされた借りは、必ず返してやる・・・。




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