その後、ブランダウア城では・・・

文字数 1,552文字

 その日の夕暮れ時、ブランダウア城にとんでもない事件が起こった。

 だが、(さわ)ぎは密かに起こっていた。

 今に始まったことではなかったが、今回はこれまで以上に深刻だった。

 お嬢様・・・つまり公爵令嬢(ミーア)が、いつものように姿を消したまま、だがいつもとは違い、夕食(どき)にもまだ戻らないというのである。

 とは言え、行き先は数日前に知れている。

 それで、またしても上手い具合に()かれてしまった侍女(じじょ)たちの報告を受けた執事(しつじ)が、守衛の男をすぐにレドリー・カーフェイが借りているという部屋へ送った。

 ところが、その者たちが(おとず)れた頃には、すっかりもぬけの殻だったというわけである。

 数日前、お嬢様を街の意外な場所で見つけ出した時のこと。そこで一緒にいた者が、軍の関係者が(やと)った男で、内部ではアイアスの戦士として知られる彼であったことから、彼が暮らす場所の住所は容易(ようい)に調べがついた。だがその間に、二人とも行方(ゆくえ)が分からなくなっていたのだ。

 あまりに殺風景(さっぷうけい)な部屋の様相に、まさかと思った使いの者たちは、ただちにこれを報告。それを受けた執事は迅速(じんそく)に行動を起こして、ほかの守衛や召使いにも密かに街中を捜索(そうさく)させた・・・が、待てど暮らせど帰って来ない。

 そうしている間にも夕食の用意が整い、白いテーブルクロスの上には、前菜ながら豪勢な料理が運び込まれていた。大きな葉をつけた観葉植物が部屋の(すみ)に飾られており、その横からズラリと召使いたちが立ち並んでいる。

 そこで今、何も知らない公爵(こうしゃく)ローガンとエルーラ夫人が、一つ空いている小さな椅子に、可愛い娘が着くのをただ待っているのである。

 美しくあしらわれた前菜の数々を見ていながらも、食事とは関係のないことを考えていたローガンのその目だけが、ある時横に動いて、執事に向けられた。

「ミーアは何をしているのだ。ずいぶん遅いではないか。」
「旦那様、その・・・実は、まことに申し上げにくいのですが・・・」

 しどろもどろになりながらも、主人に忠実(ちゅうじつ)な執事の男は、もはやこれまでと観念した。

「お嬢様が、まだその、お帰りに・・・。」
「またか・・・。行き先は知れているのだろう。なぜ使いの者をやらんのだ。」

 温厚なローガンは、深々とため息をついて穏やかに問うた。

「それが、使いの者はすぐに送ったのでございますが、その者がカーフェイ殿の部屋を(たず)ねましたところ、すでに引き払われたあとでありまして・・・今も街中を捜索させていますが・・・まだ・・・。」

「共に国を出たというのか。」

 執事が遠回しに伝えたことを、ローガンは率直に口に出した。しかし、その口調は至って穏やかだ。

「はい。恐らくお察しの通りではないかと・・・。」

「まったく、いつからこのような悪癖(あくへき)がついてしまったのか・・・仕方のない娘だ。ミーアが無理について行ったに違いない。国外への追跡が可能な者を集め、早々にあとを追わせてくれ。」

「かしこまりました。」

 執事はうやうやしく一礼してから、退出した。

 それにしても、ローガンがここまで平然としていられるのには、ほかにも理由がある。それは、すぐに帰ってくるだろうという甘い考えと、例え少々延びようとも、伝説の戦士レドリー・カーフェイと一緒ならば、間違っても盗賊にさらわれ、どこかへ売りとばされてしまうという事態は起こりえない。つまり、娘の身の安全は保障されているという安心感によるものだ。

 ローガンは、そばに控えている召使いに、葡萄(ぶどう)酒を注ぐ合図を送った。それから、自分と同じように、少しも(あせ)る様子もなく話を聞いていた妻のエルーラを見た。

「少々自由にさせ過ぎたのではないか。」
「あら、それは閣下の方ではなくて。」

 にっこりとほほ笑んで言い返すエルーラ夫人。

 ローガンは、水平線の彼方(かなた)へ沈みゆく夕日を眺めながら、暢気(のんき)に苦笑した。


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