⒍ 精霊 対 精霊
文字数 2,482文字
カイルは、遠くを睨 んだ。その場に腰を落とし、早口で呪文を唱えながら深い精神統一に入る。立ったままでもできるが、特に呪術の勝負では座るのが彼のスタイル。体力の消耗を少しでも軽減するためだ。座り方は、胡坐 をかくより少し崩して、緩 い立膝 にすることが多い。
やがて厚い霧のような闇がすっと身を引き、辺りが急に明るくなった。
カイルが呼んだのは、光の精霊だったのである。
魔物の姿がはっきりと映し出された。目玉だけは炉 で溶かした鉄のように燃えていたが、一言で言えば、全身黒づくめの巨大なカラスだ。それは、一瞬目が眩 んだように空中でよろめいたものの、すぐに体勢を立て直し、なおも襲いかかろうと急降下してくる。
円を描くような腕の動きと共に、カイルは呪文を唱えた。
光の精霊たちは結束し、幅広の密な帯となった。そうしてカイルの命令に従い、ぐるぐると魔物の体に巻きつき始める。瞬く間にがんじがらめにされたその体は、一定の場所から動けなくなり、狂おしくじたばたともがきだした。
光の精霊を呼び寄せてからというもの、カイルは一心不乱に念を凝 らし続けている。つまり、念力を途絶 えさせてはならないのである。
呪術は、精霊のエネルギーと、その使い手の呪力が一体となって行われる。それが、戦闘時には精霊のパワーは己の手足も同然となって戦い続けるため、念力を送り続けなければならなくなる。呪文にも、単語や文節がある。それによって、精霊たちを動かす存在が精霊使い。しかし、何らかの原因によって、それを意味を成していない中途半端なもので言い止めてしまったり、体力や集中力をきらすなどして、精霊たちと自身とを結びつけていた精神力 ―― つまり呪力が完全に切り離されてしまうと、使役 されていた精霊たちのパワーや、命令から突如 として解き放たれた勢いなどが、自身の体に跳ね返ってくる。多かれ少なかれ。
そのことを、術使いの間では〝 呪力の反動 〟と呼んでいる。
そのため、殺人的な攻撃の指示を与え続けたり、相手の攻撃を防御 するための強い力を出し続けなければならない戦闘時には、特に生死に関わる大きな危険を伴 う。それは、下手をすれば自殺行為にもなるものだった。
カイルの祖父テオは、カイルにこう言っていた。
「何かの拍子 におぬしの呪力に加わる可能性がある。」と。
何かの拍子に、ほかの力が自分の呪力に加わる可能性があるというのは、逆に言えば、ほかの力を自分の呪力にすることもできるということ。その時の体力や調子によって、本人が「できる。」と判断した時に踏み切れる裏技だ。そして、その方法をもカイルは習得していた。
だが、望んでもいないのに、ほかの強い力が勝手に加わってくるというそれは、危険信号なのである。準備ができていないままにそのような目に遭 うと、コントロールしきれない負担で体力や呪力がもたなくなり、命を落とすことにもなりかねないからだ。
また、自身の精神力が著しく昂 ったりして、一時的に自身の能力も高まり、本来の自分のレベル以上の強い精霊を呼んでしまう、ということもあり得 る。その時、それに耐えきれずに失神したり、いきなり呪力が及ばなくなれば、中途半端に呪術を止めたことになってしまう。そして、制御 しきれなかった精霊の力の反動を食らって、やはり最悪の場合には死に至る。つまり、自滅。
魔物を形成している砂の精霊と、光の精霊がせめぎ合っている。
そうして身悶 えながらも、魔物は光の精霊をまとったまま大きく身を翻 した。キラッと光るものが弾 け飛んだ。
この精霊たちは弱すぎた。簡単に振り解 かれてしまうとは。
自分が呼んだ精霊があっさりやられてしまったことで、カイルは意を決した。もう結界も長くはもたない。
右腕を上げたカイルは、呪文を唱えながら指先を滑 らかに走らせたあと、いくつか印 を加えた。
すると砂が舞い上がった。
黄金色 に輝く砂だ。それは、急速に馬の形を成していく。
カイルのこめかみには汗が滲んでいた。身に付けた術の中でも、これはかなり高度なもの。
砂の精霊群で形成されたそれは、この切迫した状況においても、うっとりと魅入 らずにはいられないほど美しく立派な馬だった。金の鬣 を靡 かせ、首を大きく動かして果敢 に敵に立ち向かう。
互いの体が激突し合った。
黒い怪鳥と黄金 の馬は、密着したまま身悶 える。実際に絡 み合っているのは、どちらも砂の精霊だ。そうして一つ一つが取っ組み合い、わずかに勝る方が、対抗してくる相手を押し潰 そうとしていた。
その末に、なんと先に萎縮 し始めたのは魔物の方である。まだ分かり辛いが、少しずつ小さくなっている。
カイルはいよいよ険しくなったその顔で、今度は両手を胸の前で素早く動かし、最後の命令をくだしにかかった。
すると馬は一度身を引き、優雅に空を駆けて敵と距離をとった。だがすぐにターンすると、優雅などとはかけ離れた凄 まじい勢いで、真っ向から黒い巨体を目がけ突進していく。蹄 の音も嘶 きも聞こえはしないが、その勇ましさと迫力が思わずそれらを想像させた。
二体がまともにぶつかったと見えた瞬間、光の乱反射が起こった。
周囲が突然 金色に染まり、あまりの眩 しさにとても目を開けていられず、レッドは抱いているミーアの頭の横に顔を伏 せた。とっさに、リューイも腕で両目を覆っている。
数秒が経過した・・・辺りから聞こえるものは何もない。
恐る恐る、二人は瞼 を上げてみる。
何もいはしなかった。
やがて厚い霧のような闇がすっと身を引き、辺りが急に明るくなった。
カイルが呼んだのは、光の精霊だったのである。
魔物の姿がはっきりと映し出された。目玉だけは
円を描くような腕の動きと共に、カイルは呪文を唱えた。
光の精霊たちは結束し、幅広の密な帯となった。そうしてカイルの命令に従い、ぐるぐると魔物の体に巻きつき始める。瞬く間にがんじがらめにされたその体は、一定の場所から動けなくなり、狂おしくじたばたともがきだした。
光の精霊を呼び寄せてからというもの、カイルは一心不乱に念を
呪術は、精霊のエネルギーと、その使い手の呪力が一体となって行われる。それが、戦闘時には精霊のパワーは己の手足も同然となって戦い続けるため、念力を送り続けなければならなくなる。呪文にも、単語や文節がある。それによって、精霊たちを動かす存在が精霊使い。しかし、何らかの原因によって、それを意味を成していない中途半端なもので言い止めてしまったり、体力や集中力をきらすなどして、精霊たちと自身とを結びつけていた精神力 ―― つまり呪力が完全に切り離されてしまうと、
そのことを、術使いの間では〝 呪力の反動 〟と呼んでいる。
そのため、殺人的な攻撃の指示を与え続けたり、相手の攻撃を
カイルの祖父テオは、カイルにこう言っていた。
「何かの
何かの拍子に、ほかの力が自分の呪力に加わる可能性があるというのは、逆に言えば、ほかの力を自分の呪力にすることもできるということ。その時の体力や調子によって、本人が「できる。」と判断した時に踏み切れる裏技だ。そして、その方法をもカイルは習得していた。
だが、望んでもいないのに、ほかの強い力が勝手に加わってくるというそれは、危険信号なのである。準備ができていないままにそのような目に
また、自身の精神力が著しく
魔物を形成している砂の精霊と、光の精霊がせめぎ合っている。
そうして
この精霊たちは弱すぎた。簡単に振り
自分が呼んだ精霊があっさりやられてしまったことで、カイルは意を決した。もう結界も長くはもたない。
右腕を上げたカイルは、呪文を唱えながら指先を
すると砂が舞い上がった。
カイルのこめかみには汗が滲んでいた。身に付けた術の中でも、これはかなり高度なもの。
砂の精霊群で形成されたそれは、この切迫した状況においても、うっとりと
互いの体が激突し合った。
黒い怪鳥と
その末に、なんと先に
カイルはいよいよ険しくなったその顔で、今度は両手を胸の前で素早く動かし、最後の命令をくだしにかかった。
すると馬は一度身を引き、優雅に空を駆けて敵と距離をとった。だがすぐにターンすると、優雅などとはかけ離れた
二体がまともにぶつかったと見えた瞬間、光の乱反射が起こった。
周囲が突然 金色に染まり、あまりの
数秒が経過した・・・辺りから聞こえるものは何もない。
恐る恐る、二人は
何もいはしなかった。
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