⒚  救世主伝説

文字数 2,520文字

 彼らは、エミリオとギルが荷物を置いてきた川辺まで戻り、そこの明るい日差しを見ることのできる適当な木陰に、輪になって座った。

 エミリオもギルも、その不思議な少年カイルの言いたいことは、とりあえず聞いてみることにしたのである。

 夕べから怖い思いをし続けているせいでべそをかいていたミーアも、今は落ち着いた様子で、レッドとリューイの間にちょこんと腰を下ろしていた。

 そして、そのミーア以外の注目をことごとく集めているカイルは、緊張して硬い表情を浮かべている。彼に今、一つの大仕事が課せられているからである。なんとしても、彼らを説得して仲間にしなければならないという使命が。

「ええっと・・・じゃあ。」
 頭を掻きながら眉根を寄せたカイルは、どう筋道をたてて話せばよいかと思案した末に、やっと言った。
「この大陸は、未曾有(みぞう)の大災害によって滅びかけたことがあるっていう歴史を・・・知っている人。」と。

 これに、エミリオとギルが顔を見合った。教養のあるこの二人には、当然その知識があった。だが、それは軽く触れられているものに過ぎない。

「歴史の授業が始まったようだぞ。」
 そう囁きかけながらギルが手を挙げると、それに(なら)ってエミリオも挙手した。

「どこまで知ってる?」
「俺は、だいたい君が今言った通りのことのみだが・・・。」
 ギルが答えた。

「じゃあ、その大災害や、どうしてそれから救われたかについては?」
「いや、突然の大嵐によって見る間に自然が破壊されていったとしか。奇跡的に収まったから救われたんじゃないのか?」

「私は本で少し読んだことがあるが・・・。海は荒れ狂い、草木は一瞬にして枯れ、無数の稲妻が乱れ落ちて、瞬く間に自然が破壊されていった。空も暗雲に覆われ、全ては闇に閉ざされた・・・と、そう書いてあった。その後は、人々は国境を越えて一つとなり、戦争を起こさず大陸再建のためだけに力を注いだとも。」
 もう少し詳しく、エミリオも続けてそう話した。

 カイルはゆっくりとうなずいた。
「そう。でも、それだけなら表の話。裏話は少し違う。それが、〝アルタクティス伝説〟なんだ。」

 カイルはひと呼吸おいて、みなが真剣に聞いてくれているかどうかを(うかが)いながら、話を進めた。

「アルタクティス伝説・・・僕がこれから話す真相では、人々は大陸を立て直すという理由だけで戦争を止めたんじゃなくて、大陸を滅茶苦茶にした原因が戦争だったから、それに()りて止めたんだ。」

 話を聞いている四人は沈黙した。言っている意味がさっぱり分からなかった。

 それで、レッドは手を挙げた。
「戦争と大災害と、どう関係あるんだ。」

「その大災害の原因は、自然界における何らかの異常によるものなんかじゃなく、戦争に利用された精霊たちが錯乱した結果なんだ。」

「精霊が・・・。」とエミリオがつぶやき、「戦争に利用された・・・?」と、ギルがきき返した。

「そう。利用されたんだ、精霊が。その時代に生きた術使いの多くが、その力を戦争に利用していた。特に、妖術・・・」

 そこで身震いがして、カイルは思わず息を飲み込んだ。続きは口にするのも恐ろしい話だからだ。

「特に・・・妖術を使う者がその力を得る時には、凄まじい邪悪な力が集まってくると言われているんだ。それがついには、遥か古代に封印された恐ろしい神々をよみがえらせる力となり、精霊たちが荒れ狂ったのは、その前兆だったんじゃないかって結論づけられてる。妖術の書には呪いの方法しか記されていなくて、だから、そのあと妖術は撲滅(ぼくめつ)がはかられた。大陸滅亡の危機は、邪悪なことに利用された邪悪な精霊でこの世があふれかえった結果、もたらされたことだよ。」

 レッドはこの時、バルカ・サリ砂漠での呪術による戦いを思い出していた。カイルの話からすると、その時代には、今各地で起こっている戦争に、あの時のようなものもあったということだろうか・・・そう考えると、レッドはぞっとした。

「じゃあ、どうやってその精霊の暴走を止めることができたかだけど、それこそアルタクティスの力にほかならないんだ。それを止めることは誰にもできなかった。その救世主たちが現れるまでは。瞬く間に自然が壊れていったその時、不意に現れて精霊たちを導き、自然破壊を食い止め、邪悪な神々の復活を阻止(そし)してみせた者、それがアルタクティス。」

 誰もが半信半疑ながら、とりあえずは一言もゆるがせにせず、耳をかたむけていた。

 ギルが手を挙げた。
「その大陸、いや、アルタクティスとやらについて、もう少し詳しく知りたい。いったい何をもって救世主とするとか。いきなりそう決めつけられても納得がいかないだろう・・・俺は関係ないがな。」

 カイルはうなずいて、これに答えた。

「アルタクティスは、いわば神に成り代わった者たち。邪道な神々を封印した、正当な神々に。大昔には、神と人間は共存していた。だけど時が経つにつれ、神は人間とはいられなくなり、この大陸を去ってしまう。ところが、いずれ邪悪な神々の封印が解かれること、そして大陸の終焉(しゅうえん)を予見した神々は、それを阻止するために〝代わり〟を選んだ。きっともう、下界へ直接下りることはできなくなったから・・・。その理由は、もともと邪悪な神々によって芽生えた(あく)感情を、人間が何度でも抱くようになったり、様々な思想を持つようになったからだって言われてる。そうして、その彼らの中には、それが発揮された時にしか分からない神の力と精神が(たく)された。この世で最も強力な力だよ。そして・・・。」

 カイルは首から掛けている革紐(かわひも)をたくし上げ、上着に隠れていた箱型(はこがた)のペンダントの中の黒い宝石を見せると、続けた。

「この精霊石の中には、神の命令によって引き合わせる力を持つ精霊が宿っていて、それによって、それを本来持つ者たちは、めぐり逢うことが運命づけられているんだ。救世主であることを示す証拠だよ。」

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