8. アンコール

文字数 1,835文字

「おおっ!」
「わああっ!」

 どっと上がった盛大な拍手に、たちまち空気が掻き荒らされた。賛美の声が乱れ飛ぶ。

「俺、今・・・鳥肌立っちまった。」と、リューイがつぶやいた。

 その隣にいるカイルなどは、周りにいる人々と一緒になって、飛び跳ねながら手を叩いている。

 一方ギルは、また打って変わり爽快(そうかい)な笑顔で佇んでいた。ただその微笑みは、人々の拍手喝采(かっさい)に応えているというわけではなく、単に満足できて喜んでいるだけのこと。気分爽快、と。

 そこへ誰かが駆け寄ってきた。それに気付いて振り向いたギルは、いきなり抱きついてきた彼を、訳も分からないままに思わず受け止めていた。

 白髪(しらが)頭のふくよかな男性だった。この種目で七人目に行射した選手だ。
 彼は、自分よりも背丈がかなりあるギルを見上げて、「素晴らしい!弓は誰に?」と、嬉しそうに問うた。

 感動するあまり飛びついてきたのかと、ギルもやっと理解した。
「父上・・・いや、父親に。」と、ギルは答えた。

「彼は弓師ですか?」
 また別の選手が、手を差し伸べながら(たず)ねてきた。

 気付けば、ギルの周りには選手が全員そろっている。誰もが完敗だという(いさぎよ)い表情で、笑顔を向けてくれていた。

「いえ・・・。」

 ギルはこの時、玉座(ぎょくざ)にいる厳格な顔の父ではなく、熱心に弓矢の扱い方を教えてくれた父の顔がどうであったかを、しみじみと思い出していた。初めて的に命中させることができた時の、あの父の笑顔を。そこには、それを見つめ返している、嬉しそうな顔をした幼き日の自分もいた。

「・・・戦士です。屈強(くっきょう)の。」

 かつて(いち)兵士として戦場に立っていた父のこと ―― 若くして弓兵軍の少将となった―― を(ほこ)らしげに伝えて、ギルは差し出されたその手をとった。

「いい目をしている。」
 そう言って次に進み出てきたのは、九人目の選手だった。優勝を逃した男である。

 そうして、選手はみな次々とギルに握手を求めた。ギルはお馴染(なじ)みの人懐(ひとなつ)っこい笑顔を振りまき、喜んでそれに応えた。

 こうして競技は終了し、三位と準優勝者が呼ばれて表彰台に上がった。どちらも、体格のいい中年の男性だった。

 そして最後に、ほかの追随(ついずい)を許さず優勝したギルが呼ばれた。無論、偽名で。彼は正式名から咄嗟(とっさ)にとって、ギル・フォードという名前でエントリーしていた。

 ギルは表彰台へ向かった。

「頼む、もう一度見せてくれ!」
 どこからともなく、誰かが叫んだ。

 そして、また。

「もう一度見たいわ!」
 再演を望む声である。

 それは、たちまち会場全体から湧き起こった。

 驚いたギルは首をめぐらし・・・呆然とした。

 今までで人を喜ばせたと言えば、戦争で強敵を倒して勝利へ導いたこと・・・つまり、殺人。味方の賛美の声は、悪意を持たない人の死を(ともな)う。誰もが国のため、生活していくための報酬(ほうしゅう)を得るために戦うのだ。手にかけた者の身を案じて待つその家族や、恋人のことを思うと、正直、快いものとは言えなかった。

 だが、この声は違う・・・。
 これほど清々(すがすが)しい気持ちで素直に嬉しく思えたことなど、かつてなかった。

 アンコールは、いつの間にか一つになっていた。

 司会者の男が、何やらギルと話をしている。
 即座にギルはうなずいた。

 ギルは長弓を手に取り、確実に成功させることができる七十メートルの遠的競技を行った位置へと、颯爽(さっそう)と歩きだした。

 歓声がとどろいた。

「さてと・・・俺もそろそろ行くか。」
 そう言いながら、レッドはゆっくりと腰を伸ばした。中途半端な姿勢のままで長時間いたので、いくら(きた)えているとはいえやや(こた)えた。

「ああ、俺たちもあとで観に行くよ。まず、ギルを祝ってやらないとな・・・ってえ。」と(うめ)いて、リューイも痛めた腰に手を当てた。

 カイルは、首をぐるぐると前後左右に倒したくっている。

「俺からも伝えといてくれ。ありがとうってな。」
「ありがとう?」
「ああ、感動したって。」

 レッドは、リューイの情けないへっぴり腰にバシッと気合いを入れてから、二人のそばを離れて観衆の外へ出た。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み