11. 覇者の失態 

文字数 2,497文字

 リューイは人垣に混じって、馬がやってくるのを待った。地面に立てば2メートルはあるだろう、()りの深い顔立ちの大男を乗せている。その着衣の上等さから見て、男は貴族のようだった。(きら)びやかな装身具と明るい衣装をまとって登場したその男を、人々は特別な目で見上げていた。腕に掛けているカラビナ付きのロープ ―― 馬を簡単につないでおくことができる ―― も金糸(きんし)がチラついて装身具同様の派手さ。

 その男はもともと傭兵(ようへい)で、名をブルグといった。

 そしてブルグは、なぜ人々が自分を拝みに集まってくるかを知っていた。彼は、ある競技の覇者(はしゃ)であるから。しかしそれは、弓でも剣でもなかった。

 男が近付いてくると、リューイの周囲では人々がざわつき始めた。

 リューイは自分の周りから聞こえてくる、「ほら、あの人だよ。」とか、「無敵の男だ。」とか、「今年も優勝するかな。」などという声をなぜか少し不愉快に感じながら、その男ではなく馬の方を気にして目を向けていた。何も知らないリューイにとっては、傲慢(ごうまん)にも見える大男を背負っているその馬が、ひどく気の毒に思われたのである。

 というのは、そのブルグは鼻をつんと上げた気取った態度で、優雅に恰好(かっこう)よく、前方よりは周囲の視線を気にしながら進んでいた。集まっている人々はみな彼を英雄扱いしているので、ブルグは王子様にでもなったそんな気分で、やはり前など気にせず、はばかりなく馬を歩かせていた。寄ってくる人々で自然とできる道を、我がもの顔で通っていた。だから思いもよらなかった。

 誰かに横切られようなどとは。

 ブルグは慌てて、手綱をグイっと引っぱった。その拍子に馬が(いなな)いて前脚を上げたせいで、危うく無様に落馬する寸前、ブルグは死に物狂いで馬の背中にしがみついた。とっさに(つか)んだ(くら)から手を放さなかったおかげで、どうにか難を逃れた。しかし、(わら)をも掴む必死な姿を(さら)しただけでも、じゅうぶんマヌケに映ったはずだ。ブルグはそう思い、無性にカッとなった。

 それは、リューイの目の前を通り過ぎて間もなく起こったことだった。

 リューイは腰を落として、馬の脚元を(のぞ)き込んでみた。急停止した理由、道に何かあったんだと。すると、その向こうの路上には、倒れた大きな(たる)と、そして・・・少年の姿が見えた。樽は赤い液体の水たまり ―― おそらく葡萄酒(ぶどうしゅ) ―― に浸かっている。少年はカイルよりもずっと若い子供で、おろおろと怯えているように見えた。リューイは瞬時に推測した。樽は少年が抱えていたもので、視界をほとんど遮られただろう。そう込み入ったものではないこの人垣に気づかず、普通に通ろうとしたんだ。

 リューイはハッとした。

 男が癇癪(かんしゃく)を起こし、カラビナ付きのロープをいきなり振り回したからだ。

「よせ!」

 リューイは瞬く間に飛び出して、馬の前に立ちはだかった。さらには、頭に血が上ったはずみで振り下ろされたそれを、見事な反射神経で取り上げたのである。その拍子(ひょうし)に、ブルグはまた馬の背から滑り落ちそうになって堪えたが、体勢を崩して頭を突き出したその時、リューイが投げ返したものが、こともあろうにブルグの頭からすっぽりと首に(はま)ってしまった。投げつけやすいように、リューイがくるくると巻いて輪っかにしていたから。それについては半分無意識だった。

 ブルグはますます逆上した。
「誰だ、きさまっ。」
「誰でもいいだろ、この高慢(こうまん)ちきヤロウ。」
 リューイはどこぞでたまたま覚えた悪態をついたが、偶然にもそれはよく言い当てていた。

「俺とやる気か。」
 ブルグは(うな)るような声で言った。

 リューイは、険しくなった青い瞳でその男を(にら)みつけたまま、「そんなつもりはない。」と答えた。

 この空気の悪さに、人々は固まっていた。ショックでもあった。つい先ほどまで、その覇者(はしゃ)を尊敬や憧憬(どうけい)の眼差しで見ていたところなのである。

 だが、そんな周囲の重苦しい空気をよそに、一人だけニヤけた笑顔で進み出てきた者がいた。

 レッドだった。

 レッドは、さきほどの二人のやりとりが気に入って、笑いを(こら)えながら出てきた。「ああ、かかって来いよ。」とくるかと思いきや、賢明(けんめい)にも大人の返事をしたリューイのその意外性、それに、売り言葉が肩透かしを食らわされたブルグがおかしくて、顔に出さずにはいられなかった。

 そして、ギルやカイルだけでなく、いつの間にかエミリオやシャナイアも、仲間全員がこの場にそろっていた。実際には、ギルとカイルはリューイのすぐあとから、そしてエミリオたちはレッドとほとんど同時にこの騒動(そうどう)に気づいたのだが、それもついさっきのことだ。そのため、レッドやエミリオたちには事情はよく分からなかった。

 レッドはブルグを決して嫌ってなどいなかったが、ただ、過去の経験から手を焼かされたという多少の(うら)みがあり、好印象を持ってはいなかった。※

 その男ブルグは、レッドがこれまで受け持った多くの隊員の中でも、最悪のトラブルメーカーだったのである。任務中であるにもかかわらず仲間内で喧嘩をおっぱじめるは、呆れ果てたことには、茂みにシャナイアを連れ込んで、彼女に乱暴しようとしたのだ。ただ、それに関しては、レッドが制裁を下すまでもなかった。ブルグは彼女に手を出す前にもう、たっぷりとその報復を食らっていたのだから。※

 レッドはリューイと肩を並べて、ブルグの目の前に立った。
「久しぶりだな、ブルグ。」

 恥をかかされた男(リューイ)と、ずいぶん年下のくせして(えら)そうに上に立たれた男(レッド)を一度に見たブルグは、ますます不機嫌になった。




※ 『アルタクティスzero』―「外伝3 レトラビアの傭兵」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み