失踪
文字数 1,593文字
空に一番星が瞬きだした頃、城下町の海岸側は一段と活気づく。安い料理屋や酒場が
店内には、オリーブ油で焦げる肉や魚の香ばしい臭いが
この国では、豊富に獲れる魚介類はずいぶん安く食べられた。味付けには岩塩や
その立ち並ぶ酒場の一つに、剣を腰に帯びた若い男が駆け込んできた。
オリーブ色の長髪を一つに
混みあう客席を
「大変だ、皆聞いてくれ!」と。
だが目を向ける者はいなかった。連中の誰もがギャンブルで
「スエヴィ、先に言っておく。冗談はその面だけにしとけ。」
鼻の下に細く髭を生やした男が、チラとも目をくれずに言った。
「レッドがお嬢様と駆け落ちしたんだと!」
「今日も
「ていうか、それって
また別の男がそう口を挟んだ。
「駆け落ちよりは失踪だな。」と、また違う男が言った。
誰も彼もがスエヴィの顔を見もせずに、ただひたすらカードのマークや数字を
「・・・
一人がそう取り上げて口にすると、テーブルを囲む全員が、
なにしろスエヴィは、冗談でない面をしていた。
「どういうことだ。」
「知るかよ。けど、直接城のヤツに聞いたから確かだ。」
その召使いは、お嬢様を捜索中に、知人であるこのスエヴィに
「あのヤロウ、俺たちに一言の挨拶も無しで。」
「お嬢様が一緒だからじゃないか。」
「そんなこたあどうだっていいが、あいつめ、いったい何考えてんだ。」
「けどあいつのことだから、何か考えがあるんだろう。」
「どう考えたって正気の沙汰じゃないだろ。閣下のご令嬢だぞ、あの子は。」
たちまち口々に騒ぎ出したが、彼らがそのお嬢様・・・ミーアを、実はここトルクメイ公国の公爵令嬢であると理解したのは、つい数日前のことだ。しかも、その驚くべき瞬間は、ここで起こった。
その時の彼らは、愛想のいいミーアのお
そして、さすがに血相を変えた彼らの前から連れ戻される時、ミーアは同じセリフを夢中で連発していた。
「いやーっ、放して!まだ帰りたくないんだってば!レッド、助けてレッド!」と。
だが、レッドもまた
「とにかく、えらい事になったぞ。」
顔を見合った一同は、そのあと言葉もなく黙り込んでしまった。
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