17. レッドと孤児院の少年たち

文字数 1,837文字

 出発を遅らせることになったレッドは、リューイとミーアの二人を連れて、イデュオンの森に来ていた。本当のところは、ミーアには完調するまでおとなしく休むよう言いつけたものの、すっかり回復した気分でいるので嫌がられ、どうしようもなかったために、少しだけ気分転換に出てきたのである。

 そのレッドは、ミーアをリューイに任せて、一人思い出 深い場所へと向かっていた。

 そこは以前、レッドがこの町に滞在中に、孤児院の子供たちに剣術を教えてやっていた場所。だが、レッドはその少年たちに会う気はなかった。少年たちに、自分が一時的にでも、この町へ戻ったと知られてはならないからである。だからただ、もしそこにいるなら、そっと様子を(うかが)いたかったのだ。あれから毎日欠かさず続けているだろう、稽古(けいこ)に励む姿を。

 だが、レッドがそこへ行ってみると、残念ながらその姿はなかった。

 昼下がりのこの時間に、ここにいない・・・となると、もう一つ思い当たる場所があった。だが、今のレッドには、そこまで行くことはできなかった。その場所とは、岩山の近くに建てられた狭い住処(すみか)で、普段は子供たちの基地として開放してある冒険家の家だ。滅多(めった)に帰っては来ないその旅人の留守のあいだ、そこの管理を一応任されているのが、ミーアのほかにもう一人自分を参らせてくれる女性、イヴだからである。

 イヴは修道女としての務めを終えたあと余裕があれば、修道院に戻る前に、そこに寄るのを日課としていた。だから、そのことを知っているレッドがそこへ行くには、戦に(おもく)く以上の勇気が必要なのである。

 だが、今はまだ昼下がり。この時間に鉢合(はちあ)わせる可能性はゼロに近い。とはいえ、ただ子供たちの稽古(けいこ)に励むその姿と上達ぶりを知りたかっただけのレッドは、結局、子供たちがやってきたら気付きそうな場所に隠れて、少しだけ待ってみることにした。

 それでレッドは、大きな岩陰の(くさむら)の中に横になった。周りには視界を(さえぎ)るものが多くあり、子供たちが孤児院、もしくは基地の方からやってきても、隠れて寝転がっている姿を見られることはないだろう。

 レッドは、色とりどりの花が咲き誇る間の、柔らかい草の絨毯(じゅうたん)に寝そべって目を閉じた。

 カーン、カーン!
 カシッ、カーン!

 レッドの耳に、何かを激しく打ち合う音が飛び込んできた。
 レッドはパッと目を開けて、その音がする方へと慎重になりながら進んでいった。

 やがて面上に、嬉しさと安堵(あんど)が混ざり合ったような笑みが広がる。

 レッドは大木の陰から、子供たちが自分の教えたことを完璧にこなして、威勢(いせい)のよい雄叫(おたけ)びを上げながら元気よく木刀を打ち合っているさまを眺めた。

「俺たち、強くなったかな!」
「まだまだ、お兄ちゃんが帰ってきたらびっくりさせてやろうよ!」
「帰ってくるかな・・・。」
「大きくなったらロナバルス王国に行こうか。」
「ダメだよ、皆のことは誰が守るのさ。」
「そうじゃなくて、お兄ちゃんがいるかもしれないだろ。」
「お兄ちゃんは帰ってくるよ。だって、お姉ちゃんが待ってるもん。」
「そっか。」

 その会話を聞いていたレッドは、思わず視線を落として背中を向けた。
 それから、そっと離れて、静かに来た道を戻って行った。





「ひと雨降りそうだな。」

 頭上まで伸びてきた灰色の群雲(むらぐも)を見上げて、リューイは(つぶや)いた。そして、眼下にいるレッドとミーアを見た。そうして二人を見下ろしているのは、リューイが大木の枝に腰掛けているからである。

 それまでは、リューイはミーアに木登りを教えて遊んでいた。だが戻ってきたレッドに「頼むから止めてくれ。」と(しか)られて、ミーアを下ろしたあとお()りを交代し、ひと眠りしようとまた同じ木によじ登ったのである。

 ミーアは、ニックが用意してくれたパンの切れ(はし)を、小鳥の(えさ)にしてはしゃいでいた。その少女の周りには、色鮮(いろあざ)やかな青や黄色や緑の羽を付けた野鳥が、次々と舞い降りてきている。そしてそばには、両腕を組んで(たたず)んだまま見守るレッド。いや、見守るというより、見張っている感じだ。そうでもしていないと、このお嬢ちゃんはいつどこへ消えてしまうか分からない。

 涼しい風が吹いた。

 何となく気だるくなり始めたリューイは、背中を倒して太い(みき)(もた)れかかった。そして、眠気が刺したように感じて(まぶた)を閉じたが、ややすると薄目(うすめ)を開けて、もう一度二人の姿を確認した。陰気(いんき)な雲が広がり始めたものの、まだ帰る気配はなさそうだ。

 リューイは、小鳥のさえずりに(さそ)われるように眠った・・・。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み