17. 決勝戦
文字数 1,917文字
岩が取り換えられた。遠目にはサイズの違いは分かり辛いが、ブルグが聞いた話では、過去の決勝戦では300キロ近くを挙げていたという。
ここまではブルグにも経験がある。去年の防衛戦はここまでにも至らなかった。ただ本音を言えば不安はあった。年を重ねるにつれ、もう体力も筋力も衰えていく。ましてや現役を引退していることで。しかし今回、もし王座を奪われることになろうと、その相手については想像もしなかった事態だ。
ともあれ、ついに優勝を争う一対一の対決となった。
まずはブルグから。
バーベルの前に立つと、ブルグは横目使いにリューイを見た。
リューイはまた真剣な顔で、腕組みをしてじっと見ている。それは、バーベルの方をであったが。
そしてその表情は、ブルグには、もはや自信がなく不安でいるようには見えなくなっている。
高を括 っていた・・・と、ブルグは認めながらも首を振った。そして、まだ大丈夫だと自身に言い聞かせると、決勝戦に臨んだ。
ひとまず思い通りに成功した。
静かな拍手が流れる。
続いて、リューイの番。
固唾 を呑んで見守る観衆。
若い挑戦者を見る周囲の目は、すでに180度変わっている。ここでその金髪青年が敗れれば、今年もブルグの優勝となり、あまり面白くない結果だ。
会場内には、そんな期待が音もなく広がっていった。
ところがどうしたのか、リューイはバーベルを握りしめたまま、一向に腰を上げようとしない。目を閉じて、微動だにせず固まっている。今まで余裕で終わらせていただけに、観衆たちも心配しだす。
沈黙の中で、会場の空気が徐々に萎 えていく・・・。
対照的に、ブルグ一人だけは密かに安堵 の笑みを浮かべていた。
だが、そうではなかった。リューイは今、いわゆる精神統一というものを行っている真っ最中。
何事も力任せにしてはいけない。気力、精神力、集中力、あらゆる能力が絶妙のタイミングで一つとなった時に、最高の力は発揮されるもの。思うままに、その力を使えるようにならねば。何事もおざなりにせず、日頃から心掛けておくがいい。
師匠のそんな言葉を、しみじみと思い出していたのだ。
リューイが腰を上げた。
事を成し遂げるのは数秒である。心配するまでもなく、気付いた時には、彼はこれまでと同じ調子で、それを速 やかに持ち上げていた。
人々は快哉 を叫んだ。
「いいぞ!」
「頑張れ!」
声援が飛び交う。
観衆たちは、今や一つとなっていた。興奮して大声を上げ、頭上で腕を振り回す者や、指笛を鳴らす者などいろいろ。
ブルグは内心で毒づき、唇をかんだ。
ふと気づけば、司会者と関係者たちが集まり、何やら話し合っている。
やがて一度も使われることがなかった大岩が一つずつ、運搬用の鉄棒に取り付けられて、係員総出で運ばれてきた。
そして、司会者によって告げられた。次の審査方法は、引き上げた高さを競うものとすること、と。それというのも、大会初となるその重量は、360キロ。
ブルグは驚いて、緊張しながらその物体を見澄ました。
あれを少しでも持ち上げられれば、俺の勝利は確実だ。そう信じて、自身を励ましながら、わだかまる不安を無視するように踏み出した。そして、司会者がその都度 差し出すタオルで両手を拭 き上げ、未体験のものの前に立った。
バーベルに手を伸ばすと、カウントが始まる。
準備ができたブルグは歯を食いしばり、渾身 の力をこめた。
突然、ひどい無力感が襲ってきた・・・ピクリとも動かない。精一杯やったが、どうにもできそうになかった。
続けて、もう一度試みた・・・が、結果は同じ。
ブルグは力無く手を休め、またリューイを見て、それから目だけで観衆を見回した。彼らの視線が、冷淡に突き刺さってくるように思われた。
ブルグは、周囲の目を気にして足が震えるのを必死で堪 えたが、滲み出す冷や汗までは隠せなかった。ちらりと横目にリューイを見た。さらに蒼白な面持ちになる。リューイは先ほどと同じ様子だったが、その無表情な顔も、今のブルグには内心嘲られているようでならなかった。
制限時間が迫ってくる。心の中で、焦りと不安、それに自尊心などが複雑に渦巻いていた。
「くそっ!」
少し休んだ甲斐 あって、やっと数センチ浮かせることができた。
すぐに、どしんと降ろされた時には、そばにいるリューイも地響きを感じた。
それは確かに認められた。
ここまではブルグにも経験がある。去年の防衛戦はここまでにも至らなかった。ただ本音を言えば不安はあった。年を重ねるにつれ、もう体力も筋力も衰えていく。ましてや現役を引退していることで。しかし今回、もし王座を奪われることになろうと、その相手については想像もしなかった事態だ。
ともあれ、ついに優勝を争う一対一の対決となった。
まずはブルグから。
バーベルの前に立つと、ブルグは横目使いにリューイを見た。
リューイはまた真剣な顔で、腕組みをしてじっと見ている。それは、バーベルの方をであったが。
そしてその表情は、ブルグには、もはや自信がなく不安でいるようには見えなくなっている。
高を
ひとまず思い通りに成功した。
静かな拍手が流れる。
続いて、リューイの番。
若い挑戦者を見る周囲の目は、すでに180度変わっている。ここでその金髪青年が敗れれば、今年もブルグの優勝となり、あまり面白くない結果だ。
会場内には、そんな期待が音もなく広がっていった。
ところがどうしたのか、リューイはバーベルを握りしめたまま、一向に腰を上げようとしない。目を閉じて、微動だにせず固まっている。今まで余裕で終わらせていただけに、観衆たちも心配しだす。
沈黙の中で、会場の空気が徐々に
対照的に、ブルグ一人だけは密かに
だが、そうではなかった。リューイは今、いわゆる精神統一というものを行っている真っ最中。
何事も力任せにしてはいけない。気力、精神力、集中力、あらゆる能力が絶妙のタイミングで一つとなった時に、最高の力は発揮されるもの。思うままに、その力を使えるようにならねば。何事もおざなりにせず、日頃から心掛けておくがいい。
師匠のそんな言葉を、しみじみと思い出していたのだ。
リューイが腰を上げた。
事を成し遂げるのは数秒である。心配するまでもなく、気付いた時には、彼はこれまでと同じ調子で、それを
人々は
「いいぞ!」
「頑張れ!」
声援が飛び交う。
観衆たちは、今や一つとなっていた。興奮して大声を上げ、頭上で腕を振り回す者や、指笛を鳴らす者などいろいろ。
ブルグは内心で毒づき、唇をかんだ。
ふと気づけば、司会者と関係者たちが集まり、何やら話し合っている。
やがて一度も使われることがなかった大岩が一つずつ、運搬用の鉄棒に取り付けられて、係員総出で運ばれてきた。
そして、司会者によって告げられた。次の審査方法は、引き上げた高さを競うものとすること、と。それというのも、大会初となるその重量は、360キロ。
ブルグは驚いて、緊張しながらその物体を見澄ました。
あれを少しでも持ち上げられれば、俺の勝利は確実だ。そう信じて、自身を励ましながら、わだかまる不安を無視するように踏み出した。そして、司会者がその
バーベルに手を伸ばすと、カウントが始まる。
準備ができたブルグは歯を食いしばり、
突然、ひどい無力感が襲ってきた・・・ピクリとも動かない。精一杯やったが、どうにもできそうになかった。
続けて、もう一度試みた・・・が、結果は同じ。
ブルグは力無く手を休め、またリューイを見て、それから目だけで観衆を見回した。彼らの視線が、冷淡に突き刺さってくるように思われた。
ブルグは、周囲の目を気にして足が震えるのを必死で
制限時間が迫ってくる。心の中で、焦りと不安、それに自尊心などが複雑に渦巻いていた。
「くそっ!」
少し休んだ
すぐに、どしんと降ろされた時には、そばにいるリューイも地響きを感じた。
それは確かに認められた。
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