5. 大道芸への誘い

文字数 2,024文字

 そう(つぶや)いたエミリオの美貌を満足そうに眺めていたシャナイアは、そこでにっこり微笑むと言った。
「提案してあげましょうか?」

 周りにいる者たちは彼女に注目。

「何か楽器使えるかしら?」

 エミリオは答えた。
「フィルートなら・・・。」

 フィルートとは、伸びやかに震える音色が心地よく響き渡る管楽器(いわゆるフルート)である。
 幼少時代から音楽の英才教育を受けていたエミリオは、ほかにもいくつかの楽器を(かな)でることができる。中でも得意とするのが、その横笛だった。饗宴(きょうえん)の舞台で天才ぶりを披露してみせると、高貴な来賓(らいひん)たちはうっとりと酔いしれ、ご満悦でその楽の音を賛美したものだった。

「フィルートか・・・ちょっと合わせにくそうだけど、まあいいわ。」
「おい、なに(たくら)んでる。まさか・・・。」
 レッドにはすぐに予想がついた。 
「私と組むの。」
「怪我人だぞ。」
「ちょうどいいじゃない。座ってるだけでいいもの。」そしてシャナイアは、エミリオに向かって手まで合わせてみせながら、「椅子くらいすぐに用意するわ。だからより多くのお客を集めるために、ね、お願い。」と、熱心に頼みだしたのである。
 レッドがまた口を出した。
「楽なんていらんだろうが。()め言葉として言うけど、その顔なら色目(いろめ)を使えばイチコロ――」
「お馬鹿、女の客も引きたいのよ。」
 レッドは呆気にとられた。 

「それで役に立てるのなら、ぜひ。」
 エミリオはシャナイアにではなく、足を心配してくれるレッドを見て、大丈夫だというしるしに笑顔を向けた。

 その(かたわ)らでは、ギルがエミリオにはいい体験だとうなずいていた。

「決まりね。」
 喜んで手を打ち合わせたシャナイアには、まだ考えがあった。それで、彼女が次に微笑みかけた相手は、ミーアである。
「ところで、その可愛いらしい女の子は、何てお名前かしら。」

 ミーアは、すぐには名乗らずにレッドの顔を窺う。
 いくらか(あきら)めたような顔で、レッドは一つうなずいてみせた。

 ミーアは底抜けに明るい笑顔をみせた。やっと堂々と名乗ることができる。
「ミーア。」
「そう、顔に似合う可愛い名前だわ。」
 腰を落としてミーアと面と向かい合ったシャナイアの声が、猫撫(ねこな)で声に変わった。
「えっと・・・じゃあミーアちゃん、あのね、お手伝いしてくれないかなあ。」

 レッドは顔をしかめた・・・。

「あのね、お小遣いがもらえるのよ。それを集めて欲しいの。できるだけたくさんの大人の人に、あとで教えることを言ってもらえると嬉しいんだけど。」
「何考えてんだ!」
 たちまちレッドが怒鳴った。
 全く動じることなく、シャナイアは肩越しに目を向ける。 
「ちゃんと許可はもらってるわよ? 大道芸だって、ちょっとは出店料払わされたんだから。」

 それにミーアの無邪気な声が続いた。
「やりたいっ!」
「ダメだっ! ダメだ、ダメだっ!」
 レッドは猛反対。
「どうして?」
 シャナイアには、レッドがそこまでムキになる訳が分からない。
「どうして・・・って。」
 レッドは急にしどろもどろになった。姫だから・・・とまでは、今はさすがに明かせなかった。
「とにかく、ダメだったら、ダメだ。」

 そこで背中をつつかれて、レッドは背後を見た。
 リューイだった。

「思いっきり、冒険させてやるんじゃなかったのか。」

 その一言がきいて、レッドはまた苦い顔になる。
 そしてそばには、すっかりむくれてしまったミーアが。

「・・・ったく、しょうがないな。」
 派手なため息をついてみせてから、レッドはしぶしぶ承知した。

 一方、大喜びではしゃいでいるミーアの隣では、カイルが首を伸ばして遠くを見ている。武器を帯びた団体が、足並みをそろえて鬱蒼(うっそう)たる森の方へ行くのを、カイルは目で追っていた。

「あの人たちは。」

「ああ、彼らはこの村の農夫だけど、狩りもするのよ。それで、これから猛獣を退治しに行くんですって。なんでも今朝、あの森で黒ヒョウが出たっていう通報があったらしくて。それも大きな。旅芸人が連れてた大きな犬ならさっき見たけど。」
 そう答えたシャナイアは、それから呆れたというように腰に両手をあてた。
「この村も暢気(のんき)よね。普通なら、お祭りどころじゃないはずなのに。まあ、これほど各地から人が集まると分かっていただけに、そうもいかなかったんでしょうね。でもこんな場所にヒョウなんてほんとにいるのかしら。熊の間違いかもね。」

 彼女の言葉を、途中からリューイ一人だけは聞いていなかった。ただひたすら、その森を凝視(ぎょうし)していた。不安にとりつかれた、にわかに強張(こわば)った顔で。

 大きな・・・黒ヒョウ。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み