⒐  精霊使い

文字数 2,278文字

 それから、どれほど経っただろうか・・・。やや長い時間が過ぎて、ようやく砂嵐は徐々に落ち着き、収拾をつけ始めた。

 それを起こした精霊が次第に身を引いていくにつれ、ここに自然の暗闇が広がっていった。頭上には見渡す限りの星明りと、その下には黒い砂丘のシルエット。というのは、先ほどまでの壮絶な戦いの間に、すでに夜が訪れていたのである。

 そして、カイルの呪文を唱える声が止んだ。弱々しく消えていくように。

 リューイは何か言葉をかけようと、カイルの顔を覗きこむ。だがその時、それよりも先に動いた左腕が、素早くカイルの胸の前に回っていた。いきなり(かたむ)いた少年の体を、とっさに支えたのだ。

 意識が無かった。
 だが、カイルはそうなってしまう直前に、やりきったあとに、一言だけ胸の内で呟いていた。
 助かった・・・と。

 その場に足を組んだリューイは、とうとう力尽きた少年の頭を、自分の膝の上にそっと乗せた。それから、さっきまで目にしていたことは、確かに夢でも幻でもない・・・という複雑な表情で、戦い疲れたカイルの顔をじっと見下ろした。そうしながら、前髪が張り付いているカイルの(ひたい)を手でそっとなでた。汗で濡れている顔は、夜風に吹かれてじっとりと冷たかった。 

 そこへミーアを抱いたレッドが歩み寄ってきて、ため息をつきながら向かいに腰を下ろした。
 (つか)の間、二人は何とも言えない顔で目を見合った。

 「ミーアもか。」
 「ああ。カイルよりもずいぶん前に。」
 「だろうな。」
 リューイは(いた)わるようにミーアを見つめ、同じ目を膝の上に落とす。
 「(すご)かったな。」
 レッドが言った。
 「ああ・・・凄い戦いだった。」
 「よく耐えてくれたもんだ、こんな華奢(きゃしゃ)な体で。」
 「まったくな。」

 頭上には、満天の星が広がっている。その穏やかな夜空を眺めていると、つい先ほどまでの出来事が嘘のようにも思えてくる。
 だが、疑いようもないことだった。二人は、胸の内に渦巻いている衝撃や戸惑を語り合って、整理をつけたい気もした。が、確かに目の前で、見事なまでに神秘なる力を駆使(くし)してみせた少年を一緒に見下ろすことで、その複雑な心境の全てを片付けた。

 「精霊使い・・・か。」

 それからしばらくすると、二人には思いのほか、カイルは自然と意識を取り戻したのである。
 カイルは、リューイを見上げた。はっきりしない(うつ)ろな眼差(まなざ)しをしている。

 「気がついたか。」
 「砂嵐は・・・。」
 「消えたよ。お前が倒れる前に少しずつ。」
 「なんで・・・誰が・・・。」
 「何言ってんだ。あんなおかしな砂嵐、あれもお前じゃないのか。」
 「僕・・・?」

 カイルは両手を目の前にもってきて、ぼんやりと眺めた。その目は、自分の体の一部を見ているのではなく、何か別のものでも見つめているようだった。

 「僕の・・・力?」
 リューイにもよく聞き取れないほどの掠れた声で、カイルは(つぶや)いた。

 「立てるか?」
 リューイにそう言われると、カイルは一つうなずいて、自ら体を起こしてみせた。

 どうやら大丈夫な様子。レッドも安心して腰を上げ、荷物を取りに向かう。そしてミーアを左腕だけで(かか)え直すと、右肩に荷物を(かつ)ぎ上げた。

 それから、浮かない顔でこう言った。
 「さてと・・・寝床を探すか。」

 探すと言っても、動き回るわけにはいかない。もはや月と瞬く星明りだけの今となっては、下手に動けば方向を誤る恐れがある。よって、この辺りで寒さを凌ぎながら、太陽が昇るまでじっと待つのである。

 レッドは首をめぐらした。そして、夕焼けの中で確認していた奇岩群(きがんぐん)の影らしきものを見つけると、リューイとカイルを(うなが)してそちらへ爪先を向けた。

 するとそこへ、歩行せずにすうっと近付いてきた人の姿が。

 カイルは、にわかに足を止めた。
 「え、ほんと⁉」

 突然上がったその歓声に、レッドとリューイは足を止めて肩越しに振り返る。

 カイルは声を(はず)ませて、言った。
 「砂漠を抜けられるよ。」

 何を根拠(こんきょ)に・・・と、二人は首をかしげ合う。

 するとカイルは、真横(まよこ)を指差してこう付け加えた。
 「この子が案内してくれるって。僕のことが気に入ったから話がしたいって。」

 レッドとリューイには、何も見えない。
 だがもはや驚かされることはなく、そこに霊とやらがいることも瞬時に理解できた。

 それはまだあどけない少女の霊だったが、カイルは冗談めかして、こんな一言。
 「僕って魅力的だから。」

 ふっと笑い声を漏らし合った二人は、「ああそうかい。」

 今度はカイルを先頭に、いや、その少女の霊のあとについて、彼らは再び歩きだした。
 右手で荷物を、そしてもう片腕でミーアを大切に抱いているレッドは、身動き一つしない少女の顔を不安そうに(うかが)いながら歩いていた。確かに伝わってくる温もりだけに安堵(あんど)感を得て。

 やがて一行(いっこう)は、砂漠の夜風に(あお)られる砂が、足元でさらさらと流れていくのに逆らいながら、そのまま大きな砂丘を一つ横切った。

 その(ふもと)の砂は(よど)んでいた。

 そこには、戦いに敗れてぴくりとも動かなくなった抜け(がら)が二体、横たわっていた。




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