⒖  思わぬ再会

文字数 2,271文字

 「一体どうなってんだ。」
 突き出された剣を(はじ)き返したあとで、レッドはそうぼやいた。

 昨夜、この森に入ったばかりの一行(いっこう)。水分補給のために川の方へと下りてきたところ、突然、目の前に現れた集団に道を(はば)まれたのである。それも、いきなり抜き身の剣を向けられて。

 狙いは、またもやカイルだ。

 しかも今度は、運悪く出くわす盗賊などとはわけが違う。おそらく、傭兵(ようへい)。それは相手の身なりや、戦闘能力から察しがついた。そうすると、誰かに(やと)われている・・・ということになる。

 こうなればもう、「僕って魅力的だから。」で済まされる話ではないと、レッドは戦いを意識しながら、背後にいるカイルを一瞥(いちべつ)した。

 そのレッドのそばには、同じように(ひか)えめな戦い方をしているリューイがいる。
 実際、リューイには、相手の攻撃の出方が手に取るように分かるし、(すき)あらば痛烈な ―― 彼にとっては遠慮がちな ―― 一撃を見舞ってはいたが、鮮やかに敵の剣を受け流しているレッド同様、悪戦苦闘しているのもまた事実だった。

 なんせ、自由な行動が利かない。そのうえ厄介なことには、相手もなかなかに素早い。リューイがこれまで相手にしてきた ならず者とは、格段の差があった。剣術というものを体得し、戦慣れしたその男たちは、リューイの予測困難な動きにも(きた)えた反射神経を生かして、間もなく冷静に応戦し始めたのである。そのため敵を、いやミーアを気使っていては、盗賊を相手にした時のように、技一つもやすやすとは決まらなかった。木々に囲まれているこの窮屈(きゅうくつ)感にも堪えかねていた。リューイは、暴れたくて仕方がないと言わんばかりの形相(ぎょうそう)で、小回りに奮闘していた。

 弱肉強食の野生で生きてきたリューイの中には、「やられる前に、やる。負かす。」という原則がある。諸事情や状況から例外はあれど、それに基づき基本的には割り切ってやってきた。
 なのに、そんなリューイが怪我を負わせることすら躊躇(ちゅうちょ)しているのは、レッドが一向に反撃に出ようとしないからだ。その理由を、リューイも何となく察しているためだった。

 だがそのレッドも、一つ決断しようとしていた。ミーアが耐えられるかという不安はあったが、守りきるためにはやむを得ない。今度の相手は戦いに慣れている戦士だ。幾多の戦場を踏んできたと見える肝の据わった男たちが、ちょっとやそっと(おど)した程度で引き下がるとは思えない。このままでは(らち)が明かない。
 ただ、それだけに相手が警戒していることにも、レッドは気づいた。こちらが本領を発揮できないことに、敵も感づいているようだ。
 それなら、はっきり実力を分からせればいい。そのうえで、まだしつこくするなら本気でいく・・・ということを。もし傭兵なら、割に合わない仕事だと決定的になれば、(あきら)めるだろう。

 レッドが意を決したその時、リューイもついに言った。
 「レッド、頼む・・・。」と。
 「俺も今、そうしようと思っていたところだ。」
 レッドは低い声で答えた。
 リューイは、イライラを発散させるかのごとく()えた。

 そして、それぞれの攻撃態勢に切り替わった、まさにその時。

 そばの茂みが騒々しい音をたて、そこから人影が二つ飛び出してきたのである。

 間に割り込むようにして現れたその二人は、両者を(へだ)てて立つと、ゆっくりと大剣をまわした。彼らが敵視しているのは多勢の方だ。

 切っ先を向けられた男たちは、迫力に押されて思わず一斉(いっせい)に下がった。

 誰もが唖然としていたが、レッドもリューイもすぐに気付いた。不意に現れたその男たちとは、初対面ではないことに。

 その男たち・・・長身の大剣使い。共に二十代半ばほどの若者で、ヴェネッサの町のニックの店で会った。一人は稀有(けう)な青紫色の瞳が印象的で、もう一人は顔そのものが、その世にも稀な美貌が忘れようもなかった。

 一方、ただミーアを抱いて、邪魔にならないよう身を縮めるしかできなかったカイル。だが、ミーアを気にしていたその目を、この状況の変化に気付いて上げるなり、大きな衝撃に見舞われていた。その目は、いきなり現れた助っ人のうちの一人に釘付けになっている。あんぐりと開けた口もそのままに。それは、カイルに、自分が狙われていることなどを一気に忘れさせるほどだった。

 「気でもふれたか。」
 青紫の目の男が、そう言って向かい合っている謎の集団を見据(みす)えた。

 そして、もう一人の美貌(びぼう)の男は、相手から目を放さずにレッドの方へ少し首を向けると、「下がって。」と(うなが)した。

 その一言で理解したレッドも、あわてて言った。
 「悪いが、できるだけ殺さないでくれ。」と。

 レッドは、彼らの戦闘能力がかなり高いことを、瞬時に悟ったのである。まずこの状況で、その堂々とした(たたず)まい。飾りでなければ、大剣使いはそれだけで腕がたつと分かる。現に片腕でゆるぎなく持ち上げているのだから、そうとうな腕力がある。きっと体力も優れているだろう。 

「できればでいい。向こうは本気だ。」

 美貌の男は敵を意識しながらレッドの目を見て、それからカイルの肩に(ひたい)を押し付けて震えているミーアを見た。
 彼は、目で微笑してそれに応えた。




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