4. 酷似の二人-1
文字数 2,401文字
「レッドは誰もが憧れる存在だったよ。あいつがこの町に来たのは一年と少し前のことだ。ある一人の修道女に助けられたのをきっかけに二人は――。」
その話しぶりが次第に物語を語るような調子になってきて、興味をもったミーアが身を乗り出したその時、しばらく離れていた二人が戻ってきた。
それに気付いたニックは、素早く話を中断してそ知らぬふりを気取ったが、階段を下りてくる途中からミーアの様子を見つめていたレッドには、察しがついていた。
「おやじ、つまらない話はするなよ。」
「えっ、なんのことだ。」
ニックはなみなみに注いだジョッキを二人に出してやりながら、とぼけてみせる。
レッドはじろりとひと睨 みして釘を刺し、「ミナもおとなしくそれ飲んでろ。」と、言いながらリューイにジョッキの一つを手渡した。
するとリューイは、まずその黄色い液体の匂いを嗅ぎ、それから一口飲み下して、あからさまに顔をしかめた。
「これ・・・なに。」
「口に合わないか。」
「いや・・・悪くない。でも・・・。」
「頭はいかれるかもな。けど死にはしないさ、飲み物だ。」と、答えてやったあと、レッドは店の隅を指差した。
「リューイ、向こうへ行かないか。今あそこで、頭を使う勝負ってのをやってる。そんな勝負知らないだろう、教えてやるよ。」
そうして、リューイをその小さな賭博 場へと誘ったレッドがそばからいなくなると、話の続きが聞きたくて仕方が無かったミーアは、見計らっていたかのようにまた身を乗り出した。
「ね、それからどうなったの?」
ところがニックは、手元のグラスをやたらと丁寧に拭きながら、「え、あ、うーん・・・どうだったかなあ。昔のことは忘れたなあ・・・。」と、ごまかした。
「ずるーい、途中で止めちゃうなんて!」
「勘弁、ミナちゃん。」
ニックは肩を竦 めて苦笑した。
レッドとリューイは、客席の間の狭い通路を縫うようにして通っていた。そのために、腕や腰がほかの客の背中や椅子に軽く当たる。
「おっと、すまない。」
「いや。」
その度に、何度このような気さくな言葉を交しただろう。しかしこの時ばかりは、レッドもその場に立ち止まらずにはいられなかった。彼は無遠慮に、思わずぶつかった相手の顔に目を凝 らしていた。
その人は、稀 な青紫色の瞳をもつ二枚目の男だった。
だが、男であるレッドが、その端整な顔に魅せられたというわけではない。よく知っている顔なのだ。ただ、知っているその本人とは限らない・・・というより、有り得ない。
なぜならその顔は・・・。
「驚いた、あんた似てるって言われるだろう。」
「え・・・。」
「アルバドル王国の王子に。」
気のせいか、その時レッドには、相手が少し戸惑っているようにも見えた。
「いや、えっと・・・ないな。」
「嘘だろ、信じられない。」
「なぜ。」
「だってあんた・・・戦士だろ。剣を持ってる。」
レッドは、男の席の横に立てかけられているそれを指差した。
つまりそれは、戦の経験があれば戦友にかの王子の顔を知る者がいるはずであり、何度か言われていて当然だろうという推測に基づいているのである。
「ああこれは・・・護身用さ。戦場に立った経験はない。腕には自信あるんだけどな・・・はは。」
「その剣、よければ見せてくれないか。」
「え、ああ・・・いいとも。」
少々ぎこちない手つきで、男はレッドに剣を手渡した。
鞘 からもう少し引き抜いてみたレッドは、その見事な刃の質や輝きにため息をついた。高価な素材が使われているに違いない。
「素晴らしい大剣だ。高かったろう。」
「そうでもないさ。」
「手入れも完璧だ・・・が、そうとう使い込まれている。本当に戦場の経験はないのか。」
レッドは剣を返しながらきいた。
「みっちり稽古 は積んできた。相手もいた。」
「じゃあ、面と向かって言われたことがないだけかもな。噂も聞いたことないのか?」
「あ、ああ、えっと・・・ヘルクトロイの戦いとか・・・だろ。それなら知ってる。」
すると、レッドは少し高揚した声で言った。
「あの戦、想像を絶するな。俺は、エルファラムの王子の顔はかなりの美貌ってことしか知らないが、あの二人の英雄が対戦するなんて、まさに世紀の対決ってヤツだな。二人共に見事な大剣の使い手で・・・。」
そこでふと、レッドは妙な気持ちになり、彼の大剣に視線を落とす。
そんなレッドに、男は苦笑を向けた。
「そんなに似てるか。」
「ああ、似すぎにもほどがある。酷似 ってのを通り越してるぜ。」
その時 。
「おいこら、てめえ、こんな所にいたのか!」
背後から聞こえたその怒鳴り声に、たちまちレッドは硬直した。
この声は・・・スエヴィに違いない。
そして、バツの悪そうな顔で肩越しに振り向いたレッドの目に、案の定、呆気 にとられた、怒り狂った、嘆 かわしいと言わんばかりの、とにかくもの凄い見幕のスエヴィ・ブレンダンが駆け寄って来るのが見えた。
ところが・・・スエヴィのその複雑な表情は、レッドと面と向き合う直前で、仰天 の二文字に一変した。レッドが話している相手の向かい、そこにいるもう一人の連れの顔がどうであるかに気付いてのことだ。
その男もまた非常に端整な顔立ちだが、こちらには二枚目という言葉は似合わないし、それでは足りなかった。世にも稀 な美貌・・・男にしてそんな言葉がぴったりくるような顔立ちなのである。そのあまりの美しさにやられたのかとレッドが思いきや、スエヴィはそこで一言こう言った。
「似すぎにもほどがあるぜ、酷似ってのを通り越してるな。」
その話しぶりが次第に物語を語るような調子になってきて、興味をもったミーアが身を乗り出したその時、しばらく離れていた二人が戻ってきた。
それに気付いたニックは、素早く話を中断してそ知らぬふりを気取ったが、階段を下りてくる途中からミーアの様子を見つめていたレッドには、察しがついていた。
「おやじ、つまらない話はするなよ。」
「えっ、なんのことだ。」
ニックはなみなみに注いだジョッキを二人に出してやりながら、とぼけてみせる。
レッドはじろりとひと
するとリューイは、まずその黄色い液体の匂いを嗅ぎ、それから一口飲み下して、あからさまに顔をしかめた。
「これ・・・なに。」
「口に合わないか。」
「いや・・・悪くない。でも・・・。」
「頭はいかれるかもな。けど死にはしないさ、飲み物だ。」と、答えてやったあと、レッドは店の隅を指差した。
「リューイ、向こうへ行かないか。今あそこで、頭を使う勝負ってのをやってる。そんな勝負知らないだろう、教えてやるよ。」
そうして、リューイをその小さな
「ね、それからどうなったの?」
ところがニックは、手元のグラスをやたらと丁寧に拭きながら、「え、あ、うーん・・・どうだったかなあ。昔のことは忘れたなあ・・・。」と、ごまかした。
「ずるーい、途中で止めちゃうなんて!」
「勘弁、ミナちゃん。」
ニックは肩を
レッドとリューイは、客席の間の狭い通路を縫うようにして通っていた。そのために、腕や腰がほかの客の背中や椅子に軽く当たる。
「おっと、すまない。」
「いや。」
その度に、何度このような気さくな言葉を交しただろう。しかしこの時ばかりは、レッドもその場に立ち止まらずにはいられなかった。彼は無遠慮に、思わずぶつかった相手の顔に目を
その人は、
だが、男であるレッドが、その端整な顔に魅せられたというわけではない。よく知っている顔なのだ。ただ、知っているその本人とは限らない・・・というより、有り得ない。
なぜならその顔は・・・。
「驚いた、あんた似てるって言われるだろう。」
「え・・・。」
「アルバドル王国の王子に。」
気のせいか、その時レッドには、相手が少し戸惑っているようにも見えた。
「いや、えっと・・・ないな。」
「嘘だろ、信じられない。」
「なぜ。」
「だってあんた・・・戦士だろ。剣を持ってる。」
レッドは、男の席の横に立てかけられているそれを指差した。
つまりそれは、戦の経験があれば戦友にかの王子の顔を知る者がいるはずであり、何度か言われていて当然だろうという推測に基づいているのである。
「ああこれは・・・護身用さ。戦場に立った経験はない。腕には自信あるんだけどな・・・はは。」
「その剣、よければ見せてくれないか。」
「え、ああ・・・いいとも。」
少々ぎこちない手つきで、男はレッドに剣を手渡した。
「素晴らしい大剣だ。高かったろう。」
「そうでもないさ。」
「手入れも完璧だ・・・が、そうとう使い込まれている。本当に戦場の経験はないのか。」
レッドは剣を返しながらきいた。
「みっちり
「じゃあ、面と向かって言われたことがないだけかもな。噂も聞いたことないのか?」
「あ、ああ、えっと・・・ヘルクトロイの戦いとか・・・だろ。それなら知ってる。」
すると、レッドは少し高揚した声で言った。
「あの戦、想像を絶するな。俺は、エルファラムの王子の顔はかなりの美貌ってことしか知らないが、あの二人の英雄が対戦するなんて、まさに世紀の対決ってヤツだな。二人共に見事な大剣の使い手で・・・。」
そこでふと、レッドは妙な気持ちになり、彼の大剣に視線を落とす。
そんなレッドに、男は苦笑を向けた。
「そんなに似てるか。」
「ああ、似すぎにもほどがある。
その時 。
「おいこら、てめえ、こんな所にいたのか!」
背後から聞こえたその怒鳴り声に、たちまちレッドは硬直した。
この声は・・・スエヴィに違いない。
そして、バツの悪そうな顔で肩越しに振り向いたレッドの目に、案の定、
ところが・・・スエヴィのその複雑な表情は、レッドと面と向き合う直前で、
その男もまた非常に端整な顔立ちだが、こちらには二枚目という言葉は似合わないし、それでは足りなかった。世にも
「似すぎにもほどがあるぜ、酷似ってのを通り越してるな。」
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