25. 三つの選択肢

文字数 2,928文字


 あのあと今後の行路を話し合った彼らは、明朝、出発することに決めた。
 次の目的地は、ここから一番近いイオという村。だが、来た道とは逆方向だ。こうして調子よく次々と仲間を見つけることができたカイルの希望で、ほかの仲間にも会えるかもしれないというただの予感から、迂回路(うかいろ)をとったのである。

 今夜は、明るい月夜だった。
 月光が射し込む穏やかな川の水音と、木々のざわめき、そしてフクロウの声があいまって聞こえていた。

 しかしリューイは、そのどれも聞いてはいなかった。彼は、川のほとりに(そび)え立つ大木の枝に腰掛けているが。この時、そんな彼の心を和ませていたものは、海の神の使徒が宿ると言われた、青い宝石。ただ、それを眺めている瞳は、どこか悲しそうにも見えた。
 金色の前髪をさわさわと揺らしている夜風は、心にまで吹き付けてきた。リューイはもの寂しくなって、目を閉じた。

 リューイ、これがかあちゃんだ。

「かあさん・・・。」
 リューイは切ない声で呟いた。

 今の彼の耳には、周りの自然の音は何も届いてはいない。

 リューイは、「お前は母親によく似てきた。」というロブの言葉をもとに、見た事もない―― 記憶に無い ―― 母親像を思い描くことがあった。そして、今もそうだった。

 そんな彼の様子を、幹の穴から顔を出した二匹のリスが気にして見ている。
 野生の動物の中には、リューイの心に敏感に反応するものがいた。それらは、リューイの純真無垢(むく)な心をすぐに感じ取るばかりでなく、彼の体の奥底から立ち昇る神々(こうごう)しい光に気付いて、彼を守ろうとしたり、彼に従おうとしたりするのである。まだ野獣と格闘できる力もなかった幼いリューイが危険な密林で生きてこられたのは、ロブの優れた能力とそして、それゆえだった。

 リューイは、ぱっと目を開けた。気配がし、足音が近づいてくる・・・真下を通るようだ。リューイは腰を(ひね)って振り向いた。

 レッドだった。両手をズボンのポケットに突っ込み、うな垂れて歩いてくる。

 その姿が、リューイには、どこか思いつめた感じにも見受けられた。すると、一つ思い当たった。誘拐(ゆうかい)した ―― 形になっているだろう ―― ミーアのことだ。

 実のところ、それ以上に別のことで悩まされていたレッドは、苦悩するあまり、ため息を止めることができずにいた。最悪だ・・・と。

 この時、彼女の治癒(ちゆ)力の尊さについて、レッドは改めて考えていた。人の心を穏やかにし、体の抵抗力を高め、苦痛を(やわ)らげてやることのできるその力・・・異性と契れば消えて無くなるという、特別な力のことを (※1)。そして、誰かと愛し合えば究極の選択を迫られるはずのそれを、きっぱり捨てても構わないと言った、あの日の彼女のことを思い出していた。その覚悟と思いに、じゅうぶん応えてやれない男なんかのために、だ。

 レッドは、ちくしょう・・・と、ぼやいた。

 だから裏切ってまで突き放したというのに・・・。なんで俺と彼女なんだ? それも、あんなふうに知り合わせるなんて、神やら運命ってやつは、何て意地が悪い・・・と、レッドはまた心の中でさんざん文句をぶつけた。

 だが・・・いくら気が乗らなくても、実感が無くても、実際、その通りに事態は動いている。このまま、成り行きのままに彼女と再会して、勝手な神の筋書(すじが)き ―― 宿命 ―― に従うことになるのだろうか。

 まだ本当に間に合うならば、選択肢は三つ。

 一つ目は、それでもまた彼女から逃げること。二つ目は、大義名分と誇りを捨てて彼女を受け入れること。そして三つ目、彼女と一緒になったとしても、あくまでその能力を大切にし続けること。

 だがレッドにとって二つ目は恐ろしく、三つ目にはどうしても自信が持てない。そうすると、いつかまた別れがやってきて、またあの苦い経験を味わうことになる。それどころか、それが分かっているだけに、一緒にいればいるだけ辛くなる。考えだすと不安になり始める。胸が締まる・・・。

 リューイは、形見の石を小さな巾着袋に入れると、ズボンのベルト通しにくくりつけてから、ポケットにしまった。アクロバティックな動きばかりする彼なので、落とさないようにと、ロブが作ってやったものである。

 レッドが下を通り過ぎたところで、リューイは声をかけた。
「ミーアは寝たのか。」

 驚いて立ち止まったレッドは、反射的に見上げた。
 さも慣れた様子で、リューイが大木の太い枝に腰掛けている。

「ああ、やっとな。カイルが頼まれてくれてる。」

 レッドがそう答えている間に、リューイは何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、そこからパッと飛び降りてみせた。無事に着地するには驚くほどの高さがあったが、ものの見事に。レッドはぎょっとしたが、リューイの方では日常茶飯事なのだろう。まるで猿だ。

「あんな所で何してたんだ。」
「ああ・・・いろいろ考えてた。カイルが言ってたこととか。お前、どう思う。」
「まるで実感が無いな。この大陸が近いうちに滅びるなんて。」
「だよな・・・。」
 リューイは少し笑った。

「あの二人のことも・・・俺は、エミリオとギルのことを、カイルの言うアルタクティスとしての仲間ではなく、単純に気に入ったから旅仲間として受け入れた。今の俺にそれ以上の意識は無い。」
 歩きだしざまにそう答えたレッドは、すぐに肩を並べたリューイにこう問うた。
「なあ・・・そのギルの(たか)がしていた首輪だが、妙だと思わないか。」
「どういうことだ?」
「宝石のような高価そうなものを鳥の首輪にしちまうヤツなんて、庶民にいるか? 貴族・・・いや、あの二人・・・案外、本当に皇子だったりして・・・。」
 自分でも馬鹿げている・・・と感じながら、レッドはそう答えた。

「ええっと・・・どこのだっけ?」
「アルバドルとエルファラムのさ。」
「そのへんよく分からないんだけど、そんなに(すご)いことなのか?」

 レッドがぴたりと足を止めると、リューイも立ち止まった。

「いいか、アルバドルとエルファラムと言えば、大陸屈指の強国。その二つの国には、それぞれ英雄と呼ばれている皇子がいる。あの二人が酷似(こくじ)のな。彼らはそうと呼ばれるだけあって、驚異的な剣の使い手だ。そして、あの二人も凄腕(すごうで)だった。それも恐ろしく。顔も名前も腕前も同じ別人なんて・・・いるか?」
「じゃあ、本人かも。」
「バカ、ありえねえよ。」
「お前がそう言ったんだろ。」
 なんなんだ、と、リューイは(あき)れた。

「まだ続きがあるんだ。数年前、その二つの国は大戦争を起こしている。それがヘルクトロイの戦い (※2)だ。その合戦に二人の皇子も参戦したんだが、そこで彼らは母国の平和をかけて対決したらしい。多くの兵士が入り乱れる大合戦の最中でありながら、そこだけ違う戦いが起こっていたようだった、と聞いたことがある。」
 ひと呼吸おいてから、レッドは強調してこう続けた。
「本気で殺し合いをした仲なんだよ。」と。

「じゃあ・・・二人が友達なんて。」
「ありえないよな。」

 レッドとリューイは目を見合ったまま、しばらくそこに(たたず)んだ。





(※1)『アルタクティスzero』 ― 「外伝2 ミナルシア神殿の修道女」
(※2)『アルタクティスzero』 ― 「外伝4 運命のヘルクトロイ」






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