⒉  盗賊 対 武闘家

文字数 2,373文字

 レッドは、相手に(にら)みを利かせて二本の剣を構えた・・・ところで、一瞬視界に入ったリューイの表情にゾッとした。リューイの面上には、笑みが浮かんでいた。それは余裕というよりも、楽しむといった笑顔。丸腰(まるごし)で身構えているその姿に、レッドはハッと思い出したのである。リューイは、確か武術をやっていると言っていた。その言葉を疑いはしなかったが、レッドには、いくつもの凶器に囲まれて、素手でまともにやり合えるとはとうてい思えなかった。

 「お前、腕はたつのか。」
 「じいさん以外にはだいたい勝てる。」
 「じいさん以外ってなんなんだ。老いぼれじいさんにはやられるってことか。」
 「俺の師匠さ。めちゃくちゃ強い。」

 そう答えながら、リューイは、雄叫(おたけ)びと共に飛び掛かってきた一人目の攻撃をヒラリ・・・とかわした。レッドの顔を見ながら、それを()けたのである。さらには、回避したその流れのままに、襲撃者の腰にあまりにも鮮やかな回し蹴りを食らわせていた。

 「ぐあっ!」

 その男は、決して細身などではなかった。なのに、その時のリューイの落ち着き払った表情とは裏腹に、男の体は面白いように吹っ飛んで、砂地にめり込んでしまった。

 この瞬間、思わず唖然(あぜん)としたレッドに(すき)が生じた・・・が、ここぞとばかりに、そこを突かれるようなことはなかった。誰も彼もが驚いて、(つか)の間、その場は時が停止したようになったからだ。

 「リューイ・・・!」
 一瞬にしてこの相棒の強さを理解したレッドは、あわててそばへ駆け寄ると、小声で言った。
 「できれば殺さないでくれ。」
 「向こうはやる気なのに?」
 「ああけど・・・。」
 レッドは、カイルがミーアを連れて隠れた瓦礫(がれき)の方を見やった。
 同じところに目を向けると、リューイもようやく合点(がてん)がいって、微笑した。
 「了解。」
 「できるか。」
 「うっかりしなけりゃな。」

 相棒も同じ剣士ならば、背中合わせになっているところ。だが、こいつの場合は離れていた方がいいと判断したレッドは、リューイと距離を置いた。

 盗賊たちは最初の驚きから覚めると、「ふざけやがって!」と、一斉に騒ぎ出し、気を取り直して再び武器を構える。

 その形相(ぎょうそう)に、「割に合わないな。」と、(つぶや)いたリューイの目の前には三人いた。その誰もが「こいつを、なめていた。」と言わんばかりの警戒のしようで、冷や汗を滲ませながら、丸腰の青年に鋭い刃先を向けている。初め無防備に見えたのはとんでもない誤解で、迂闊(うかつ)というしかない。この男は、恐らく体中に武器を備えているも同然。

 長槍(ながやり)を手にした一人が、ついに動いた。男は、リューイの喉元(のどもと)目がけて勢いよく(やり)を突き上げる。それをリューイは、思いもよらない動きで避けた。いきなり背中を()け反らせて飛び上がったかと思うと、そのまま地面を押し上げて後ろへ行ってしまったのである。砂地にもかかわらず、バク転を見事にやってのけたのだ。

 またも不意をつかれて、盗賊たちは唖然とした。

 「くそっ。」
 相手の男は悪態をつき、再び駆け寄って突きを入れる。

 しかしその男が何度攻撃を仕掛けても、結果は同じ。長槍は(むな)しく空を斬るばかりだ。
 その奇妙な動き ―― アクロバット(軽業(かるわざ))―― は、一種の見世物のようでもあった。だが明らかに違うのは、曲芸の柔らかさは全く感じられず、その技の一つ一つにキレのいい鋭さが見られること。あくまで格闘技だからだ。リューイが叩き込まれた拳法(けんぽう)独特の身ごなしだった。

 リューイは楽しそうに笑い、「どうした、(かす)りもしないぜ。」と、挑発した。
 「きさま、軽業師(かるわざし)かっ。」
 激しく肩を上下させながら、男は上擦(うわず)る声でわめいた。
 リューイは完全に相手を翻弄(ほんろう)し、明らかにわざと無駄な動きをしている。最近なまり気味だったから。

 「何やってんだ、ヤツは武器を持ってないんだぜ!」

 (ひか)えているもう一人にとっては、あまりにじれったい。その気品ある見かけによらない意外な強さが分かっても、たまらず野次の一つも飛ばしたくなる。そう、なんせ相手は手ぶらなのだ!
 盗賊の男は、もはや無闇やたらに槍を振り回していた。一方のリューイは、そのでたらめな攻撃をも、余裕綽々(しゃくしゃく)でかわし続けているのである。汗一つ滲ませず、すでにその表情は勝ち誇った自信に満ちていた。

 「武器なんていらねえよ・・・まあけど。」

 胸中でそう呟いたリューイは、やっと避けるばかりでなく、まだ向かってくる凶器を一瞬で()り飛ばした。。男の手を放れた槍は、数メートル向こうに横たわった。そこへ向かって、リューイはまたもバク転を繰り返しながら移動した。

 そして立ち上がった時、その手には槍が。

 技のどれもに殺傷(さっしょう)力を持たせることができながらも、リューイは合わせて棒術(ぼうじゅつ)の訓練をも受けていた。しかも、その達人でもある師匠のロブと互角にやり合える実力がある。

 リューイは続きを声にした。
 「そろそろ終わりにするか。」

 だがその時には、(やり)()り上げられた男は腰を抜かしていて、喧嘩(けんか)はおろか、とても動けるような状態ではなかった。リューイが迫力満点で蹴り上げた右足は、男のすぐ目の前をまともに(かす)め過ぎたのだから。

 その時、リューイが最初に蹴り飛ばした男が、左半分が砂まみれになった顔をヌッ・・・と上げた。



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