8. 術使い

文字数 3,031文字

 レッドは、思わず胡散臭(うさんくさ)そうな顔をしてしまった。
「君は・・・?」

 すると、それに少年が答えるよりも早く、代わって彼を紹介したのはニックである。
「カイル・グラントだよ。町一番、いや、たぶんこの大陸でも指折り数える名医の孫さ。カイルはそのじいさんの助手を務めるほかにも、毎日、街のいろんな場所で診療所を開いてくれるんだ。見ての通りかなり若いが、腕は確かだぜ。」

「初めまして。今日はウェズリーまで行ってみたんだけど、薬もまだじゅうぶんそろってるし・・・。」
 その少年カイルは、女性的な優しい笑顔でそう言うと、手を伸ばしてミーアの(ひたい)を触り、次に襟ぐりから差し込んだその手を、ミーアの小さな胸に押し当てながら続けた。
「うん、すぐに適切な治療ができるよ。上がっていいかな。」
「ああ、遠慮なく入ってくれ。あとでランチを御馳走(ごちそう)するよ。あんたは金を取らないからな。」
「やったあっ。じゃあ僕ね、白身魚のクリームソースがいい。パンとサラダ付けてね。」
 ニックは軽い笑い声を上げた。
「あいよ。そういうところは遠慮ないヤツだな。」
 カイルは、(にく)めない満面の笑みで応えた。

 一方、このやり取りを聞いたレッドは、ますます不安になっていた。そのあまりにも無邪気な様子からは、名医どころか、それなりに普通の医者としてすらも、キャリアや威厳(いげん)微塵(みじん)も感じられなかった。

 だがとにかく、レッドはカイルを案内して階段を上っていき、ニックはもう背中を返しかけていた。店内もすっかり数分前と同じ状態に戻っている。
 ただ、レッドがオーダーを聞いていた客が、事情が事情なだけに、黙ってタイミングを見計(みはか)らっているほかは。

「あのお・・・続きいいかな。」と、その客は、伝票を持っていたリューイが戻ろうとする前に、声をかけた。

 その声に気付いたニックが肩越しに振り向いて、「ああ、そのお客様の注文聞いておいてくれ。よろしく。」と、リューイに言った。

 言われるままに、リューイはその客と向かい合った・・・が、客がオーダーを言い始めると、首をかしげて、伝票と筆を相手に手渡しながらこう言った。
「悪いけど・・・ここに食べたいの書いてくれる?」
 リューイは、〝読み〟以上に、〝書き〟が苦手だった。





 レッドの腕の中で、ミーアは顔を紅潮(こうちょう)させて熱い息を吐いている。それを心配しながらも、レッドは、後ろから付いて来ている少年のことが気になってならなかった。

「君はいつこの町へ?」
 慎重に階段を上っているレッドは、前を向きながらきいてみた。

 以前この町に滞在していた頃、このヴィックトゥーンやイデュオンの森、それに知事の屋敷など、だいたい限られた場所以外にはほとんど足を向けることが無かったが、街のあちこちを毎日歩き回って、即席(そくせき)診療所を開いている名医と噂の彼ならば、一度くらいはその光景を目にしていてもいいはず。だが、その期間中に、この少年のことを見たという記憶もなければ、そのおじいさんの方にも心当たりが全く無かった。

「一年くらい前かな・・・。」

 レッドの背後で、少年の明るく答える声がした。

「そうか・・・。」と、あいづちを打ったあと、「君は十八くらい?」と、レッドは続けて問うた。

 レッドはあえて、彼の実年齢が見た目の印象よりも高いと踏んでそう言った。実際、見たままを言えば十四か五くらいだ。

「十六。」
「十六か・・・。」

 答えを聞いて、見習いとしても若すぎると思われるこの年に、キャリアを気にするあまり〝せめて十八くらいであって欲しい。〟というのが本当だったレッドは、肩を落とした。

「この町に来る前にも、その・・・経験あったのかな。」
 レッドは落ち着かずに質問を重ねた。

「診察とかの?それとも、一人で街をあちこち回って診療所を開くこと?」
「えっと・・・どっちも。」
「じゃあ、どっちも。」と、カイルは言下に答えた。
「いつから?」
「ずっと前から。何年もね。」
 カイルは簡潔明瞭(かんけつめいりょう)に答え続けた。

 これ以上くどくどと詮索(せんさく)するのもいやらしいので、レッドも質問をそこまでにした。

 部屋の前まで来ると、カイルが気を利かせてドアを開けた。
 ミーアを抱いたままのレッドが軽く礼を言うと、カイルはにこりと微笑んだ。

 レッドから見れば、そんな笑顔はつくづく子供と変わらないように思えてしまう。いや、店の客もみな認めているのだから・・・と、悪く考えないようにして、ミーアをベッドに横たえたレッドは、座りながら楽に診察できるように、そばにある椅子をすぐ横に移動させた。

 ところが、カイルはいきなり違うことを始めた。椅子に座る前に、肩から下ろした大きなカバンを早速(さっそく)開けるや、()れた手つきでシートを広げ、次々と道具を取り出してそこに並べると、もうせっせと何やら始めだしたのである。それが薬の調合だということは、レッドにもすぐに理解できた。

()ないのか。」
「診たよ。さっき触診で。」
「触診?さっきのが?」
「うん、そう。」
「あれで終わりか?あんなので・・・分かるのか?病気の具合が。」
「うん。」と、カイルはあっさり答えて続けた。「重いか軽いかが伝ってくるから。内臓のどこがどう(おか)されてるかとか、弱ってるかとかね。もっとも、場合によっては口の中も(のぞ)くし、いろいろ方法はあって、それだけで済ますばかりじゃないけど。」

 そのあと、黙り込んだレッドの視線を感じてカイルが目を向けてみれば、不信感丸出しで顔をしかめていたレッドのその目と、目が合った。

(すご)(うたが)わしそう。」
「あ、いや、ごめん・・・悪気はないんだが・・・そいつ、大切だから。」
 カイルは微笑(びしょう)を返すと、薬の調合を続けながら言った。
「この子は運がいいよ。だって、僕はこの町で二番目に腕のいい医者だもん。一番は僕のおじいさんさ。」

 レッドはまた少し黙ったが、「医者ってのは、皆そうなのか。その・・・つまり触診ってヤツだけで分かるってことは・・・。」と、まだ不安そうに口籠(くちご)もりながら問うた。

 その意を察して、カイルは答えた。
「確かに、霊能力を持った人が医者になるケースは多いみたいだよ。その方法で病状を早く簡単に診断できるから。でも、持って生まれたその能力を生かせる道はほかにもある。自身のその力のレベルに合った術使いになることだよ。操霊(そうれい)術師 ※、精霊(せいれい)使い、神精(しんせい)術師 ※。ちなみに、僕は医者であって、精霊使いでもあるんだ。医者が本業だと思ってるけど。」

 霊が見える、読唇術(どくしんじゅつ)によって霊と話ができるといった程度では、ただ霊能力を持っているだけのことに過ぎない。呪文を唱え、腕や指先を動かしてその力を意のままに使う術、つまり呪術を体得した者たちのことを術使いと言い、術使いが呪術を行う時に使う力を呪力といった。

 そして術使いには、本来四つの系統があった。 操霊(そうれい)術師 ※、精霊使い、神精(しんせい)術師 ※、そしてもう一つ・・・妖術師。

 だが今、カイルはその妖術師を例に挙げなかった。例外だからである。そればかりではない。それは、禁じられた魔の呪術であり、一種独特で原理の全く違う、遥か古代に撲滅(ぼくめつ)が図られた邪術であるからだ。

 なぜならそれは、霊能力すら持たない者でも、今は根絶(ねだ)やしにされたはずのある書に従ってさえすれば、ただ一つの目的にだけ使われる力を得ることができるもの。それが、呪いの教えしか記されていない妖術の書であり、妖力。そして、それに手を出した者・・・それが妖術師である。





操霊(そうれい)術師 / 神精(しんせい)術師 ・・・ どちらも本作だけの造語です



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