戦った仲
文字数 2,085文字
そうして、しばらくは互いに顔を見合っていたが、「その顔は・・・間違いないようだな。」とギルが言うと、エミリオは視線を逸 らして背を向け、それきり黙り込んでしまった。
ギルは、どうも様子のおかしいその悄然 とした姿を見つめながら考えた。
自分のことはさておいて、紛 れもなく大国エルファラムの皇子であり英雄である彼が、たった一人きりでこんな場所にこんなふうにいる・・・そのわけゆえだろうと。だが想像もつかないことだった。エルファラム帝国のエミリオ皇子といえば、聡明 で文武両道。帝位を継ぐには、これ以上ないほど有望な男のはず。
ギルは何がなんだかさっぱり理解しかね、気にもなったが、皇子のそのひどく打ちひしがれている様子には、数々の疑問の何を問う気にもなれなかった。しかし一つだけ確信できることがある。それは、彼には国へ帰るつもりがないということ。つまり、何らかの事情があって彼は国を捨ててきたか、もしくは逃れてきたに違いなかった。だがその理由までは・・・やはり甚 だ謎である。
それでギルは、その寂しそうな後ろ姿にこう声をかけた。
「髪を切ったんだな。」と。
以前見た時・・・それも、戦争のただ中で対決した時のこと。それは美しい琥珀 色の長髪を後ろで一つに束 ね、それを振り乱して見事なまでの戦いっぷりを存分に披露してくれたのだ、この男は。
ギルはエミリオ皇子の横へ行き、腰を下ろした。
「私の顔を知る者に会う恐れもあると・・・。」
本当のところは、それには別の理由があり、そうなるまでの経緯 があったのだが、エミリオはその話をすることができずに、そう答えた。
「しかし、あんたの顔じゃああまり効果ないぞ。」
「なぜ。」
「俺はさっき、その顔は間違いないって言ったんだがな。」
ギルは、その自覚の無さに呆 れたため息をついてみせた。神秘的に端麗 なその美貌は、まさに世にも稀と形容しても過言ではないのである。見る者を恍惚 状態にさせるこんな顔は、この大陸に二人といるまい。
そのあと、一向に話しかけていく様子のないエミリオと、話題の見つからないギルの間にしばらく沈黙が続いた。
すると、ギルには意外なことに、エミリオの方が先に口を開いたのである。
「私を生かしておくのか。」
やっと会話をする気になったかと思えば・・・呆 れっぱなしのギルは、やはり深々 とため息をついてみせた。
「言っておくが、俺たちはそっちがしかけてきたのを迎え撃っただけだ。それに・・・。」ギルは、隣にいる者の目を食い入るように見つめた。「あんたは他人じゃない。一応はな。」
今となっては敵対する二大大国のこの皇子たちは、仮にも従兄弟 なのだった。エミリオの亡き母親はもともとアルバドル王国の王女で、名をフェルミスといった。そして、その妹クラレスがギルの母親であるが、エミリオとギルは同じ年に生まれている。
当時、弱小国だったアルバドル王国の王女フェルミスは、大陸の北東部で絶世の美姫と謳 われる美貌の持ち主だった。その彼女に一目惚 れしたエルファラム帝国の皇太子ルシアス、つまりエミリオの父である現皇帝の我儘 により、半 ば武力で脅 しかけながら彼女に求婚。フェルミスは、否応 無くそれに応えた。
だがその時、アルバドル王国府は上手く条件を出した。この先どんなことが起きても、永劫 にアルバドル王国を侵略しないと誓って欲しいと。そして、フェルミス王女さえ手に入れば存在感のない弱小国のことなどたいして問題にせず、皇帝および皇太子はそう誓うと約束した。
こうして、アルバドル王国は小さいながらも実質独立国家であり続けることができ、今でこそフェルミス皇后のおかげで善政に変革したが、当時の実質絶対君主制のエルファラム帝国とは対照的な立憲君主制を守ることができた。
ところが、ルシアスには思わぬことに、フェルミスはエミリオが十歳になった年に他界。さらには、フェルミスが嫁 いでいったため、第二王女クラレスと結ばれてアルバドル王国の王となっていた元少将ロベルトの天才的な戦略により、アルバドル王国は他国に奪われていた土地を全て取り返す戦いに成功。そうなるまでに資源を上手く利用する技術や知恵を学び、身につけていたアルバドル王国は、エルファラム帝国が支配を広げている地方とは逆の土地へ勢力を拡大させ、やがて帝国となる。その勢いはとどまることなく、あらゆる貿易を成功させて得た富みと、軍事大国エルファラムに匹敵する武力をもつけていった。
フェルミスを失って、アルバドルの皇族との繫がりは、もはや彼女との約束と息子のエミリオだけとなり、かの国との縁をほとんど感じなくなっていた皇帝ルシアスの心にも、屈指の強国となったアルバドル帝国に対する脅威 と、危惧 の念ばかりが押し寄せた。
そしてついに、エルファラムはアルバドルに宣戦布告。国境の地ヘルクトロイで繰り広げられた戦争は、一度では決着が着かずに二度に渡った。
そしてその戦争の行方は・・・神の警告ともとれる、突発的に起こった未曾有 の大地震によって中断。互いに著 しく衰 えた兵力も考慮 して、ひとまず休戦協定を結び終結した。
ギルは、どうも様子のおかしいその
自分のことはさておいて、
ギルは何がなんだかさっぱり理解しかね、気にもなったが、皇子のそのひどく打ちひしがれている様子には、数々の疑問の何を問う気にもなれなかった。しかし一つだけ確信できることがある。それは、彼には国へ帰るつもりがないということ。つまり、何らかの事情があって彼は国を捨ててきたか、もしくは逃れてきたに違いなかった。だがその理由までは・・・やはり
それでギルは、その寂しそうな後ろ姿にこう声をかけた。
「髪を切ったんだな。」と。
以前見た時・・・それも、戦争のただ中で対決した時のこと。それは美しい
ギルはエミリオ皇子の横へ行き、腰を下ろした。
「私の顔を知る者に会う恐れもあると・・・。」
本当のところは、それには別の理由があり、そうなるまでの
「しかし、あんたの顔じゃああまり効果ないぞ。」
「なぜ。」
「俺はさっき、その顔は間違いないって言ったんだがな。」
ギルは、その自覚の無さに
そのあと、一向に話しかけていく様子のないエミリオと、話題の見つからないギルの間にしばらく沈黙が続いた。
すると、ギルには意外なことに、エミリオの方が先に口を開いたのである。
「私を生かしておくのか。」
やっと会話をする気になったかと思えば・・・
「言っておくが、俺たちはそっちがしかけてきたのを迎え撃っただけだ。それに・・・。」ギルは、隣にいる者の目を食い入るように見つめた。「あんたは他人じゃない。一応はな。」
今となっては敵対する二大大国のこの皇子たちは、仮にも
当時、弱小国だったアルバドル王国の王女フェルミスは、大陸の北東部で絶世の美姫と
だがその時、アルバドル王国府は上手く条件を出した。この先どんなことが起きても、
こうして、アルバドル王国は小さいながらも実質独立国家であり続けることができ、今でこそフェルミス皇后のおかげで善政に変革したが、当時の実質絶対君主制のエルファラム帝国とは対照的な立憲君主制を守ることができた。
ところが、ルシアスには思わぬことに、フェルミスはエミリオが十歳になった年に他界。さらには、フェルミスが
フェルミスを失って、アルバドルの皇族との繫がりは、もはや彼女との約束と息子のエミリオだけとなり、かの国との縁をほとんど感じなくなっていた皇帝ルシアスの心にも、屈指の強国となったアルバドル帝国に対する
そしてついに、エルファラムはアルバドルに宣戦布告。国境の地ヘルクトロイで繰り広げられた戦争は、一度では決着が着かずに二度に渡った。
そしてその戦争の行方は・・・神の警告ともとれる、突発的に起こった
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