明晰夢 1 ― 修道女

文字数 1,375文字

 レッドは、この先に続く荒野を行くのに、強烈な日差しに(さら)され続ける酷暑(こくしょ)の時間を避けようと思い、その出発までには、まだだいぶ時間があった。

 それでレッドは、両手を頭の後ろに組むと、そこの(かし)の木陰に仰向(あおむ)けになった。そのまま少し首を(ひね)ってみれば、ミーアの姿を、木々を(かす)めて確認することができた。その気配も感じられる。

 数分が経った。湖から(さわ)やかなそよ風が心地良い涼風を運んできて、湖近くの湿地(しっち)から立ちのぼる熱気を吹き払い、空気を清めてくれた。この場所は失敗だった。眠るつもりなどさらさら無かったのに、急に肩から疲れが流れるように下りてきて、熱気と涼気の上手く調和した空気の中でけだるい快感に変わり、全身を包んだ。小鳥のさえずりが子守唄のようだ。

 レッドは睡魔に襲われた・・・。


〝どう・・・して?ずっとここにいるって、私を待っててくれるって・・・そう言ってたじゃない。〟


 腕枕でうたた寝始めたレッドの耳に、ひどく悲しそうな、か細い声が聞こえてきた。そして(まぶた)の裏には、蜂蜜(はちみつ)色の髪の美女が見えた。

 彼女は修道女だった。この大陸の修道女は、その地方の守り神に(つか)えるとされる存在だったが、なりたいと思ってなれるものではなかった。だが、そのつもりがなくとも義務付けられるものでもあった。それは、ある特殊な能力を持って生まれた女子だけに与えられる使命だからである。その能力とは〝(いや)しの力〟や〝治癒(ちゆ)力〟と呼ばれるもので、大陸中に存在する術使いたちの持つ霊能力とはまた違い、病魔に侵された体の抵抗力を高めたりすることができる力だった。

 その彼女の声を、姿を、意識がどうしても追ってしまう。最後は綺麗なまま胸にしまったはずの思い出。その中から(つら)かった記憶をわざわざ引き()り出してきて。


〝俺はアイアスだ。戦うことしか知らない男だ。一生正義を貫き戦い続ける、そういう使命を負ってる。どういう理由であれ、それに(そむ)くことなどできないと気付いたんだ・・・。〟

 そんなことを口にしている自分の存在も分かる。奇妙なほど冷静に見ることができた。これは夢だ・・・明晰夢(めいせきむ)。ただし、「なぜにコレなんだ?」という思い出したくない記憶が再現されたもの。

〝・・・あなたがもう迷わないでいられるなら、ここに帰ってきてくれさえすればいいのよ。待つこともできるし、離れることにも耐えられるから。でも別れるのは・・・。〟

〝君は戦場を分かってない。俺はいつも、いつ()られてもおかしく無い状況で戦ってる。むしろ()られて当然の、そんな戦場でだ。だから、君の知らない間にきっと死ぬ。遺体は生々しい爪痕(つめあと)を残した荒野(こうや)のただ中にそのまま・・・〟

 パシッ!


「うっ・・・。」

 案の定、そのまま痛烈なシーンが目を覚ましてくれ、レッドは、知らずと(うめ)き声を漏らしていた。そのうえ、無意識のうちに左頬に手をやり、(つか)の間 呆然(ぼうぜん)とした彼は、下手をすれば熟睡していたところだと気付いて、慌ててミーアを探した。

 実は昨夜、彼は一睡(いっすい)もしてはいなかった。ミーアを寝かせたあと、彼は()き火を見張りながら辺りを警戒しつつ、夜を明かしたのだった。

 すぐにミーアの姿を見つけることができると、ほっと胸を()で下ろしたレッドは、この森はどうも感傷(かんしょう)的になっていけない・・・そう思い、体を起こそうとした。

 ところが再び両瞼に重みがかかり、意識は急速に遠のいていった。

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