13. 使命

文字数 2,903文字

 すると突然・・・!

「うわっ!」

 カイルは驚く間もなく後ろへ吹き飛ばされて、尻餅(しりもち)をついた。
 水晶の集まる中心から、いきなり突風が吹き出したからだ。

 一方、とっさに水晶を載せていた台の脚にしがみついたテオは、(しわ)だらけの顔に眉根(まゆね)を寄せて、おののきながらそれらを見上げていた・・・というのは、それら七つの水晶が宙に浮いているのである。

「これは・・・。」

 震える声で(つぶや)いたテオの頭上で、今度は、煌々(こうこう)と輝いていたそれらの水晶が刹那(せつな)閃光(せんこう)を放った。

 小気味のよい破砕音(はさいおん)が立て続けに響いた。その光の矢は真っ直ぐに飛び出して、棚に並んだ本や(びん)の容器を次々と直撃している。

 反射的に頭を抱えて床に伏せたカイルは、その音に戦慄(せんりつ)を覚えてしばらく身動きできずにいた。だが、それが鳴り止むと、恐る恐る顔を上げた。何が起こったのかを確かめようと・・・。

 ところが、まだ終わってはいなかった。

 愕然(がくぜん)としているカイルの目の前で、宙に浮いている七つの水晶が横一列にぐるぐると円を描き始めたのである。しかもそのスピードは、血迷ったかのように次第に勢いを増している。

「水晶が狂った・・・違う・・・精霊たちが⁉」
 カイルは声にせずそう叫んだ。

 その勢いは衰えるどころかいっそう激しくなり、そのうち、それぞれ様々だった光は渾然(こんぜん)一体となって、目も(くら)むばかりの白い光と化していく。それは生き物のようにみるみる広がり、すぐ真下で台の脚にしがみついているテオをも呑み込んでしまった。

「おお・・・。」

 その大きな白い塊の中から(うめ)き声が聞こえた。

 目の前の現象につい気を取られていたカイルは、祖父のその声にハッとした。その時にはもう、思いきり床を押し上げてはずみをつけ、勢いのままに突進していた。少しの躊躇(ちゅうちょ)もなかった。祖父は、この得体の知れない光の中なのだ。

 カイルが体を張ってテオを庇ったのと、水晶がけたたましい音をたてて八方に砕け散ったのとは、ほぼ同時だった。

 辺りが静まり返っても、二人はそのままじっとしていた。

 やがて・・・どうやら収まったようだと確信できた時になって、カイルはテオの体の上からゆっくりと起き上がり、落ち着いて小屋の中を見回した。

 被害は、光の閃光(せんこう)によって破損した本や小物類、それに割れた窓。残りの三つまでも巻き込んで破裂(はれつ)した水晶と、そして・・・その砕け散った破片で切れた、カイル自身の(ほお)(かす)り傷。

「カイル・・・。」
「平気、掠っただけだよ。」
 手の甲で軽く血を(ぬぐ)いながら、カイルは微笑した。

 そのあとテオは、カイルに背中を支えられながら、少々自由の利かなくなっている老体をゆっくりと起こした。そして、立ち上がるなり(つら)そうに背中に手を回した。腰を痛めてしまったようだ。

 (つか)の間、二人は、ただ無言で顔を見合った。だが、その胸の内では同じ思いが渦巻いていて、互いに困惑したような表情を浮かべていた。何かとてつもない威力を感じさせる現象の数々に、共に畏怖(いふ)の念を抱いたのである。

「オルセイディウス以外はまだ完全に目覚めておらぬとはいえ、神の力が潜在している者たち。その大いなる力が一箇所に集中してきたことで、感知すれば知らせよという命令に応えようとするあまり招いた結果じゃろう。となれば、すぐそばに、確かにあと五人いるということになるの。ならば、おぬしらの運命により、近いうちに必ず出会えるはず。」

 片手は腰に、そしてもう片手で顎鬚(あごひげ)を揉みながら、テオは話を続けた。

「あとの三人については・・・とりあえず占いによって、(ただよ)い流れてくる精霊たちから情報を得るしかないの。じゃが、もうここまで動き出しておれば、その者たちの居所(いどころ)も間もなく(つか)めるじゃろう。」

「でもそれって・・・そういうことなんだよね。」
 カイルが(おび)えるような小声で言った。

 テオは(おごそ)かな渋面で一つ(うなず)いた。
「うむ。時が迫っておる・・・そういうことじゃあ。」

 その気難しい顔のまま視線を落としたテオは、何やら一人考え込んで黙った。その間、片手はなおもしきりに顎鬚を()で付けていた。

 カイルも声をかけずに、その様子を(うかが)いながらおとなしく次の言葉を待った。
 そして数分後、ゆっくりと顔を上げたテオは、何を言い出すのかと構えている孫の目を見据(みす)えて、こう言った。

「カイル、一人でオルセイディウスを探しに行ってはくれんかの。」と。

 声もなく口を開けたカイルに、テオは苦笑を浮かべて続ける。

「わしは、多くの患者を置いて、今すぐここを離れるわけにはいかん。それに・・・腰を少々やられてしもうたようじゃあ。なに、そう時間はかからんじゃろう。時が来たのじゃからな。」

「え、でも僕にはまだオーラが・・・。」

「オルセイディウスのものは見えるはずじゃあ。恐らく、すでに覚醒(かくせい)しているその力は、それほど強い。そして、オルセイディウスさえ見つかれば、その者には、ほかの者たち全てのオーラを見ることができるじゃろう。このわしにさえ見えるのじゃからな。」

 不安のせいでやや返事をためらったカイルだが、やがて承知すると、首から掛けている皮紐(かわひも)をたくし上げた。その(ひも)の先には、箱型(はこがた)(わく)に入った黒い宝石がぶら下がっている。闇の神ラグナザウロンの精霊石が。カイルは、上着に隠れていたそれを引っ張り出したのである。

「分かった。手掛かりはそれと、本来持つべき者の手にある時にだけ見せる、この精霊石の輝きだね。水晶を信じるとすれば、ほかの仲間にも会えるかも。」

「じゃが、オルセイディウスに出会えたら、一度戻って来なさい。オルセイディウスが何者かは分からんが、呪術に関して無知の者であれば、多くを教える必要がある。なにしろ、アルタクティス伝説の肝心な部分、神の力をどのように駆使(くし)したかは、まだ謎のままなのじゃからな。ひとまず、オルセイディウスには、戦闘術だけでも習得させねばならんじゃろう。」

 テオは、その面上に(あせ)りの色を(にじ)ませていた。
 それを感じて、カイルも眉をひそめた。

「カイルよ・・・。」
「はい。」

「この先仲間がそろうにつれて、例えまだ目覚めておらぬとも、おぬしの周りに大いなる力が集まってくることになる。その潜在能力は、あくまでオルセイディウスに使われるためにあるもの。じゃが、おぬしの霊能力は、精霊使い止まりであるとはいえ、かなり高い。それらの力が何かの拍子(ひょうし)触発(しょくはつ)されて、おぬしの呪力に加わる可能性がある。特に、おぬし自身の力は発揮(はっき)されやすいじゃろう。それに、オルセイディウスのものは、最も強力で計り知れん。彼がまだそれらの力を操れぬうちに無理をすると、その時支配しきれなくなる恐れがあるゆえ、己の力の使い方にはじゅうぶんに気をつけるがよい。」

 カイルはぞっとする思いで、ぎこちなく首を(たて)に振った。
 それは、死を意味するからだ。

 その恐怖心を悟って、テオは少し辛辣(しんらつ)な声をかけた。
「おぬしらは、この時代の選ばれし救世主たち。その希望を託した神々と、アルタクティスの名にかけて、やり遂げねばならん。」

 カイルは深呼吸をすると、ラグナザウロンの精霊石をぎゅっと握り締めた。

「必ず・・・。」

 カイルは、使命感に燃える凛々(りり)しい表情でそれに(こた)えた。



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