⒛  危急存亡の秋

文字数 2,649文字

 カイルは、彼らが話を呑み込めているかを気にしながら、やや間を置いて、それから言葉を続けた。

「やがて予見通りに大陸は乱れ、そこへ彼ら救世主が現れて、世界は滅亡から(まぬか)れた。人々はこれに()りて戦争を止め、協力して数々の平和を誓った。大陸名も、もともと神が名付けた〝アルタクティス〟に戻した。それというのも、人々は、争い合うことの愚かさや(むな)しさ、私利私欲がもたらす恐怖と末路(まつろ)・・・大陸や世界がどうなるっていう大きなことじゃなくて、個人個人について、まるで神からの教訓であるかのように教えられたから。だから彼らは、神々から授かったその大陸名と同じ〝アルタクティス〟と称され語り継がれた。平和を誓い合った人々の気持ちが変わらないことを願って・・・。ああ、大陸の名前は、その大昔に一度変わったことがあるんだ。神々と人間が別々になった時に、人間が変えちゃったんだって。だけど時代はめぐり、また大陸が滅びるという警告の合図が送られた・・・。」

 カイルは、その一点の(むら)もない漆黒(しっこく)の石を(うれ)えるように見つめていた。確かにそれは、カイルの手の中で怪しいまでに美しい光沢を放っているようにも見えた。

「僕、夢に見たことがあるんだ。この大陸の終焉(しゅうえん)を・・・。あれは闇の神ラグナザウロンか、先祖が見させた予知夢のようなものだったんじゃないかって思うんだ。そこでは、狂気じみた戦争の最中に流血を好む邪悪な神々が舞い降りてきて・・・大陸は間もなく瓦礫(がれき)の山と血の海に沈んだ。」

 それを聞いている者たちは、非現実的に思われるその話の内容よりも、最後、ひどく暗い(おび)えるような表情と声になったカイルの様子を見て、思わず戦慄(せんりつ)を覚えた。

「僕は、その一人、闇の神から力を(たく)されたディオネス・グラントって人の子孫なんだ。僕は、その人の生まれ変わりなんだって。僕の精霊石は黒。つまり、僕も闇の神の力を秘めてるってことなんだ。そしてエミリオさんは風の神の、レッドは大地の、リューイは海の、それぞれの血を受け継いでる。だからきっと、みんなアルタクティスの生まれ変わりに違いないよ。それが、僕たちがこの時代の救世主である理由。ちなみに、ディオネスは、代々術使いの家系に生まれた神精術(しんせいじゅつ)師だった。だから僕もそう。ただし、僕は精霊使いだけどね。」

 そうして、誰もあえて指摘などせず、とりあえずは一通(ひととお)り聞き終えた。

 彼らは黙って目を見合う。一様に、そろって(うな)り声でも聞こえてきそうな顔をしていた。信じられないような話だが、エミリオが持っていた宝石の色をカイルが言い当てたことを始めに、ここにいる四人が、それらしい石を今持っていることは、驚くべき事実だ。

 しばらく沈黙が続いた。

「・・・で、次は何がどうなって大陸が滅びるってんだ? 俺は傭兵(ようへい)稼業をしているが、あんな戦いを見たのは初めてだぞ。」
 レッドは砂漠の戦いのことを言った。精霊を戦わせる戦争など、これまで体験したことなどなかった。

 すると、眉をひそめてやや黙ったカイルは、「・・・分からない。」と小声(こごえ)で答えて、エミリオに目を向けた。

「でも、今の僕には彼のものしか見えないけど、この僕の体や、彼の体にそのオーラが現れたこと、こうして精霊石が息づき始めたこと。そして、それを持つ者たちがこうして出会えた。それが、大陸の終焉(しゅうえん)を知らせている何よりの証拠なんだ。その確信がある限り、僕たちは動かずにはいられなかった。」

「オーラ・・・。」
 エミリオが、ほかには分からないくらいの驚きようと声で、そうつぶやいた。

 リューイが手を挙げた。
「オーラってなに。」

「この場合のオーラは、精霊石と同じでアルタクティスを表すもので、僕たちの体をぼうっと取り巻く青白い光のことを言うんだ。でも、それはかなり霊能力の高い人にしか見えないらしくて、僕にはまだ自分のものすら見えないんだ。だけど、おじいさんには見えていて、そもそも僕のオーラに気付いて大陸の危機を予知したのは、おじいさんなんだ。」

「おじいさんって?」
 ギルが問うた。

「僕の祖父で、今まで一緒にアルタクティスを探して旅をしてた人。」

「大神精術師だそうだ。占いもするんだと。」と、レッドが付け足した。

 実に受け入れ(がた)い話で、まだ抵抗を感じずにはいられないが、ギルは同じような面持(おもも)ちをしているエミリオにチラと横目を向けると、こう言った。
「つまりだ。何にせよ再びこの大陸に危急存亡の(とき)が近付いていて、それを阻止(そし)できる可能性が君たち・・・そのアルタクティスとやらにあるから、君たちは再びこの世を救うべく、その日に備えなければならない。それが宿命だってわけかい。」

 カイルは真剣そのものの顔で、「その通り!」 と言わんばかりに、強くうなずいてみせた。 

 実は一方、リューイは話が難しすぎて、ほとんどついてはいけなかったが、ミーアは、じっとしていることにさえ早々に飽きていた。そうすると、いつものミーアならレッドに凭れかかって、昼寝を堪能(たんのう)しているところ。だが、この時は一向に眠気が刺してくる様子もなく、それどころか、また何かべそをかいたような顔をしているのである。ミーアは、ずいぶん前から左腕ばかりを気にして、袖の上から度々、左の二の腕を掻きまくっていた。

 ミーアは、次第に増してくる痛みと(かゆ)みにたまらなくなって、レッドの上着を引っ張った。

「レッド・・・痛い・・・。」
 レッドは、自分のわきにいる少女の顔を(のぞ)き込む。
「・・・どこが?」
「左の腕の上の方・・・。」
「どれ、見せてみろ・・・。」

 そうして、ミーアの袖を肩まで(まく)り上げてみると、赤くなった箇所をすぐに見つけることができた。

「ああ、アームリングの下が()れてるな。虫に噛まれたんだろう。カイル、ちょっと診てやって・・・」
 レッドは急に顔色を変えると、とっさに袖を下ろした。その腕輪を隠したのだ。

 なぜなら、ミーアがお城で生活していた時から身に着けているそれには、輝く黄色い宝石が付いているから。今それに気づいて、一瞬、嫌な予感が走り抜けたのである。




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