11. 動きだした自覚なき英雄たち

文字数 2,200文字

 カイルは、小鳥が巣を作りそうな郵便ポストから二通の手紙を引っ張り出すと、軽やかな足取りで玄関を開けた。

「ただいま。今そこで、ジャックおじさんから、こんなに立派な葡萄(ぶどう)を・・・あれれ?」
 間抜けな声を上げたカイルは、居間の敷居(しきい)のところで立ち止った。

 中へ入ってみると人の気配がせず、昼食後のティータイム中であるはずの祖父の姿が、やはりなかったからだ。午後の診察までにはまだ時間があり、いつもなら、そうしてテーブルについて孫の帰りを待っているのが、お決まりになっていたのである。

 その正方形の小さなテーブルに歩み寄ったカイルは、そこに手紙と葡萄を、そして向かい合わせに配された二脚の椅子の一つにカバンを置いた。

 カイルは首をめぐらし、玄関まで戻って、隣の小部屋に入った。ここは診察室で、棚にはたくさんの器と小瓶が整然と並んでいる。カイルがその棚の下段の引き出しを開けてみると、中には様々な種類の器具が、そしてもう一つ下の引き出しには、三角巾(さんかくきん)や包帯が出掛ける前に点検し終えた状態のまま収まっていた。医療器具等に乱れはなく、ほかに外出した形跡もみられない。

 カイルはまた居間へ行き、部屋の奥隅(おくすみ)に並んでいる、二台のベッドの上の小窓から身を乗り出した。

 そこでカイルは、すぐに思いついて両手を打った。そして外へ出て、家の裏へ回った。そこには重々しい雰囲気の()()て小屋があり、そこをいわゆる占いの館としているのである。

 カイルが入り口をそっと開けてみると、案の定、名医であると共に大神精術師である祖父のテオ・グラントはいた。緋色(ひいろ)絨毯(じゅうたん)の上の、小ぶりの安楽椅子にゆったりと腰掛けている。カイルが静かに入ってきたせいか、一仕事終えて戻った孫にねぎらいの言葉もなく、真っ白な頭髪(とうはつ)と繋がっている顎髭(あごひげ)を片手で揉みしだきながら、カイルが見ている前でぶ厚い本のページを一枚めくった。腰の曲がった高齢の老人だが、カイルとは違って、そのさまは、まさしくそうと呼ぶにふさわしい貫禄(かんろく)を放っている。

 カーテンで外の光を(さえぎ)った小屋の中の灯りは、テオが今ついている机の上のランプだけである。だが、テオの後ろにある吊りカーテン越しにも、点々と光っているものがあった。カイルはそれが何かを知っているが、いつもとは明らかに違っていた。

「ただいま。占いのお客が来たの?」

 テオは、本を読むのをそこまでにして顔を上げた。
「カイル、待っておったぞ。」

 テオはのっそり立ち上がると、部屋を仕切っているすぐ後ろの吊りカーテンを引き開けた。

 すると、とたんに射し込んできた(まばゆ)い光の数々。

 その正体は、七つのビー玉程度の小さな水晶玉だった。全部で(とう)ある色とりどりの水晶玉のうち七つが、内から(にじ)み出すようでありながら、(かげ)りの無い鮮やかな光を放っているのである。青や黄色や紫など・・・その全てが違う色に輝いていた。中には光などとは無縁と思われる黒い水晶もあったが、決してほかに引けをとらないばかりか、むしろより力強い光を発しているようにも見える。どれもうっとりと見惚(みと)れてしまうような、怪しいまでに美しい光だ。それらの水晶は、細かく方位を示した何本もの線と、精霊文字と言われる一見奇妙な形が描かれた厚手の布の上に置かれていた。いや、乗せられていたという方が正確かもしれない。

 それを目にするなり、カイルは目も口も大きく開けて、しばらく言葉を失った。

「七つ光ってる・・・。」
「とうとう・・・アルタクティスたちが動き出したようじゃあ。」
「イヴがここにいる限り、近いうちに誰かが来るって(かん)は当たったね。」
「うむ。最も力を感じていたヴルノーラ地方からも・・・オルセイディウスがついに動き出したわい。運命に導かれての。」
「結局会えずに、先にここへ来ちゃったけどね。その運命によれば出会えるはずなのに、どうして会えなかったのかな。どんな人だろう・・・。」
「まだ時期ではなかったのかもしれん。しかしやはり・・・ついに始まってしもうたようじゃあ。次は間違いなく出会えるじゃろう。」
「でもこれ、誰かどころか・・・一度に七人。」
「どうやら夕べのうちに、何か大きな動きがあったらしいの。」

 テオが深刻な面持ちでそう言ったのに対し、カイルはおずおずと声を(ひそ)めた。
「ただの故障・・・とか。」

 するとたちまち、テオが物凄い見幕になった。
「バカモノッ!」

 その一喝(いっかつ)に、カイルは弾き飛びそうになるほど肩を上下させた。

 それらは単に遺失物のありかを示すといった(たぐい)の水晶とは違い、テオが操ることのできる最も優秀な精霊たちを()りすぐって閉じ込めてある貴重な物だった。なのにカイルは、それをガラクタ同然に言ったのだから、テオが憤慨(ふんがい)するのも無理はない。

 そしてテオは、それらに、ある特別な力を感知した場合にだけ反応するよう命じてあった。

 それは、〝アルタクティス〟の気配。

 というのは、アルタクティスという言葉が持つ意味は、人によればこの大陸の名ばかりではない。



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