7. 祭り競技1(弓術2)

文字数 1,918文字

 やがて、最初の一人が一本目を行射した。
 矢はいいところを飛んでいったものの、わずかに林檎とすれ違って外した。
 観衆の中から、惜しいという声が上がる。
 結局この男は、残りの二本も外して終わった。

 二人目も同じような具合で全て外し、そのあと次々と、無念にも(かす)りもせずに出番を終えていった。やっと当てた者が出たのは、七人目になってのことだった。その男は一度だけ掠り、次の男も同じく一度だけヒットし、九人目は二度当てることができたが、どちらも傷をつけただけだった。だが、少しでも当てることができた者はみな満足そうな表情を浮かべ、その手応えの余韻(よいん)に浸っていた。九人目の男などには、思いがけず優勝の可能性もでてきた。

 そして、ようやくギルに出番が回ってきて、彼は意気揚々と踏み出していった。

 観衆の中にいる仲間たちはもう無駄口もたたかず、静かに見守っている。

 位置につくまでは楽しくて仕方が無いというニコニコ笑顔でいたギルも、そこに立って姿勢を正すと同時に一変した。ギルは(げん)に矢をつがえ、これまでと同じようにして、正しい姿勢と正しい弓矢の操作により構えた。弓を計算した通りの角度に合わせてかざし、それからゆっくりと(はず)を胸の前まで引き寄せる。その当たり前の動きの一つ一つにも、観衆達は見惚(みと)れた。引き締まった精悍(せいかん)な表情。獲物を狙う鋭い目つき。筈を強く引っ張って停止したその姿態に、多くの者が長いため息をついていた。

 辺りがしんと静まりかえった。

「一本目!」
 林檎がびゅんと放たれた。

 ギルが手放した矢も、(うな)りを上げて瞬く間に突進していた。

「当たった!」と、カイルが声を上げた。

 ほとんど同時にそう叫んだ者が、ほかにも大勢いる。だが誰の目にも、当たっただけだというのは明らかだった。

 ギルは林檎の落ちた辺りを見つめて、「なるほど・・・。」と、つぶやいた。

 落ちた林檎は採点の対象となるので、係りの男が拾い上げに行き、審査員のもとへと届けられた。

「二本目!」

 後ろへ引き戻された投石器から林檎が飛び出し、ギルが筈を手放す。

 シュッ!

「また当たった!」と、カイル。

 すると、一瞬の沈黙のあと大音声(だいおんじょう)が湧き起った! 観衆がたちまち激しく手を打ち鳴らして、大喝采(だいかっさい)を上げたのである。この瞬間、優勝者が決定したことを誰もが確信したからだ。

 しかし、ギルは喜ぶ様子もなく、人々の歓声の意味にさえ気付いていなかった。
 ギルは林檎の落ちた辺りを見つめて、「分かった・・・。」と、つぶやいた。
 ギルが自分の優勝を知ったのは、そこへ駆け寄ってきた司会者が、そう伝えた時になってのことだ。

 だがギルは、そのあと言われたことには愕然(がくぜん)とした。ショックのあまり、思わずその司会者に泣きつきそうになったほど。

 なぜなら。

「嘘だろ⁉ 最後やらせてくれよ!」とギルは(なげ)いた。

 優勝者が決定したので表彰式に移りますと、そう言われたのである。

 やがて、彼の強い要望に応えて三本目が認められた。

 司会者が離れていき、投石器に林檎が載せられ、そして・・・ギルが構えだすと、観衆も理解して黙った。

 投石器がいっぱいに引き戻され、ギルもしっかりと(はず)を引き寄せている。

「三本目!」と、司会者が叫んだ。

 林檎が勢いよく飛び出した。ギルにとっては狙い通りのタイミングである。
 そして、一瞬の確信を逃さず離したその手を、ギルはぐっと握りしめた。
 いける・・・!

「よし・・・!」

 矢は鋭い唸りを上げ、力強く、まっしぐらに獲物めがけて向かっていく。

 空中で、まともに二つのものがぶつかった。

「あたっ・・・(とら)えた!」
 カイルは思わず叫んだ。

 確かに、林檎は矢をつけたまま落下してきたと思われた。誰も彼もが、よく確認できない地面の上を見つめていた。倒れんばかりに身を乗り出している者が大勢いる。

 人々は息を呑んだ。

 係りの男と司会者が、落ちた林檎のもとへと駆け寄って行く。

 林檎を拾い上げたのは、司会者だった。係りの男と見つめ合った司会者は、それから、手を頭上に突き上げてみせた。

 その手には、綺麗に矢が貫通している林檎が。

 司会者はそのまま、全てに知らせるため会場内の群衆に沿って駆け回りだした。すっかり興奮して、鼻がまるで馬のようになっている。

 ギルが林檎を(とら)えた箇所は・・・ど真ん中。見事、命中。




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