28. 黒ヒョウ見つかる

文字数 2,425文字

 松明(たいまつ)の明かりは、一箇所に集中していた。暗い森の中に、赤々と色鮮(いろあざ)やかに燃える炎の数々。まっしぐらに、リューイはそこへ向かっている。明かりに近付くにつれて、人々の緊迫した声も耳に届いてきた。

「こっちだ!」
「いたぞ!」
「気をつけろ!」

 その声を聞きつけたリューイの足は、更にスピードを増していた。リューイは、そいつがどこからやってきた何者かを確信していた。

 頼む、そいつを怒らせるな・・・。

「ダメだ・・・!」

 胸中で祈りながら、リューイは走りに走った。

 そいつはただ者じゃないんだ。やすやすと武器にかかるようなヤツじゃない。俺の親友で・・・特訓相手なんだ。

 リューイの不安は、被害者が出た場合により傾いていた。そうなれば(かば)いようがない。焦りともどかしさで息が詰まりそうになる。

「ダメだ・・・キース!」

 行く手を阻む木の枝を引っ掴み、くぐり抜け、足元にはびこる木の根を飛び越えて、やがて、やっとリューイはそこへたどり着くことができた。

 すると、弓や(やり)を手にした男たちの後ろ姿が、目に飛び込んできた。誰もかれもが、今にもぶっ放してしまいそうな緊迫感とともに、それらを構えている。弓はどれも、簡単に発射できる機械弓ばかりだ。

 このまま近付いて行っても、通してもらえないことくらい分かる。リューイは頭上を見渡した。太くて頑丈そうな枝が狭い間隔で続いている。あれを伝って行ける・・・そう考えたリューイは、そばに(そび)え立つ大木に手をかけるなり、信じられない身軽さでみるみる登り始めた。

 ものの数秒で、三メートルほどの高さまでいっきによじ登ったリューイは、そこから目を()らした。

 すると、男たちが武器を構えているその先に、やはりと思う姿・・・!

 一頭の大きな黒ヒョウがいる。(たくま)しくて、いかにも弱肉強食の世界を堂々と生きてきた力強さが(みなぎ)っていた。よりそう感じさせるのは、そいつがまさに牙を剥きだして、威嚇(いかく)しているからだろう。完全に相手を敵と認めた・・・あの目つき。

 リューイは眉根を寄せた。その野獣の背中をまともに突き刺している矢が一つ。それを確認したのである。なぜ()け切れなかった? とリューイは胸の内で問いかけた。

 その時、男たちのリーダーが叫んだ。
「もう一度だ!」

 リューイは合点(がてん)がいった。いや、かなりの数を避けたんだ、すでに一斉攻撃がしかけられたあとだ! と。猟師たちにとって、狙いが外れたほかの矢の全ては勢いよく飛び過ぎていき、茂みの中に落ちているに違いなかった。だから、利口なその野獣は無闇に反撃に出ず、慎重にどうすべきかと、どうしてやるべきかと考えているのだ。

 そして、作戦はたった。今、下手に一人に襲いかかろうものなら、格好の標的にされてしまう。飛びかかるふりをして、次の一斉攻撃を避けた直後が、狙い目だ。

 男たちは目配せをし、注意を促しあう。そして、武器の角度を慎重に合わせ、再び野獣に狙いを定めた。

 黒ヒョウは、ますます牙を剥きだした。

 マズい・・・!
 リューイはあわてて、枝から枝へと飛び移っていった。

 頭上の枝葉がいきなり騒々(そうぞう)しい音をたてた。
 何か大きなものが、上からみるみる近付いてくる・・・!
 男たちは驚いて、思わず引き金をパッと放していた。一瞬の気の緩みも許されないこの状況だ。みな心臓が止まりそうになった。

「無駄だ、俺に任せてくれ!」

 標的から目を放して、顔を上げる猟師たち。その声は上から聞こえてきた。

 すると声の主は、なんと宙を回転しながら、たちまち目の前に降りてきたのである。

 炎の明かりの中に不意に現れたのは、金色に輝く髪と青い瞳の美青年。

 男たちは仰天(ぎょうてん)して、つい構える手を休めた。

 するとそこへ、あとから次々と加わってきた。一足先に駆けつけたのはギルとレッド、やや遅れてシャナイア、その後ろにはエミリオとカイルの姿もある。

 今にも飛びかかってきそうな野獣の体勢と見幕を見て、レッドはいけない・・・! と感じた。例え慣れ親しんだペットだとしても、まともに言うことを聞ける状態だとは思えなかった。

 男たちと向かい合ったリューイは、両手を真横に広げた。野獣を(かば)う格好だ。

「あんた、何をやってる! 背中を向けちゃダメだ!」
 我に返ったリーダーが、厳しい声で怒鳴りつけた。
「さあ、向こうを見ながらゆっくりと後退(あとずさ)りしなさい!」

 リューイは、背中を返した。そしてゆっくりと・・・野獣に向かって行った。

「何をっ⁉ 止まりなさい!」
「バカヤロウッ、戻れ!」
 レッドもたまげて叫んだ。

 だがリューイは、それらの声を無視した。その姿には警戒心のかけらもなく、ほかの者たちの目に、恐れ知らずというよりはあまりにも安易で、浅はかで、大胆に映った。信じられない光景である。

 リューイは、ただ真っ直ぐに相手の心をつかもうとしていた。
 しかし、見ている方は気が気ではなかった。
 リーダーが手を上げたのを合図に男たちは再び武器を構えだし、エミリオ、ギル、そしてレッドは、(さや)からスラリと剣を引き抜いた。
 黒ヒョウは依然、頭を低くして牙を剥き出し、鼻のつけ根にくっきりと(しわ)を刻んで、威嚇(いかく)の姿勢をとり続けている。

 リューイは両腕を少し前へ差し出した。
「キース、落ち着け。俺だ、リューイだ、分かるだろ。」

 しかしその黒ヒョウは、リューイを見てはいなかった。ことごとく向けられている(いく)つもの槍や機械弓を、やはり凄まじい目つきで睨みつけていた。

「俺を見ろ!」

 怒鳴り声がとどろいた。

「キース!」






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