15. 波瀾の過去 ― 命の恩人たち

文字数 2,389文字


「落っこちても、知らないぞ。」

 ミーアは、愛想のいい笑顔で向き直った。まだ幼い小柄なこの少女には、本来抜け目ない屈強(くっきょう)の戦士であるはずのレッドを面白いように動かすことができ、そのことを少女も知っていて(すべ)を心得ていた。

 レッドは靴を脱いでベッドに上がった。彼は、満悦(まんえつ)の笑みで待ち構えているミーアの隣に寝転んだ。

 ミーアは、ともすれば(つぶ)されてしまいそうな小さな体を遠慮なく()り寄せる。

 レッドは、そんなミーアを見つめ下ろした。そして、知らずと手を動かして髪を()でてやり・・・そうになったその時、ミーアがいきなりむせ返したので、とっさにその手を引っ込める。

「・・・臭い。」
「だからそう言ったろ。」
 レッドは慌てて体を起こそうとした。

 ところが、彼は片肘を付くまでしかできなかった。ミーアが、それでもしっかりと胸のあたりを握り締めたまま手を放してくれないからである。すると、不意に気付いた。ミーアは単に甘えたくなったわけではなく、無性に物足りなさや寂しさを(まぎ)らわせたくなったのだと。この幼い少女が切実に今欲しているのは(なつ)かしい温もり・・・母の温もりに違いない。無理に引きとめてきた時のミーアには、一緒に思うまま楽しんでいた時間の方が魅力的だったのだろうが、所詮(しょせん)は四歳の幼子。一日のほとんどを、母や侍女(じじょ)たちに囲まれて生活していたのである。女性のぬくもりがふと恋しくなるのも無理はない。

 しかし自分は男。男も男だ。何の代わりにもならないだろうと、レッドは申し訳なく思った。

 またゆっくりと横になったレッドは、ミーアの頭が自身の肩の上にくるように引き上げてやり、せめて父のようにしっかりと背中を抱き寄せてやった。

 レッドのそれは見事に当たっていたが、ミーアはなにも帰りたいわけではなかった。しばらくそうしてもらっているうちに、とりあえず気を紛らせることができると、やがて顔を上げて、寝付きそうにもないすっきりとした笑顔を見せたのである。

「ライデルって誰?」
「盗賊 一味(いちみ)(かしら)。」
 レッドはあっけらかんとして答えた。
「何よそれーっ!」
「いいヤツだよ。」
「でも、盗賊なんでしょ?私はその人の子供ってわけでしょ?」
「盗賊らしくない盗賊だ。弱い者や無抵抗のヤツは絶対に殺さないしな。」

 レッドには、命の恩人が三人いた。盗賊一味の頭のライデルは、その一人である。

 ライデルは、確かにみなしごとなったレッドの面倒を、彼が十四の歳になるまでみていた盗賊だが、その一味はそこらの悪党とは違って情けを持ち合わせていた。貿易路を張って、豊富に品物をそろえた商人や金持ちの旅人を(おど)し、相手が路頭に迷わない程度に金品を奪うか、同じならず者の一味から強奪(ごうだつ)品を頂戴(ちょうだい)するかのどちらかで、むしろならず者を相手にする方を主としていた。

 そんなあえて強い集団を襲う彼らであったが、ライデル率いる一味は彼を筆頭にみな腕っぷしが強く、恐れ知らずなだけでなく負け知らずなのである。相手がどうしようもない悪であれば話は別で、一切 容赦(ようしゃ)はしなかった。そのため彼らは〝盗賊狩りのライデル一味〟という異名で、今もなお、ならず者たちに恐れられている。

 そして、ライデルとレッドとの出会いには、最初の恩人であるジェラールという名の騎士が関わっていた。

 ジェラール・エルウィス・スワイガード。彼は、王国ネヴィルスラムとの戦争に勝利したガザンベルク帝国の騎兵(きへい)軍大将。

 そしてネヴィルスラムには、レッドの故郷のサガという町があった。あった・・・というのは、その戦争後、その町はガザンベルク帝国に奪われてしまったからだ。つまり、今は無いのである。だが無いというのは、その通りまさに焼き払われて消滅してしまったのだった。

 しかしそれは、一人の男の勝手によるものだった。その男は、ガザンベルクの総督ダルレイ。その一件に関して全ての権限を掌握(しょうあく)していた。ダルレイは、その時正常ではなかった。野心と、そして、時空(とき)彼方(かなた)の暗闇に葬られたはずの力にとり憑かれていたのである。

「じゃあ、いい盗賊さんなんだ。もっと話聞かせて。」
「いいか、ミーア。盗賊ってのは基本的に悪党なんだ。何を聞いてもろくな話じゃない。」
「でも、レッドとずっと一緒にいた人でしょ?」
「血みどろの喧嘩沙汰(けんかざた)が聞きたいのか?殺し合いの話ばっかりだぞ、良い子は知らない方がいい。頼むから黙って寝てくれ。」

 ミーアは、ゾッとして黙った。だが、すっかり目が冴えていて眠れそうにない。それに、ミーアにはもう一つ、特に興味深くてずっと知りたいと思っていることがある。

「じゃあ、彼女の話して。」

 唐突(とうとつ)なその言葉にレッドは一瞬声を詰まらせたものの、思い当たる節があるのでさほど驚くこともなく、「寝てくれと言ってるだろ。」と(しか)った。
「教えてよ。」
「やだね。」
 レッドはそっけない態度でごろんと反転して、ミーアに背中を向けた。
「いいじゃない、ケチ。」
「ケチで結構。これ以上はお断りだ。」
「どケチ。」
「一つ言っておく。添い寝なんてわがままが許されんのは病気のおかげだぞ。」
「じゃあ、そのついでに、ねえっ。」
「どんな前ふりを聞いたか知らないけどな、忘れろ。つまらない話しかない。」
「うそ、彼女に助けてもらったんでしょ? ねえ、なんで? レッド強いのに、なんで? ねえ、ねえ。」
「熱出したからっ。」と、レッドは面倒くさそうに答えた。

「なにそれ・・・つまんない。」
「だからそう言ったろ。看病(かんびょう)してもらっただけさ。気が済んだら、さっさと寝ろ。」
 ぶっきらぼうにレッドは言った。
「ねえ、どんな人? 美人なんでしょ? きっかけで、どうなったの? 好きになった? ねえ、ねえ。」
「くそオヤジめ・・・。」と、レッドは舌打ち。

 それきり突付いても(たた)いても、時には思い切り揺すってみても、何の反応もしないレッドに、そのうちミーアも(あきら)めて眠ることにした。

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