06 モニタリングの痕跡

文字数 2,761文字

 凄惨な戦闘の跡と敗者の骸。
 奥歯を噛み締め肚に力を込めてこみ上げてくるものを堪えながら進むと、暗闇の向こうからひたひたと近づいて来る生き物の足音が聞こえてきた。
 目配せを交わし頷きあった二人は、互いに真剣を抜き放ち正眼に構える。
 曲がり角からのそりと現れたのは頭が二つある、闇に溶け込むような漆黒の犬だった。
 精悍なドーベルマン系の顔にボクサー犬のような引き締まった体躯、尾は蛇になっていてそこにも自由意志がありそうだった。

「こいつは冥界の番犬(ケルベロス)って呼んでいいのかね?」

 互いに警戒してにらみ合う中、視線を外さずにジュリーが呟く。

「私は黒妖犬(ヘルハウンド)を連想しましたが」

「名前など今は問題ではござらん」

「そうだな……とりあえず合成獣(キメラ)だ」

 言って生唾をごくりと飲み込んだのに反応したのか、キメラが猛然と突進してきた。
 自身に向けられる切っ先を嫌ってか左右に体を振ってかわそうとするが、ジュリーは後ろに引いている右足を小さく回すように移動させながら、常に正面を向くように切っ先を向け続ける。
 埒があかないと見て取ったのか、キメラは飛び退(すさ)って距離を取った。
 その動きに合わせるようにジュリーが距離を詰める。
 着地のタイミングに合わせるように突き出された突きを体を捻ることでかわしたキメラは、サスケの追撃となる下からの斬りあげをも交わす。
 だが、いかなキメラといえど息の合った連携を完全にかわすことは不可能だったようで左の頭の左目に切っ先を受け、左の頭からきゃんきゃんと甲高い悲鳴があがる。
 それで一気に形勢が有利に傾くのであればいいのだがそうもいかないようで、右の頭が殺気を撒き散らしながら低く唸って威嚇してくる。
 尻尾の蛇もこちらに鎌首を向けて威嚇している。

「どの頭が体を動かしてるんだ?」

「知らんでござる」

「どんな操作で造られたかにもよるでしょうが、全身が攻撃姿勢をとったままなことを考えると少なくとも今現在は右の頭が優位に支配していると考えていいと思います」

「蛇は無視していいんだな」

「それは間違いありません」

 疑問点を確認したジュリーは右の頭に攻撃を絞ると決めたようだ。
 サスケはフォローとして左目を失って戦意をなくしている左の頭に注意を向ける。
 じりりとすり足で一歩、間合いを詰めるジュリーに同じだけ距離を取る双頭の犬(キメラ)
 まだ右の頭は戦意を失っていないようだ。
 ジュリーは自分の呼吸が少しずつ浅く早くなってくるのを感じていた。
 睨み合いで精神が疲弊して身体疲労を伴いだしているのだ。
 このまま均衡が続けばこちらが不利になる。
 だからと言って無理に先制してもまだまだ彼の刺突は当たる気がしない。
 大声などで威嚇して逃げるように仕向けるか?
  いや、手負いで逃がすなど危険行為でしかない。
 いつ不意を突かれて襲われるかと神経をすり減らしながらの迷宮探索など御免蒙りたい。

「ロム、危なかったら助けてくれるよな?」

 背中を向けたままそう言われたロムは、棍を頭上で一度旋回させると突きの構えを取る。

「二人で仕留められるだろ」

「言ってくれる」

 ジュリーは右の口角だけをわずかにあげると、陰鬱な空気で一度肺を満たしてからゆっくりとそれを吐く。
 勇気を鼓舞して正眼の構えを左上段にあげる。

(大丈夫、オレの鎧はちゃんとオレを守ってくれる)

 暗示に乗らなければ一気に萎えてしまいそうな心を抑え込みつつ胴を晒す。
 息を吐きる直前を見計らうようにキメラが突進で一気に距離を詰める。

(間に合え!)

 ジュリーはなけなしの空気を音にして吐き出しつつ真剣を振り下ろす。
 その剣速はおそらく自身最速だと自覚できたほどの勢いで振り下ろされたが、当たったのは鍔元だった。
 それでも間に合ったことにかわりない。
 刃は右の頭の頚動脈を断ち切り鮮血を吹き上げる。
 サスケは素早く左側面から胸部に刺突して(とど)めを刺す。
 流石に二度目と言うこともあり、必死にこみ上げてくるものを抑え込むという感じではなかったが、それでも吹き出す鮮血というものは気分のいいものではない。

「先へ進もうか」

 ジュリーが促すのをゼンが止める。

「キメラを調べさせてください」

「これを?」

「ええ」

 ジュリーが逡巡する様を見てサスケが肩を叩いた。

「拙者が助手を務めるでござる。ジュリーはロムと一緒に周囲の警戒を」

「わ、判った…」

 サスケは未だ生きてこちらを威嚇している(しっぽ)を斬り落とすと、懐から刃を研いである一本の()(ない)を取り出してキメラを解体し始めた。

「今回はもう少し中まで詳しく見ましょう」

 サスケはゼンに指示されるまま、キメラの体を切り刻んでいく。
 見つけたのは発信機付きのいくつかの機械(チップ)だった。
 心臓に取り付けられていたのは心拍数を測っていたと思われるもの。
 他にもバイタルデータを計測する目的で埋め込まれていたと思われるものが双頭の脳内と腎臓付近で見つかった。
 その間に一度、ダンジョンの奥で何かの仕掛けが動きだした音が響いた。

「やはりこれらをモニタリングしていた人物がいたということでしょうね」

 ゼンが取り出したチップを掌に乗せながら言う。

「じゃ、捕まりに行こうぜ」

 ジュリーが宣言すると、三人も頷き合って隊列を組み直してダンジョンの奥へと進んでいく。
 鉄製の扉。
 無施錠でノブを回して押し開くタイプだ。
 隙間からは奥が覗けないようになっていて中の様子が判らない。

「徹底的に同じなんだな」

「季節や地域差による虫の配置が違うだけ……でしたね」

「じゃあ当然この先には……」

人造人間(ホムンクルス)が待ち構えていると言うことです」

「頭じゃ判ってても気持ちいいもんじゃねぇな」

「東京の時みたいに倒して先に進むかい?」

 ロムが最後尾から声をかける。

「いや、事故でケチがついてるし『虎穴に入らずんば虎子を得ず』だ」

「使い方が若干間違っているように思うのですがね。(うん)()(てん)()、レット・イット・ビー、ケ・セラ・セラあたりがもっとも……」

 小さく呟いたゼンを無視してジュリーが扉を開き中に入る。
 あの時同様通路を二つ曲がると例の人造人間がやはり三体、両開きの大扉の前に立っていた。
 サスケより大きく、足が短くて手が長い類人猿のような見た目だ。
 肌は青白く目に生気は感じない。
 粗末な服を着ており、ここでも武器は持っていない。
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