07 冒険者を生きて返す気のない迷宮
文字数 2,204文字
冒険者の進む迷宮の通路は床も壁も石積みで、誇張ではなく中世ヨーロッパ的ファンタジー世界の迷宮に迷い込んだように思えた。
全体的に湿っぽく、鼻をつく匂いも漂っている。
先頭をジュリーが歩き、二列目に光源となっている杖を持ったゼンとマッピングしているサスケ、殿 にロムという馴染みの隊列 だ。
ゼンはまた、思考の世界に沈んでいた。
今の所は問題なくプレイできている。
しかし、このダンジョン内ではゼンでさえ常になにがしかの危機感が神経をざわつかせる。
前を歩くジュリーは前衛ということもありわずかな物音にも過敏に反応して腰の剣に手をかけていた。
「ジュリー」
ゼンはついに声をかけた。
「これまでの通路から見てしばらく後ろからの攻撃はありません。ロムと交代しましょう」
「オレは大丈夫」
そういうジュリーの唇は乾いているらしく、答える言葉がかすれ震えて聞こえた。
唇だけでなく顔色も悪い。
「ずっとそんな精神状態では持ちません。せめてロムと並んで歩きましょう」
先へ進もうとしていたジュリーだったが、立ち止まったまま十秒近く沈黙した後振り返って頷いた。
「……判った。しばらくはそうしよう」
実のところロムも平常心とは言い難かった。
むしろ戦士としての確信に満ちた勘が胸の奥で強く強く警鐘を鳴らしていた。
不意打ちに対応するため盛んに棍を回してこわばる体をほぐしていたし、ともすれば跳ね上がりそうな心拍数を抑えるために普段よりも意識的に深くゆったりと呼吸する。
「サスケ、私の思考に付き合ってくれませんか?」
「情報の整理でござるか? よかろう」
「ありがとう」
ゼンはサスケに話すという行為によってこれまでの状況を確認し始めた。
テナントビルの何階かも判らない場所にある凝りすぎのダンジョンセットは、意図的に掘られた洞窟ゾーンから石積みの迷宮ゾーンへ。
さらに隠し扉 から降りてきたこの地下迷宮ゾーンへと続く変化が冒険者に何かを暗示している気がしてならない。
扉といえばどの扉も向こう側から開けられないように作られていた。
最初の扉は木製で閂で閉められていた。
それ以降の扉も外から鍵や閂がかけられていた。
まるで「誰かを閉じ込めている」かのように。
そして今、彼らは石の扉によって閉じ込められた状態だ。
配置されていた怪物 は洞窟内こそ固定式だったが、さきの迷宮内ではどれもAIの補助でこちらの攻撃に対処する高度なロボットタイプで、ジュリーとサスケはそれなりに苦戦を強いられた。
RPG的に考えれば、階層一つ深く潜ったのだから当然より強い怪物が出てくることになる。
そして、明確な目的のないダンジョン。
シナリオとしてはそこに何があるのかを探索するという冒険の根源とも言える導入から、石の扉によって閉じ込められた現在は出口を求めて奥へゆくという目的に変わっている。
「しかし、こう考えると実に巧妙なシナリオですね。これがTRPGなら『やられた』と天を仰いで賞賛するのですが……」
「落とし穴だな」
不意に思考の世界から現実に戻されたゼンは、ロムの棍が床を指しているのを確認する。
誰かが、少なくとも一度は落ちた形跡がある。
「試しに開けてみるか」
ジュリーの言葉に興が乗ったのか、ロムは落とし穴の蓋を棍で強く突く。
十分の一となった冒険者は五十グラムから百グラムといったところである。
その重量で落ちるほど簡単な仕掛けである。
棍で突かれて勢いよく開いた穴の底には、先端こそ丸まっていたが針が剣山のように並んでいた。
針には演出なのか本当に落ちた冒険者のものかは判らない血痕が付着している。
「針の山は落とし穴 の定番でござる。日本でも忍者ものでよく出てくる罠 でござるが、あれは物語で主人公は回避できるからいいのであって、実際に仕掛けられていると生き死の問題に繋がる本当に危険な罠でござる。それをこのように……」
「なんか、本当に生きて返す気がない感じのダンジョンだな」
ロムの言葉に三人は無言で固まってしまう。
無意識に強く奥歯を噛み締めたジュリーが、低く掠れた声で先へ進むことを提案する。
冒険者は再び出口を求めて迷宮の奥へと歩を進める。
途中で二度、落とし穴を発見したが今度は開けることもなくやがて丁字路に突き当たった。
「後ろが狙われる危険が出てきた。隊列を元に戻すぞ」
「大丈夫ですか?」
ゼンに問いかけられ、ジュリーは幾分良くなった顔色でぎこちないながらも笑顔を向ける。
「ああ、だいぶ落ち着いた」
「どちらへ進むことにする?」
「オレの方」
棍を右手に持って歩いているロムは右側を、並んで歩いていたジュリーは腰に履いている剣の鞘がその棍に当たらないようにと左側を歩いていたのだ。
丁字路を左に進むとその先で通路が右に折れていた。
その曲がり角の向こうを確認しようとジュリーが壁際から顔を出そうとした時、黒い塊がぬっと壁から現れた。
「わっ!」
思わず声を出してのけぞるジュリー。
黒い塊は特に反応を示した様子もなく盛んに触覚を振り、のたりとその全身をこちらに現した。
全体的に湿っぽく、鼻をつく匂いも漂っている。
先頭をジュリーが歩き、二列目に光源となっている杖を持ったゼンとマッピングしているサスケ、
ゼンはまた、思考の世界に沈んでいた。
今の所は問題なくプレイできている。
しかし、このダンジョン内ではゼンでさえ常になにがしかの危機感が神経をざわつかせる。
前を歩くジュリーは前衛ということもありわずかな物音にも過敏に反応して腰の剣に手をかけていた。
「ジュリー」
ゼンはついに声をかけた。
「これまでの通路から見てしばらく後ろからの攻撃はありません。ロムと交代しましょう」
「オレは大丈夫」
そういうジュリーの唇は乾いているらしく、答える言葉がかすれ震えて聞こえた。
唇だけでなく顔色も悪い。
「ずっとそんな精神状態では持ちません。せめてロムと並んで歩きましょう」
先へ進もうとしていたジュリーだったが、立ち止まったまま十秒近く沈黙した後振り返って頷いた。
「……判った。しばらくはそうしよう」
実のところロムも平常心とは言い難かった。
むしろ戦士としての確信に満ちた勘が胸の奥で強く強く警鐘を鳴らしていた。
不意打ちに対応するため盛んに棍を回してこわばる体をほぐしていたし、ともすれば跳ね上がりそうな心拍数を抑えるために普段よりも意識的に深くゆったりと呼吸する。
「サスケ、私の思考に付き合ってくれませんか?」
「情報の整理でござるか? よかろう」
「ありがとう」
ゼンはサスケに話すという行為によってこれまでの状況を確認し始めた。
テナントビルの何階かも判らない場所にある凝りすぎのダンジョンセットは、意図的に掘られた洞窟ゾーンから石積みの迷宮ゾーンへ。
さらに
扉といえばどの扉も向こう側から開けられないように作られていた。
最初の扉は木製で閂で閉められていた。
それ以降の扉も外から鍵や閂がかけられていた。
まるで「誰かを閉じ込めている」かのように。
そして今、彼らは石の扉によって閉じ込められた状態だ。
配置されていた
RPG的に考えれば、階層一つ深く潜ったのだから当然より強い怪物が出てくることになる。
そして、明確な目的のないダンジョン。
シナリオとしてはそこに何があるのかを探索するという冒険の根源とも言える導入から、石の扉によって閉じ込められた現在は出口を求めて奥へゆくという目的に変わっている。
「しかし、こう考えると実に巧妙なシナリオですね。これがTRPGなら『やられた』と天を仰いで賞賛するのですが……」
「落とし穴だな」
不意に思考の世界から現実に戻されたゼンは、ロムの棍が床を指しているのを確認する。
誰かが、少なくとも一度は落ちた形跡がある。
「試しに開けてみるか」
ジュリーの言葉に興が乗ったのか、ロムは落とし穴の蓋を棍で強く突く。
十分の一となった冒険者は五十グラムから百グラムといったところである。
その重量で落ちるほど簡単な仕掛けである。
棍で突かれて勢いよく開いた穴の底には、先端こそ丸まっていたが針が剣山のように並んでいた。
針には演出なのか本当に落ちた冒険者のものかは判らない血痕が付着している。
「針の山は
「なんか、本当に生きて返す気がない感じのダンジョンだな」
ロムの言葉に三人は無言で固まってしまう。
無意識に強く奥歯を噛み締めたジュリーが、低く掠れた声で先へ進むことを提案する。
冒険者は再び出口を求めて迷宮の奥へと歩を進める。
途中で二度、落とし穴を発見したが今度は開けることもなくやがて丁字路に突き当たった。
「後ろが狙われる危険が出てきた。隊列を元に戻すぞ」
「大丈夫ですか?」
ゼンに問いかけられ、ジュリーは幾分良くなった顔色でぎこちないながらも笑顔を向ける。
「ああ、だいぶ落ち着いた」
「どちらへ進むことにする?」
「オレの方」
棍を右手に持って歩いているロムは右側を、並んで歩いていたジュリーは腰に履いている剣の鞘がその棍に当たらないようにと左側を歩いていたのだ。
丁字路を左に進むとその先で通路が右に折れていた。
その曲がり角の向こうを確認しようとジュリーが壁際から顔を出そうとした時、黒い塊がぬっと壁から現れた。
「わっ!」
思わず声を出してのけぞるジュリー。
黒い塊は特に反応を示した様子もなく盛んに触覚を振り、のたりとその全身をこちらに現した。