14 そして再び…

文字数 2,827文字

「ここが最後の扉……」

 ジュリーが鉄製の扉の前で緊張を隠せない声色で呟く。

「現状最後の扉でござる」

 そういってサスケが扉を調べ始めた。
 鉄製の扉は無施錠でノブを回して押し開くタイプ。
 隙間からは奥がのぞけないようになっていて、中の様子は全く判らない。

「要は、開けてナンボってことだろ」

 と、刀の方を抜いたジュリーが、錆びた扉を開く。
 扉の向こうは通路になっていて光の届く範囲で右に曲がっている。
 感覚を研ぎ澄ますと生き物の気配を感じる。
 そう遠くないところに何かがいるのだろう。

「前に出よう」

 ロムが、ジュリーの右隣に並び棍を小脇に抱えなおす。
 二列縦隊の四人が通路を二つ曲がると、そこには開けた空間があり、正面に両開きの大きな扉。
 扉の前に様子のおかしい人影が三体。
 こちらを待ち構えていたように立ち上がった。
 ゼンの持つ杖の先が照らす人影は見た感じ実寸百八十センチ以上あるサスケより大きく、足が短く手が長い。
 人というより類人猿のようだった。
 粗末ながら服は着ているが武器は持っていない。
 肌は青白く、目に生気が感じられないので何を考えているのか読めそうにない。

「あいつら……」

 ジュリーが乾いた唇を舐め、眉間にしわを寄せる。

「さしずめ人造人間(ホムンクルス)といったところでしょうか」

「どう出る?」

 ロムもジュリーも様子を見るためか、まだ戦闘態勢は取っていない。
 もちろん、いつでも迎撃できるような準備は取っている。

「ジュリー、仮に戦闘になったとして一対一で戦えそうですか?」

 ゼンが杖を撫でてスイッチ類を確認しながら訊ねる。

「できればやりたかないが、やるしかねぇだろ。あいつらが見た目ほど強くないことを祈るよ」

「あの扉に飛び込むって作戦はダメなのかい?」

「扉の前に陣取っているんですから、難しいでしょうね。どうやら一定以上の知能も持っているようですし、ダンジョンマスターはなぜ彼らをここに配置したのか、何か意図があると思うのですが……」

「武器を持っていないということがヒントにはならぬか?」

 地図を懐にしまい背負っていた刀を下ろすと腰に差す。
 抜刀で出遅れないのと居合を真似るためだろうか。

「なるほど、これこそ『帰らずの地下迷宮』の真の謎ということでしょうか。考えられることは一つしかありませんね」

 冒険者は互いに目配せをしてそれぞれに頷く。

「人造人間に捕まるなんで癪だ。どんな目に遭わされるか判んねぇしな」

「倒して先に進む……ですか?」

「その通り!」

 ジュリーの宣言に呼応して、四人は臨戦態勢に入る。
 それに応じてか、人造人間三体も威嚇の雄叫びをあげ向かってきた。

「フラッシュ!」

 ゼンが先制のフラッシュ攻撃を人造人間に向ける。
 強い光を明滅させることで相手を牽制する「フラッシュ」に人造人間が顔を背けている隙に、ジュリーとロムが左右に散開する。
 向かって右の一体にロムが、左の一体にジュリーが先制の一撃を払う。
 真ん中にはゼンが杖を回し、石突きの方を向けてトリガーを引く。

「シャワー!」

 レモン果汁とトウガラシ成分を混ぜた液体を相手の顔めがけて拡散噴射する攻撃だ。
 ようやく開けた目にシャワーを浴びた人造人間は再び低いうなり声をあげて手で顔を覆う。
 その鳩尾(みぞおち)めがけてサスケが刀を突き入れると、その刀に杖の先を添えてゼンがスイッチを押す。

「サンダー! サンダー! サンダー!」

 刀を伝って体の中に流れる電流に人造人間が三度大きく仰け反り、どうと倒れる。

「御免!」

 最後は倒れた人造人間の喉に短刀を当て、震える手を押さえつけるようにサスケが搔き切るとドス黒い血が吹き出す。

 ジュリーが薙ぎ払ったのは太腿だった。
 本当は一撃で喉を狙いたいところだ。
 しかし、人造人間とはいえ人型である。
 どうしてもその決心が瞬時にはつかなかった。
 フラッシュに顔を背ける際、相手が手で光を遮ろうとしたこともあって首は狙えないと早々に諦めて狙ったのが太腿なのだ。
 これで未知数な機動力はある程度抑え込めたはずだ。
 人造人間は痛みに悲鳴をあげる。
 相手を近づけないようにする防御のためだろうか、長い手を大きく闇雲に振るう。
 その一撃がジュリーをとらえ、二十センチ(体感で二メートル)近く吹き飛ばされた。

「く、あ……」

 鎧がなければどうなっていたか判らないが、飛びかけた意識をなんとかつなぎとめ、頭を振って正眼に構え直す。

「相手は人造人間(ホムンクルス)、相手は人造人間(ホムンクルス)、相手は人造人間(ホムンクルス)…お前はここにいちゃいけない。存在しちゃいけないんだ!」

 自分自身に暗示をかけ《言い聞かせ》て罪悪感を一時的に心の奥に押し込むと、振り回されるハンマーパンチを掻い潜って喉に切っ先を突き入れる。
 様々なものが溢れ出した喉からよく判らない音を立てて、人造人間は仰向けに倒れる。
 ロムは加減をしたつもりだった。
 しかし、十分の一世界は彼の見込みの上に存在していたようだ。
 こめかみを狙った一撃は案に違わず命中したが、勢い余って棍が握った手元から折れてしまう。

「やべっ!」

 それでも人造人間は今の打撃で脳震盪(のうしんとう)を起こしでもしたのか、膝をつき前のめりに崩れ落ちた。
 油断なくその様子に注意しながら仲間の様子を伺うと、ジュリーは太腿を薙いだ後ぶつぶつと呟いていたが、やがて泣きそうな声で叫びながら喉に突きを入れていたし、ゼンがこれも覚悟を決めるためだろう武器の技名を叫びながらサスケのサポートを受けて人造人間を倒していた。

「御免!」

 震える手を押さえつけるようにサスケが短刀で人造人間の喉を搔き切り、ドス黒い血が吹き出した。
 どちらの人造人間も致命傷だろう。
 さて、俺はどうする?
 と、ロムが倒れている人造人間に改めて目を向けた時、地面が激しく揺れてあの時のように崩れ出したのだ。





 タブレット端末には三体の人造人間のバイタルデータが表示されていた。
 店長が難しい顔でそれを見つめているとやがて、彼らの数値が上昇を始める。戦闘が開始されたのだろう。と、次の瞬間、一体の数値が全て消え、エラーを表示する。

「……何があった?」

 訝しむ間も無く残りの二体も数値が大きく乱れ、一体は死んだらしい。
 ガタリと椅子を倒して立ち上がった店長は、次の瞬間激しい衝撃を受けて倒れ込んだ。

「なんだ? 一体何がどうしたんだ!」

 その日、「帰らずの地下迷宮」のあったテナントビルに薬物使用の男が運転していたトラックが突っ込んできた。
 それが四人にとって幸か不幸かは、神のみぞ知ることである。
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