08 希望の橋 絶望の水飲み場

文字数 2,286文字

「ロム。何を探しているんですか?」

「現在位置が判るもの」

 彼らはミクロンシステムによって十分の一に縮小されているため道路標識や(がい)()(ひょう)()(ばん)を確認することが非常に困難になっている。

「そうか!」

 ゼンは自身の置かれている状況を忘れて大きな声を出すとガバと天を仰いでロムに(なら)う。
 そんなゼンが歩行者に気づかれそうになるのをジュリーとサスケが抑え込む。

「どうしたでござるか? ゼン」

「現在位置ですよ! ここまで来れば我々の記憶が有効に使えます。どこに公園があるか? どの道を通れば帰れるのか!」

「そ、そりゃあ……」

「なるほど、正確な位置がわかれば攻略ルートを見つけることができるかも知れないということでござるな?」

「判った。それはオレとロムに任せろ。二人はできる限り正確な地理を思い出してくれ」

 サスケは手甲の裏に隠していたシャープペンシルの芯と襟の中に縫い付けていた紙を取り出し、我が家と目の前の幹線道路を対極に記してゼンとともに出来る限り詳細に地図を書いていく。
 ジュリーはロムと協力して道路案内標識を手始めに距離や方角を割り出し、遂に街区表示板を探し当てた。

「──つまり、我々の現在位置はここ……」

 と、サスケの書き込んだ詳細な略図の指差すゼン。

「ってことは、ちょっと歩けば歩道橋があるってことだな?」

「そうです。我々はついに攻略の(いとぐち)を掴んだんです!」

「そうと決まったら急ごうぜ。かなり時間をロスしちまったからな」

 四人は慎重かつ大胆に幹線道路の一本裏を進む。
 それまで手探りだった帰宅ルートは今やはっきり見えている。
 幹線道路を左手にして四十五分ほど歩くと彼らの期待通りにそれはあった。
 歩道橋。
 正確には横断歩道橋といい、交通量の多い道路で車両交通を妨げず安全に歩行者を横断させるために架けられた立体横断施設である。
 階段やスロープで道路の上に登り渡るというこの設備はバリアフリーの観点から老朽化を理由に多くが撤去されてきたが、ここはいまだ健在だった。
 スロープのない階段は一段が十八センチ程だろうか?
 登れない高さではないが二十段以上あるとなると見上げるだけでうんざりする。

「一つ一つ階段登るつもりかい? 律儀だねぇ」

 ロムがからかうように三人を見て笑う。

「他にどうするってんだよ?」

「そこ」

 と、ロムは手すりの根元を指差す。

「スロープだろ?」

 そう、階段横。
 手すりの建てられている部分は段になっていない。
 錆びた手すりの根元は少々危ないが、身の丈以上の段差がある階段を登るよりずっと楽に登れるに違いない。

「人間、できる限り楽しないとね」

 基礎部分で他の段より高くなっているコンクリート製の一段目をまずは一番背の高いサスケが登る。

「こういう時にこそ、忍者刀が役に立つというのに……」

 などと文句を言っても始まらない。
 刀の代わりに不安定なゼンの杖を足がかりに登ったサスケは、手を差し伸べてゼンを引き上げる。
 次にゼンを支え上げたジュリーが二人に手を貸してもらい登ると、最後にロムがひらりと駆け上がるように登って括り付けていたサスケの帯で杖を引き上げる。
 その後同じように階段を二段登った後は当初の予定通り、手すりの下を登っていく。
 思った以上に急な斜度に手をつき息を切らしながらも登りきった後は、歩道橋の上を歩く。
 途中、少し強い風が吹いて疲労の色が濃いゼンとジュリーがよろめいたので、安全のために橋の真ん中を姿勢を低くして早足で横断した。
 幸いというのか、当然だったのか、夜の歩道橋は誰も通らなかった。
 最後はまた手すりの下を今度は後ろ向きに手をつき膝をつきつつ降りていく。
 二十センチに満たない小さな冒険者たちは、幽鬼のようにフラフラと暗い住宅街を歩く。
 ビル崩壊後、非常食で空腹を満たしたロム以外は半日以上食事をとっていない。
 そんな中を六時間以上、人に見つかるリスクや野生生物に襲われる危険に緊張を強いられながら巨大な人の世界を歩き続けているのだ。
 とうに体力は尽きている。
 今彼らを歩かせているのは、なんとしてでも元の世界に戻るのだという意志と気力だけだった。

「公園だ」

 それは普段の熱血漢然とした芝居掛かった力のこもったものではなく、消え入りそうなほどかすかな呟きだった。
 食べる物のない彼らが、せめてと願った水を確保できるはずの公園だ。
 しかし、そんな希望の公園を目の前にしても彼らの歩む速度は上がらない。
 まるで体を鉛の服が包んでいるようで、確かに足を前に繰り出しているのにちっとも進んでいる感じがしない。
 そんなもどかしい感覚が彼らを支配していた。
 やっとの思いで到達した水飲み場はしかし、彼らを拒むようにそびえ立っていた。
 無理もない。
 子供や車いす利用者用に低めに設計されているとはいえ彼ら十分の一世界の住人までを考慮されているはずもなく、見上げる先は体感で七メートル上だった。
 三人はそこで力尽きた。
 崩れ落ちるように座り込むと、ぐったりと倒れ込む。
 水飲み場に敷き詰められているコンクリートの冷たい感触にも体を動かす気力がわかない。
 こんな開けたところで無防備に寝そべっていること。
 それがどれほど致命的なことかそれさえも考えられないほど彼らは疲れ果てていたのだ。
 そして、その時は唐突に訪れた。
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