06 ゲームだと存外気にならないけど
文字数 2,504文字
それはロムにとって未知の空間だった。
店内の空調による比較的快適な世界と違ってダンジョン内はカビ臭く、ひんやりとした湿気を帯びた空気が頬を撫でる。
コンコンとサスケが叩く壁は苔むしたレンガの手触りが非常にリアルだ。
「最新システムと宣伝するだけのことはあるな」
ジュリーが辺りを見回す。
「凝るのはいいけど先に進めないよ」
レイナのいうとおり扉の上につけられたライトが照らすのは体感五メートル先くらい。
そこから先は暗闇が広がっていた。
ゼンはジュリーより前に出て何歩が歩きながらぶつぶつと独り言をつぶやくとやがて
「大丈夫」
と古いアニメのキャラを真似た、独特の抑揚がある少し鼻にかかった落ち着いた声で言う。
「もうすぐ敵が現れます。それもあまり強くない単独の……」
言いかけた言葉通り敵は現れた。
台車に乗せられて人形が突進して来たのだ。
「倒してください! その
「え? わわっ!」
慌てて壁際に飛び退いたゼンの様子に瞬間的にパニックになったジュリーの横をすり抜けて、小さな影が動いたかと思うと腰にぶら下げていたレイピアでその「コボルド」を抜き打ちにした。
斬撃で倒れたコボルドの中からランタンが出てくる。
それをゼンが拾い上げると台車にくくりつけられたロープが巻き取られているのだろう、コロコロと台車が元来た道を引き退って行く。
ちょっとした沈黙が五人を支配する。
「さ、進みましょう」
それを合図に冒険者たちは隊列を戻し先に進む。
ロムには何か起こったのかさっぱり判らない。
「あのさ……」
「なぜ……と、聞きたいのでしょう?」
歩みを止めずにゼンが答える。
が、そこには主語も述語もない。
「なぜ」なんなのか、彼は本当にロムが聞きたいことを理解しているのだろうか。
ロムはそっちの方が気掛かりになる。
「簡単な事ですよ。これも一種のゲームですからね」
「ゼンさんそれ説明になってない。もっと詳しく説明してあげないと判らないでしょう」
「レイナ、『さん』づけはよせ。ゼンを『さん』づけで呼んだら下町のおっさんみたいになるだろ」
「……ま、構いませんがね……」
ゼンは一度チラリとロムを振り向くと以降は振り返ることなく説明を始めた。
「このダンジョンはリアリティを追求するにあたり、雰囲気づくりのために照明設備がありません。そこで冒険者 は手始めに明かりを手に入れる必要が生じます。『暗い道を照らす明かりを手に入れる』これが私たちの最初の課題だったんです。照明器具を所持していない者がそれを確保する一番確実な方法は、他人から奪う事ですよね? ゲームデザイナーが冒険者を楽しませる工夫として敵を倒すとアイテムを手に入れられるように仕組むのは、まぁよくあるパターンなんですよ」
ロムはそれをひどく暴力的な発言だと思った。
もっとも、この後彼らを待ち受ける運命はさらに苛酷で暴力的なのだが、このときのロムは平和な文明都市の一住民でしかない。
「──と言う訳なんですが、ニクい演出ですね」
と、なぜ自分がそれに気づいたかなどの長い自慢話にも似た説明が終わる頃、通路の角の先に明かりが揺れ近づいてくるのが見えた。
「おっ!」
それは男ばかりの四人組だった。
統一感には欠けるが各人それぞれゲームや映画の キャラクターの ファンタジー系のコスプレ衣装で、おそらく彼らも自前の衣装なのではないかと思われた。
「リタイアですか?」
ミクロンダンジョンはゲームの性格上タイムトライアルになっており制限時間をオーバーするとIDの無効化などゲームの続行が不可能になる。
そのためタイムオーバーになるとダンジョン内でアナウンスが流れプレイヤーは入り口(このダンジョンの場合ドラゴンの酒場亭)に戻らなければならない。
「ああ、どうしても第二フロアへの……」
パーティのリーダーらしきとあるゲームの主人公の格好をした長身の男が言いかけ、愛想笑いとも苦笑ともつかない声を上げる。
「いや、この手のゲームはネタバレしないのがマナーだな。君らも時間いっぱい楽しめよ」
そう言うと通路をすれ違いながら最後にロムの肩を軽く叩いて去っていった。
「……なんか、俺たちにもクリアできないだろうけど……みたいな言い方だったな」
若干気に障 ったのか、ロムが言外に皮肉を込めて言う。
その悪くなりかけた雰囲気を払うようにジュリーがいつにも増して芝居染みた熱血漢ぶりを発揮する。
「おし! 気合い入れ直して出発だ」
「ジュリー」
「ん?」
「すまぬがこのフロアの行き先決定、拙者に任せてくれぬか?」
「フロアマップにマッパーを刺激する何かがあるのですか?」
「マッパー?」
「迷路の地図を書く人よ」
ロムの独り言に反応してレイナが説明してくれる。
「うむ、最初から気になっていたのでござる」
「いいぜ、任せた」
サスケの指示通りに迷路を進む。
迷路には様々な仕掛けが施されていて冒険者を翻弄するようにできている。
しかし、彼らは危機的状況を作らない。
例えば床には落とし穴 と呼ばれる罠 が仕掛けられている。
TRPGではおなじみのもっとも初歩的な罠だが、ただでさえリアリティにこだわり光源を手持ちのランタン一つに限定し足元が暗くなっている中、意識が別のことに持っていかれるような状況で効果的に配置されている。
さすがはRPG業界で知らぬものはないとまで言われたゲームクリエイター安田良設計のダンジョン。
ロムだけでのダンジョンアタックならその罠にことごとく引っかかっていたかもしれない。
そんな罠をゼンが「おそらく」などと言いながらことごとく発見・回避して行くのだ。
彼らの後をついて来ただけのロムには何がどうなっているのか判らない。
ただ、彼らの冒険慣れだけがよく判った。
店内の空調による比較的快適な世界と違ってダンジョン内はカビ臭く、ひんやりとした湿気を帯びた空気が頬を撫でる。
コンコンとサスケが叩く壁は苔むしたレンガの手触りが非常にリアルだ。
「最新システムと宣伝するだけのことはあるな」
ジュリーが辺りを見回す。
「凝るのはいいけど先に進めないよ」
レイナのいうとおり扉の上につけられたライトが照らすのは体感五メートル先くらい。
そこから先は暗闇が広がっていた。
ゼンはジュリーより前に出て何歩が歩きながらぶつぶつと独り言をつぶやくとやがて
「大丈夫」
と古いアニメのキャラを真似た、独特の抑揚がある少し鼻にかかった落ち着いた声で言う。
「もうすぐ敵が現れます。それもあまり強くない単独の……」
言いかけた言葉通り敵は現れた。
台車に乗せられて人形が突進して来たのだ。
「倒してください! その
コボルド
」「え? わわっ!」
慌てて壁際に飛び退いたゼンの様子に瞬間的にパニックになったジュリーの横をすり抜けて、小さな影が動いたかと思うと腰にぶら下げていたレイピアでその「コボルド」を抜き打ちにした。
斬撃で倒れたコボルドの中からランタンが出てくる。
それをゼンが拾い上げると台車にくくりつけられたロープが巻き取られているのだろう、コロコロと台車が元来た道を引き退って行く。
ちょっとした沈黙が五人を支配する。
「さ、進みましょう」
それを合図に冒険者たちは隊列を戻し先に進む。
ロムには何か起こったのかさっぱり判らない。
「あのさ……」
「なぜ……と、聞きたいのでしょう?」
歩みを止めずにゼンが答える。
が、そこには主語も述語もない。
「なぜ」なんなのか、彼は本当にロムが聞きたいことを理解しているのだろうか。
ロムはそっちの方が気掛かりになる。
「簡単な事ですよ。これも一種のゲームですからね」
「ゼンさんそれ説明になってない。もっと詳しく説明してあげないと判らないでしょう」
「レイナ、『さん』づけはよせ。ゼンを『さん』づけで呼んだら下町のおっさんみたいになるだろ」
「……ま、構いませんがね……」
ゼンは一度チラリとロムを振り向くと以降は振り返ることなく説明を始めた。
「このダンジョンはリアリティを追求するにあたり、雰囲気づくりのために照明設備がありません。そこで
ロムはそれをひどく暴力的な発言だと思った。
もっとも、この後彼らを待ち受ける運命はさらに苛酷で暴力的なのだが、このときのロムは平和な文明都市の一住民でしかない。
「──と言う訳なんですが、ニクい演出ですね」
と、なぜ自分がそれに気づいたかなどの長い自慢話にも似た説明が終わる頃、通路の角の先に明かりが揺れ近づいてくるのが見えた。
「おっ!」
それは男ばかりの四人組だった。
統一感には欠けるが各人それぞれ
「リタイアですか?」
ミクロンダンジョンはゲームの性格上タイムトライアルになっており制限時間をオーバーするとIDの無効化などゲームの続行が不可能になる。
そのためタイムオーバーになるとダンジョン内でアナウンスが流れプレイヤーは入り口(このダンジョンの場合ドラゴンの酒場亭)に戻らなければならない。
「ああ、どうしても第二フロアへの……」
パーティのリーダーらしきとあるゲームの主人公の格好をした長身の男が言いかけ、愛想笑いとも苦笑ともつかない声を上げる。
「いや、この手のゲームはネタバレしないのがマナーだな。君らも時間いっぱい楽しめよ」
そう言うと通路をすれ違いながら最後にロムの肩を軽く叩いて去っていった。
「……なんか、俺たちにもクリアできないだろうけど……みたいな言い方だったな」
若干気に
その悪くなりかけた雰囲気を払うようにジュリーがいつにも増して芝居染みた熱血漢ぶりを発揮する。
「おし! 気合い入れ直して出発だ」
「ジュリー」
「ん?」
「すまぬがこのフロアの行き先決定、拙者に任せてくれぬか?」
「フロアマップにマッパーを刺激する何かがあるのですか?」
「マッパー?」
「迷路の地図を書く人よ」
ロムの独り言に反応してレイナが説明してくれる。
「うむ、最初から気になっていたのでござる」
「いいぜ、任せた」
サスケの指示通りに迷路を進む。
迷路には様々な仕掛けが施されていて冒険者を翻弄するようにできている。
しかし、彼らは危機的状況を作らない。
例えば床には
TRPGではおなじみのもっとも初歩的な罠だが、ただでさえリアリティにこだわり光源を手持ちのランタン一つに限定し足元が暗くなっている中、意識が別のことに持っていかれるような状況で効果的に配置されている。
さすがはRPG業界で知らぬものはないとまで言われたゲームクリエイター安田良設計のダンジョン。
ロムだけでのダンジョンアタックならその罠にことごとく引っかかっていたかもしれない。
そんな罠をゼンが「おそらく」などと言いながらことごとく発見・回避して行くのだ。
彼らの後をついて来ただけのロムには何がどうなっているのか判らない。
ただ、彼らの冒険慣れだけがよく判った。