11 起死回生と膠着
文字数 3,511文字
サスケは決断をする。
ダメージは覚悟の前だ。
彼は左手に握っていた短刀を手放すと再び示現流蜻蛉の構えをとる。
そのサスケの帯を後ろからゼンが握る。
(前には出るな)
そういっている。
勝負を決する気ならばこちらから間合いを詰めて先手を取るべき局面だ。
あえてそれをさせない選択を要求するのなら、何か別の勝算が彼にはあるということに他ならない。
サスケは振り返らずあえて腰を落とすことで「了解」の意を示す。
カラカラと鉄パイプを引きずっていた男が突然パイプを振り上げ走り出してくる。
サスケはぎゅっと心臓が収縮したような感覚に襲われた。
勝負勘は相手の方が場慣れた分優っていたようだ。
あのまま間合いを詰めていたら確実に先手を取られていただろう。
その表情には確実に自分が優位にあると認識している愉悦が顕れていた。
しかし、普段一方的な暴力ばかり行使していた彼には、戦術的駆け引きに対する経験値が足りなかった。
目の前にいるのがただのコスプレオタクではないという判断ができていれば、あるいはファンタジー世界に対する偏見のない知識と仲間がどういう戦闘で倒されたのかが判っていれば、こうも不用意には襲ってこなかったかもしれない。
ゼンは現実世界では多少卑怯のそしり受けかねない手段であることを承知の上で、あえてファンタジー世界の常識、魔法行使を前提とした戦術を行使する。
「シャワー!」
杖の先を素早く相手に向けるとトリガーを引く。
先端から拡散する液体が男の顔めがけて飛び出す。
「グワッ!」
あの事件を踏まえ、対生物戦を想定して用意した生物撃退装備杖 Ver.3である。
痴漢撃退グッズを参考に魔法を模して用意した兵装は三つ。
電気ショックを与える「サンダー」。
強い光を明滅させることで相手を牽制する「フラッシュ」。
そして、レモン果汁とトウガラシ成分を混ぜた液体を拡散噴射するこの「シャワー」。
これにダンジョンフィールドを照らす「ライト」が付いている。
「チェストォ!」
鉄パイプを放り投げてしみる目を手で覆う男。
一拍遅れて反応したサスケは、刀を振り下ろす。
目の痛みに前かがみになっていた男の背中をしたたかに打ち据え、斬撃の痛みに仰け反ったところを返す刀で胴薙ぎに振り抜く。
「チッ!」
舌打ちが聞こえ、少年が蒼龍騎を殴るのをやめてこちらに向いた。
「ゼン。ジュリーを頼む」
ジュリーはまだ戦える。
二対一で防御一辺倒を強いられてはいるが反撃の機をうかがっている。
今の均衡さえ破れれば自力でなんとかしてくれるはずだ。
サスケは、刀を捨てると男が落とした鉄パイプを拾い上げ、ゼンをかばうように移動しながら男を観察する。
整体師見習いではあるが、診立てだけは師匠にも一目置かれているその実力を遺憾なく発揮する。
少年だ。
おそらく高校生。
まだ骨格が完成していない。
相当に戦い慣れている。
他の男たちが単に喧嘩に明け暮れていたのと違い、短いながらも格闘の基礎を習っていた片鱗が垣間見える。
しかし、ロムのようなよどみなさがないのは基礎訓練を嫌って投げ出したからだろうか?
だが「勝てるか?」と聞かれれば「否」と答えざるを得ない。
基礎訓練・稽古という背景 なら真面目にやってきた自分にも同等程度のものが身についているという自負がある。
しかし、経験値とセンスが比較にならない。
蒼龍騎を攻めながらこちらの動向を把握していた視野の広さ。
こちらを脅威と認めあっさり戦力をこちらに割いた分析力。
それが失敗したとなれば自分がこちらに当たるという決断の早さと実行力。
どれを取ってもサスケより一枚も二枚も上手である。
一対一での戦力差は歴然だった。
それでもやらなければならない。
ゼンがジュリーを救い出し、二人が合流するまで戦闘力を維持していること。
セスケの目標は決まった。
(見えているんだ)
歯噛みして、必死に剣を振るジュリーは叫びたかった。
(見えているんだ!)
実戦経験の不足からくる初動の遅れなのだろうか?
痛みで反応が遅れているのもあるだろう。
しかし、確かに相手の攻撃は目で追えている。
見えているのだ。
なのになぜ防げないのか。
サスケの日本刀と違ってジュリーの使っている武器はショートソード、打撃力を優先した肉厚の刀身は鉄パイプと切り結んでも折れたり曲がったりはしないはずだ。
しかし、その「剣で受ける」ということができない。
鎧がダメージを軽減してくれているが、無傷とは言えない。
二人の敵から交互に繰り出される攻撃に集中しているため、周りがどうなっているかも判らない。
もしもどちらかとの一対一なら勝負になっていたのだろうか?
(なんて無力なんだ)
心の奥から無力感が大きくなる。
絶望に変わるのも時間の問題か?
いいや、絶望だけはしない。
ジュリーには成し遂げなければならないことがある。
どんなに絶望的な状況であっても絶望だけは断じてしない。
レイナを見つけ出し、助け出す。
そのために才能の乏しいジュリーにできるのは絶望しないことと努力し続けることだけなのだ。
こんなところで心が折れてたまるか。
「サンダーボルト!」
ゼンの声とともに男が一人大きく仰け反る。
ジュリーを殴ることに夢中になっていた男は不意を打たれ、後ろから電気ショックを受けたのだ。
「サンダーボルト!」
続けて三度ゼンが叫び、男がうずくまる。
一対一なら勝負になるのか?
男が鉄パイプを振り上げたがら空きの胴に向かって大きく剣を振る。
当てるつもりがあったわけじゃない。
距離と間をとりたかったのだ。
払われた剣を避けるため、男が攻撃をやめ距離を取る。
ジュリーのターンが戻ってきた。
両手で剣を握ると正眼の構えを取る。
「やんのか、オラ!」
安い威嚇をして鉄パイプを振り回す。
見えていた。
ジュリーにはその攻撃は見えていたのだ。
ただ、不意を打たれた後、二対一で防戦一方だったためうまく捌けなかっただけなのだ。
振り回された鉄パイプに上からショートソードを打ちおろす。
こちらは戦うための機能とデザインを有した純然たる戦闘兵器である。
ただの即席打撃武器である鉄パイプと違って、剣戟の衝撃にある程度耐えられる構造になっている。
しかし、鉄パイプはそうはいかない。
打ち下ろされた衝撃は直接パイプを握る手に伝わり、肘の向こうまで突き抜ける。
それでも男が鉄パイプを取り落とさなかったのはさすがと言えただろうか。
だが、取り落とさなかったことはその後の戦闘を有利にしたわけではない。
むしろその痺れは反応の遅れを呼び、返す刀で横に払われた一閃をもろに胸に受ける結果を生み出した。
ジュリーは安心しない。
大上段に剣を振り上げ、気合いとともに振り下ろす。
左肩を打ち据えた剣撃は勢いのまま袈裟懸けに斬り降ろされプロテクターを文字通り斬り裂いた。
「助かった」
「まだ終わっていません」
「そうなのか……もう一踏ん張りだな」
倒れている蒼龍騎を確認し、戦闘中のサスケを視界に捉えたジュリーは、大きく深呼吸をすると叫びながらサスケに助勢するため走り出した。
残ったゼンは蒼龍騎の側に膝をつき状態を確認する。
「意識はありますか?」
「ない方がありがたいのにね」
か細い軽口が返ってきた。
「応急処置をします」
「治癒魔法でぱぱっと頼むぜ」
「残念ながら、専門外ですよ」
サスケの目論見通り、ジュリーはやってきた。
これで戦況は二対一。
こちらが有利なはずである。
にもかかわらず、攻勢に出たこちらの攻撃が当たらない。
確かに広い闘技場内、逃げに徹していれば簡単にはやられない。
しかし、男は逃げているわけではない。
それほどの力量差があった。
攻勢に出られるほどではなくても余裕でかわしているように見える。
このままではいずれこちらの体力が先に尽きてしまう。
男は苦いものを噛んでいるような複雑な表情を浮かべ時々上を見上げていたが、やがてぐるりと鉄パイプを横に薙ぎ払って二人と距離を取り、天に向かってこう叫んだ。
「チッ! 何やってんだよ! 他の奴らみんなやられちまっただろうが! さっさとこいつらつまめよ!」
ダメージは覚悟の前だ。
彼は左手に握っていた短刀を手放すと再び示現流蜻蛉の構えをとる。
そのサスケの帯を後ろからゼンが握る。
(前には出るな)
そういっている。
勝負を決する気ならばこちらから間合いを詰めて先手を取るべき局面だ。
あえてそれをさせない選択を要求するのなら、何か別の勝算が彼にはあるということに他ならない。
サスケは振り返らずあえて腰を落とすことで「了解」の意を示す。
カラカラと鉄パイプを引きずっていた男が突然パイプを振り上げ走り出してくる。
サスケはぎゅっと心臓が収縮したような感覚に襲われた。
勝負勘は相手の方が場慣れた分優っていたようだ。
あのまま間合いを詰めていたら確実に先手を取られていただろう。
その表情には確実に自分が優位にあると認識している愉悦が顕れていた。
しかし、普段一方的な暴力ばかり行使していた彼には、戦術的駆け引きに対する経験値が足りなかった。
目の前にいるのがただのコスプレオタクではないという判断ができていれば、あるいはファンタジー世界に対する偏見のない知識と仲間がどういう戦闘で倒されたのかが判っていれば、こうも不用意には襲ってこなかったかもしれない。
ゼンは現実世界では多少卑怯のそしり受けかねない手段であることを承知の上で、あえてファンタジー世界の常識、魔法行使を前提とした戦術を行使する。
「シャワー!」
杖の先を素早く相手に向けるとトリガーを引く。
先端から拡散する液体が男の顔めがけて飛び出す。
「グワッ!」
あの事件を踏まえ、対生物戦を想定して用意した生物撃退装備
痴漢撃退グッズを参考に魔法を模して用意した兵装は三つ。
電気ショックを与える「サンダー」。
強い光を明滅させることで相手を牽制する「フラッシュ」。
そして、レモン果汁とトウガラシ成分を混ぜた液体を拡散噴射するこの「シャワー」。
これにダンジョンフィールドを照らす「ライト」が付いている。
「チェストォ!」
鉄パイプを放り投げてしみる目を手で覆う男。
一拍遅れて反応したサスケは、刀を振り下ろす。
目の痛みに前かがみになっていた男の背中をしたたかに打ち据え、斬撃の痛みに仰け反ったところを返す刀で胴薙ぎに振り抜く。
「チッ!」
舌打ちが聞こえ、少年が蒼龍騎を殴るのをやめてこちらに向いた。
「ゼン。ジュリーを頼む」
ジュリーはまだ戦える。
二対一で防御一辺倒を強いられてはいるが反撃の機をうかがっている。
今の均衡さえ破れれば自力でなんとかしてくれるはずだ。
サスケは、刀を捨てると男が落とした鉄パイプを拾い上げ、ゼンをかばうように移動しながら男を観察する。
整体師見習いではあるが、診立てだけは師匠にも一目置かれているその実力を遺憾なく発揮する。
少年だ。
おそらく高校生。
まだ骨格が完成していない。
相当に戦い慣れている。
他の男たちが単に喧嘩に明け暮れていたのと違い、短いながらも格闘の基礎を習っていた片鱗が垣間見える。
しかし、ロムのようなよどみなさがないのは基礎訓練を嫌って投げ出したからだろうか?
だが「勝てるか?」と聞かれれば「否」と答えざるを得ない。
基礎訓練・稽古という
しかし、経験値とセンスが比較にならない。
蒼龍騎を攻めながらこちらの動向を把握していた視野の広さ。
こちらを脅威と認めあっさり戦力をこちらに割いた分析力。
それが失敗したとなれば自分がこちらに当たるという決断の早さと実行力。
どれを取ってもサスケより一枚も二枚も上手である。
一対一での戦力差は歴然だった。
それでもやらなければならない。
ゼンがジュリーを救い出し、二人が合流するまで戦闘力を維持していること。
セスケの目標は決まった。
(見えているんだ)
歯噛みして、必死に剣を振るジュリーは叫びたかった。
(見えているんだ!)
実戦経験の不足からくる初動の遅れなのだろうか?
痛みで反応が遅れているのもあるだろう。
しかし、確かに相手の攻撃は目で追えている。
見えているのだ。
なのになぜ防げないのか。
サスケの日本刀と違ってジュリーの使っている武器はショートソード、打撃力を優先した肉厚の刀身は鉄パイプと切り結んでも折れたり曲がったりはしないはずだ。
しかし、その「剣で受ける」ということができない。
鎧がダメージを軽減してくれているが、無傷とは言えない。
二人の敵から交互に繰り出される攻撃に集中しているため、周りがどうなっているかも判らない。
もしもどちらかとの一対一なら勝負になっていたのだろうか?
(なんて無力なんだ)
心の奥から無力感が大きくなる。
絶望に変わるのも時間の問題か?
いいや、絶望だけはしない。
ジュリーには成し遂げなければならないことがある。
どんなに絶望的な状況であっても絶望だけは断じてしない。
レイナを見つけ出し、助け出す。
そのために才能の乏しいジュリーにできるのは絶望しないことと努力し続けることだけなのだ。
こんなところで心が折れてたまるか。
「サンダーボルト!」
ゼンの声とともに男が一人大きく仰け反る。
ジュリーを殴ることに夢中になっていた男は不意を打たれ、後ろから電気ショックを受けたのだ。
「サンダーボルト!」
続けて三度ゼンが叫び、男がうずくまる。
一対一なら勝負になるのか?
男が鉄パイプを振り上げたがら空きの胴に向かって大きく剣を振る。
当てるつもりがあったわけじゃない。
距離と間をとりたかったのだ。
払われた剣を避けるため、男が攻撃をやめ距離を取る。
ジュリーのターンが戻ってきた。
両手で剣を握ると正眼の構えを取る。
「やんのか、オラ!」
安い威嚇をして鉄パイプを振り回す。
見えていた。
ジュリーにはその攻撃は見えていたのだ。
ただ、不意を打たれた後、二対一で防戦一方だったためうまく捌けなかっただけなのだ。
振り回された鉄パイプに上からショートソードを打ちおろす。
こちらは戦うための機能とデザインを有した純然たる戦闘兵器である。
ただの即席打撃武器である鉄パイプと違って、剣戟の衝撃にある程度耐えられる構造になっている。
しかし、鉄パイプはそうはいかない。
打ち下ろされた衝撃は直接パイプを握る手に伝わり、肘の向こうまで突き抜ける。
それでも男が鉄パイプを取り落とさなかったのはさすがと言えただろうか。
だが、取り落とさなかったことはその後の戦闘を有利にしたわけではない。
むしろその痺れは反応の遅れを呼び、返す刀で横に払われた一閃をもろに胸に受ける結果を生み出した。
ジュリーは安心しない。
大上段に剣を振り上げ、気合いとともに振り下ろす。
左肩を打ち据えた剣撃は勢いのまま袈裟懸けに斬り降ろされプロテクターを文字通り斬り裂いた。
「助かった」
「まだ終わっていません」
「そうなのか……もう一踏ん張りだな」
倒れている蒼龍騎を確認し、戦闘中のサスケを視界に捉えたジュリーは、大きく深呼吸をすると叫びながらサスケに助勢するため走り出した。
残ったゼンは蒼龍騎の側に膝をつき状態を確認する。
「意識はありますか?」
「ない方がありがたいのにね」
か細い軽口が返ってきた。
「応急処置をします」
「治癒魔法でぱぱっと頼むぜ」
「残念ながら、専門外ですよ」
サスケの目論見通り、ジュリーはやってきた。
これで戦況は二対一。
こちらが有利なはずである。
にもかかわらず、攻勢に出たこちらの攻撃が当たらない。
確かに広い闘技場内、逃げに徹していれば簡単にはやられない。
しかし、男は逃げているわけではない。
それほどの力量差があった。
攻勢に出られるほどではなくても余裕でかわしているように見える。
このままではいずれこちらの体力が先に尽きてしまう。
男は苦いものを噛んでいるような複雑な表情を浮かべ時々上を見上げていたが、やがてぐるりと鉄パイプを横に薙ぎ払って二人と距離を取り、天に向かってこう叫んだ。
「チッ! 何やってんだよ! 他の奴らみんなやられちまっただろうが! さっさとこいつらつまめよ!」